高温超伝導体の設計
       
 
 新しい超伝導体、特に高温超伝導体の設計は可能でしょうか。

「こういう化合物を合成したならば超伝導体となるであろう。」

そのような予言ができたならば、材料研究を大きく変え、社会を大きく変える可能性があります。 我々もそのための研究を行っています。
 新超伝導体を設計するためには、どの超伝導メカニズムに基づくかを決める必要があります。 「この超伝導メカニズムに基づくならば、このような材料がいいであろう」となるはずです。 現在、超伝導を引き起こすであろうと考えられているメカニズムはいくつかあります。それらのうちいくつかを下にあげます。

(1) 電子-格子相互作用
(2) 磁気相関、磁気ゆらぎ
(3) 電荷ゆらぎ、価数スキップゆらぎ
 
(1) 電子ー格子相互作用(または、電子ーフォノン相互作用)はBCS以来、考えられてきたものです。 最初の超伝導はHg(水銀)(Tc= 4.2K)において発見されましたが、 電子-格子相互作用による超伝導と考えられます。単体の元素による超伝導は、ほぼ電子-格子相互作用によるものでしょう。 単体金属としての最高の臨界温度Tcは、Nb(ニオブ)の9.2Kです。 放射性元素であるTc(テクネチウム)も単体金属としては高いTc= 7.8Kを示します。 高圧下、薄膜等の条件下で超伝導になるものも含めると、現在、51種の元素の単体が超伝導となります。 高いTcの超伝導体は単体よりも多元化合物で得られています。 残念ながら、電子-格子相互作用による超伝導にはBCSの壁とよばれるTcの限界があり、 30〜40Kより高い臨界温度の超伝導は難しいと考えられています。このメカニズムに基づいて高い臨界温度を得るためには、 強い電子-格子相互作用、高いデバィ温度をもつ化合物を合成する必要があると考えられます。 もうひとつ大きな要素は、バンドの数です。 最近発見されている比較的高い臨界温度を持つ物質、MgB2や鉄系超伝導体は多バンド系です。 MgB2は電子-格子相互作用による超伝導体と考えられますが、BCS超伝導体としては高いTc= 39Kを示します。 鉄系超伝導体もd電子から成る5つのバンドが関与しています。 反強磁性相の近くに超伝導相があることから、反強磁性ゆらぎが超伝導メカニズムに関与していると考ええられますが、 電子-格子相互作用も寄与している可能性があります。 ホウ素(B)や炭素(C)などの軽い元素を含めることにより、高いデバィ温度を持つ物質を合成できると期待できます。 軽い原子は振動し易いためにデバィ振動数が大きくなるからです。 MgB2が高いTcを示すのは、この観点からは理にかなっています。 電子ー格子相互作用に基づいて高い臨界温度Tcを得るための指針は、次のようになると思います:

「B、Cなどの軽い元素を含む化合物で、多バンド系あるいは層状のものは高いTcを示す可能性がある。」

(2) 磁気揺らぎにより引き起こされる超伝導体では、高い臨界温度が期待できます。 スピン相関はクーロン相互作用を起源とするものであり、エネルギースケールがデバィ振動数に比べて非常に大きいからです。 銅酸化物の高温超伝導は磁気ゆらぎによると考えられます。 磁気相互作用が電子ーフォノン相互作用と同じ役割を果たしていると考えられています。 本当にスピンなどに働く磁気的な力により高いTcが得られるかどうかは現在の解明すべき研究課題となっています。 実際に磁気的な相互作用により超伝導が起きていると考えられている一群の物質があります。 それらは、重い電子系とよばれる希土類元素を含む化合物です。電子ー格子相互作用では説明できない現象が見つかっており、 それらのほとんどが磁気ゆらぎによる超伝導であることはかなり確実です。磁気的相互作用によっても超伝導は起こり得るわけです。 しかし、残念ながら、重い電子系の示すTcは一般の非常に低く、高くても数Kのオーダーです。 それは、電子の有効質量が大きく、重い電子の状態になっているからです。 電子の有効質量が大きいということは、それだけバンド幅(すなわちエネルギーのカットオフ)が小さくなっていることを示しています。 バンド幅は電子ー格子相互作用におけるデバイ温度と同じ役割をしますので、小さくなればそれだけTcも下がります。 質量m、有効質量m*、電子間に相互作用が働かないときのバンド幅W、有効的バンド幅W*に対して、ほぼ

m*/m = W/W*

という関係が成り立ちます。m*/mは大きいもので1000ほどになりますので、 W*が相互作用の働いていない系に比べて1/1000になってしまうこともあります。 これは、Tcが数千分の1になってしまうことを示しています。 重い電子系には、近藤温度とよばれる特徴的な温度スケールTKがあり、近似的に

m*/m ≈ W/TK

の関係にあります。すなわち、TK ≈ W*、であり、 エネルギーのカットオフがTKで与えられることになります。 TKは10Kから100Kのオーダーですからデバィ温度よりも小さく、Tcもやはり低いことになります。 これより、高いTcを得るためには。電子の有効質量が大きく重くなってはだめだということになります。 逆に言いますと、磁気的相互作用により超伝導が起き、かつ電子がそれほど重くなければ高いTcが期待できます。 電子系のカットオフ、すなわちバンド幅は普通は、W ≈ 10000K(一万度)ほどありますので、 Tcが100倍になっても不思議ではないわけです。 実際、銅酸化物高温超伝導体では電子の有効質量は数倍ほどであると考えられています。 キャリアー数が少なくなると、電子相関の効果で電子は有効的に重くなり、Tcは下がることになります。 そのため、Tcにとっては最適な電子数濃度があることになります。
 このような考えによると、高温超伝導はネール温度の高い反強磁性体に電子またはホールを入れることにより引き起こされる可能性があります。


(つづく)

 
 
 
  Condensed Matter Physics: Electronics Research Institute