自然界には不思議な性質を持つ一群の元素が存在します。それらは、P(リン)、As(ヒ素)、Sb(アンチモン)、Bi(ビスマス)、Sn(錫)In(インジウム)、Tl(タリウム)などの元素です。これらは化合物を作ると、ある特定の価数を取らないことがあります。たとえば、Tlは1価と3価の価数はとりますが、2価としては存在せず、BiやSbは2価と4価では存在しますが、3 価の状態はありません。これは理由がわかっておらず、物質科学における一つの謎となっています。このように、2価と4価あるいは1価と3価のみ存在する現象は価数スキップと呼ばれています。
価数スキップの理由はわかりませんが、価数スキップ元素の電荷がゆらぐときは、電子が2個同時に動くことになりますので、有効的に引力が働いていると見ることもできます。そのため、これら価数スキップ元素を含む化合物では高い超伝導臨界温度Tcが期待できます。
最近の鉄系超伝導体はどれも、PかAsの価数スキップ元素を含んでいます。ほかに、BaBiO3においてBaをK(カリウム)で置換すると、Kの量がx=0.4でBCS型超伝導体としては高い30Kを越えるTcを示します([1])。また、半導体PbTeにTlを微少にドープすると超伝導になり、ドープ量が微少であるにも関わらずTc=1.5Kを示したという報告もあります([2]) 。Tlのドープにより、ギャップ内に不純物バンドが生成され、このバンドはTlのsとp軌道から成り伝導をにないます([3])。
価数スキップゆらぎの起源を考えてみましょう([4])。特定の価数の状態が不安定になっていると考えられますが、その理由の第一はやはりクーロン相互作用とするのが自然です。一番簡単な計算は、電荷をもった原子を点電荷と仮定して、1/rのポテンシャルを加えたエネルギーを計算するものです(すなわち、マーデルングエネルギーの計算)。しかしながら、このような単純な計算では価数スキップを説明することはできないことがわかります([5])。存在しない価数の状態のエネルギーが特別に高いということにはならないわけです。すなわち、1/rの次の電荷分極の効果も取り入れた計算が必要となります。我々は、BaBiO3に対して、イオンの中心点をずらすことにより分極の効果を取り入れる計算を行いました([5])。我々の見積もりでは、酸素位置を実験で示されているくらい微少にずらすことにより、特定の価数の状態が不安定になることがわかりました。
参考文献
[1] L.F. Mattheiss et al.: Phys. Rev. B37, 3745 (1988).
[2] Y. Matsushita, H. Bluhm, T. H. Geballe, I. R. Fisher: Phys. Rev. Lett. 94, 157002 (2005).
[3] I. Hase and T. Yanagisawa: Electronic structure of (Tl0.125Pb0.875)Te:
Physica C445-448, 61 (2006).
[4] C. M. Varma: Phys. Rev. Lett. 61, 2713 (1988).
[5] I. Hase and T. Yanagisawa: Madelung energy of the valence-skipping compound BaBiO3: Phys. Rev. B76, 174103 (2007).
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