地面に映ったヘリ機影を「スケール」として用いる方法

by Isoji MIYAGI @ Geological Survey of Japan, AIST
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研究副産物



噴火対応

(宣伝 ^_^);
火山研究解説集:


by 宮城&東宮@地調 (文責:宮城)


作成日:2001年2月2日(金)
公開日:2001年2月4日(日)
図追加:2001年2月6日(火)
デザイン変更:2008年1月4日(金)



★意義★

三宅島では2000年7月8日以来火山灰を放出する噴火が何度も繰り返されてきました.山頂部に堆積した火山灰は少なくなく,それらは雨のたびに浸食され,民家のある麓に泥流となって流れ下っています.山頂部の火山灰は「泥流の素」といえるでしょう.山頂部の火山灰の堆積&浸食状況を定量的に把握することは,三宅島の泥流発生を予測し被害を最小限にするために役に立つと思われます.

「堆積&浸食状況の定量的な把握」とは,それらの堆積物の厚さ,浸食されやすさ(土質),浸食によってできた溝(雨裂)の幅や深さ,等々の情報を把握することです.なかでも雨裂の幅や深さは,流れ出た火山灰の量と直結する重要な情報です.本来なら山頂部に地質学者を送って直々に調査するところですが,現在の三宅島は火山ガスの放出が非常に活発なため,それは無理です.よって,データ収集は上空からのヘリコプター等による観測に頼らざるを得ません.

★問題意識★

地上の対象物の大きさの見当を上空からの観察でつける方法は,色々あるはずです.たとえば,特殊な測量機器(飛行位置測定器,完璧に収差の補正されたレンズ,レーザー測距装置など)を塔載した飛行機を飛ばす,とか,高解像度な人工衛星画像(軍事用?)を入手する,etc...です.

最も手軽な方法は,対象物の近くに長さが既知の物体(スケール)を置いて,写真をとることです.スケールを基準に,映った物の大きさを測定できるからです.しかしながらあいにく山頂部はごく一部を除き,スケールとして使えそうな人工物はありません.ヘリ観測のついでにスケールとなる物体を現地に投下する手もありますが,あまり穏当ではありません.

そこで本ページでは,上空のヘリコプターが地面に落とす機影を用いることにより,地上対象物の大きさ見積りを試みます.ここで影を用いる第一の理由は,単に筆者(宮城)が「そう思ったから」であって,他の手法との慎重な比較検討が行なわれた結果ではありません.ですが,その他の方法と比べて安価で簡便だと思います.


tkof.jpg

離陸時のヘリコプターの影 (↑ m4v, 54sec.)


★解決すべき個別事柄★

ヘリの機影をスケールとして用いる場合の問題点は,ヘリが地面から離れるにつれ影法師が小さく,ぼやけてゆくことです.したがって,もしもこの効果を補正せずに「影の大きさ=ヘリの大きさ」としてしまうと,地上対象物を実際よりも大きく見積ってしまうことになります.しかし,逆に,もしこの効果をきちんと理解し,補正することができれば,ヘリの影は簡便なスケールとして使うことができるかもしれません.(もちろん,曇りの日にどうするか,とか,影を落すことが不可能な場所があること,など,色々他に問題はありますが,ここでは目をつぶります).

筆者によるヘリ観測報告

三宅島top↑

2000年

10月10, 16, 19日, 12月27日;

2001年

1月15, 29日, 2月12日, 3月5, 26日, 4月9日, 5月14日, 7月20, 23, 27日, 11月21日;

2002年

1月23日; 3月13日; 7月12日; 8月29日; 10月2日; 11月13日;

2003年

2月25日; 4月23日; 9月16日; 10月30日;

2004年

1月14日; 4月8日; 7月27日; 10月14日;

2005年

8月19日;

※この仕事の伏線:

  1. 2000年8月に有珠の調査をしたときに,スケールがないことの不満を強く感じた.
  2. 離陸時のヘリの影 (QuickTimeMovie, 2.3M, 2000年12月27日)を見ながら,何かを感じた.
  3. ちば@日大氏とお会いした際,同氏が泥流対策のため山頂部の写真を探しておられた.
  4. 1月29日のヘリ観測の際に,山頂部の連続写真を撮った.
  5. ちば@日大氏の掲示板に山頂部の写真撮影の件を書き込んだところ,同氏はスケールのないことの不満を訴えた.同感.
  6. 同掲示板にて宮城は,ヘリの影を使うことを提案.
  7. 同掲示板にてhotahota氏は,ヘリの高度が高いと影が小さくなるという問題点を指摘.
  8. 半影と本影を使うアイディアを東宮氏とともに整理.


★影とは何か★

ヘリの機影を理解するためには,一般的に影の性質について理解する必要があります.ここでは影のことを,「(物に遮られて)投射されている光量が周囲に比較して少ない場所(像)」とします.

図1のように遮光板や光源を配置し(光源は無限遠方とする),光源の大きさが影におよぼす影響について考えてみます.


shade1.gif

図1:光源と影の関係


もし図1の左側のように,光源が「点」であれば,影の形は遮光板をそのまま写しとったものになります.この場合,遮光板をこのままの姿勢で上空に持ち上げたとしても,影に変化はないはずです.しかし,図1の右側のように,もし光源に大きさがある場合には,影のまわりにぼやけた縁ができて,地面から板を離すにつれその様子は変化します.


shade1.5.gif

図1.5:影の縁から上を見あげた図


ぼやけた影ができる理由は,図1.5を見ればすぐに理解できると思いす.図1.5は,図1のa〜e地点の上に見えるであろう光景です.

もしも太陽が点だったなら,太陽は全く見えないか(a地点),完全に見えるか(b地点),の二つの状態しかとりません.したがって,明暗がはっきりした影が映ります.太陽が完全に隠された部分が「本影」です.

一方,現実の太陽には「大きさ」があります.その場合は,板との位置関係に応じて,太陽が中途半端に見える個所(たとえばd地点)ができます.この場合「そこ」の明るさは,「そこ」から見て遮光板が光源の何割の面積を覆ったかによって決まります.このように光源が中途半端に隠された場合に「半影」ができます.

もちろん,現実には青空の散乱光など,影にも日なたにもはいり込んでくる光がありますが,ここでは目をつぶります.ちなみに,散乱された紫外線をうまく利用したのが,三宅島の二酸化硫黄放出量測定に活躍しているCOSPECです.

このように,私たちが日常見ている影には「本影」と「半影」があって,我々が認識している「影法師」は,どうやらこの図の「本影」のほうにあたるようです.というのは,私達は板を地面から離したときに影が小さくなることを経験的に知っていますが,後述するように,小さくなるのは「本影」のほうであって,「半影」は逆に大きくなるからです.

ちょっと脱線しますが,上のふたつの図から,曇りの日にどうなるかが類推できると思います.曇りの日は,光源の大きさが天の半球全てを占めた場合に相当します.その場合にできる影は,地面いっぱいに広がった「半影」でしょう.したがって,曇りの日でも影はあります.ところが,私達は曇りの日は影がないように感じてしまいます.その理由はすぐ上に書いたように,私達がふつう認識している影法師が「本影」のほうだからでしょう.あ,いや,そもそもその半影は地面いっぱいに広がっているので,影の定義から外れてしまいます,,脱線でした.

★影の大きさ★

では次に,「本影」と「半影」の大きさについて考えてみましょう.


shade2.gif

図2:影の大きさ

太陽の視半径をθ,本影と半影の大きさの比をK,遮光板と地面の距離をL,遮光板の大きさをRとします.

さて,我々がヘリコプターから撮影した写真から直接判読できるものは,半影と本影の大きさそのものではなく(それは目的^^);,その「比(K)」です.この比(K)は,図2より,


eq1.gif

(式1)

となります.

図中の緑色の棒の長さが,L×tan(θ)に相当します.遮閉板の大きさに比べて,本影の大きさは,緑の棒二つ分小さく,半影の大きさは,二つ分大きくなります.それらを割ったのがKというわけです.「本影」は,遮光板が地面から離れるにつれ,小さくなります.一方,「半影」は,遮光板が離れるにつれ,大きくなります.

式1をLについて解くと,


eq2.gif

(式2)

となります.

ここでθとRは既知の定数:

・θ:地球から見た太陽の視半径.

 15分59.64秒(約0.27度);理科年表 (1995版;国立天文台編;丸善)による.

・R:ヘリコプターBell 412の胴体部分の直径 (姿勢による変化が比較的少ないと思われるので,全長よりも胴体径を採用).

 約3メートル;ベルヘリコプター社の資料による.※(http://www.bellhelicopter.textron.com/content/products/commercialHelicopters/412/412tech.pdf にあったのですが,現在はリンク切れです...)

ですから,Kさえ判れば,式2のLが算出できます.そしてLが判れば,実際に地面に映っているヘリの本影と半影の大きさがわかることになります.

★どうやって機影を測定するか★

三宅島の山頂付近は灰色の火山灰で覆われており,地面の色は単調です.そのため,上空から見た時にそこが影で暗いのか,それとももともと地面が黒いのかを区別するのが比較的容易です.とはいえ,人間の目で写真を見ただけでは,影はぼやけていて,その輪郭の大きさを正しく決めることは困難です.

そこで,輪郭の大きさを決める際には人間の目ではなく,ヘリ機影の画像解析結果(ヘリを横切る測線上の輝度データ)を用いることにします.

機影を横切る測線上の輝度がどのようになるかは,理論上計算することができます.それが以下の図(AT-1)です.

calc_shadow.gif

図AT-1:計算で求めた影の濃さ.

ヘリの対地距離(地面とヘリとの直線距離)が100,200,300メートルの場合について,ヘリの本影中心からの距離に応じた影の濃さをプロットしたもの.距離0を中心に左右対称になるので,片側だけ表示.

図6と見比べてみてください.

なお,計算の条件はこちらをご覧ください.

★機影の測定例★

では,実際に機影の画像解析をしてみましょう.ここでは,例として1月29日のヘリ観測の際に撮影した写真を用います.なお,画像解析に用いたソフトウェアは,NIH Imageです.


shade3.gif shade4.gif

図3(左):元画像

図4(右):コントラストをあげ,ヘリコプターの胴体(キャビン部分)を横切る測線を設定したところ.


shade5.gif

図5:測線と元画像との対応.


shade6.gif

図6:測線にそった明るさのグラフ

横軸が測線の長さ.単位は画素(ピクセル),左下が基点.

縦軸は輝度(数字が大きいほど暗く,範囲は0-255).

カラーの線は測定後に書き入れました.

図AT-1と見比べてみてください.

理想的には,ヘリの機影以外の部分は明るさが一定であることが望ましいのですが,この例では,凹凸がみられます.それは実際の山肌の色(反射率)が様々だったり,地形による影のためだったりします.例えば測線の右上の部分はガリー(雨裂;地下水面より浅いので普段は水が流れず,乾いた石がゴロゴロしているので明るくみえる)があるのに対応して,図6の150ピクセル付近に数値の小さい部分ができています.この部分はは明らかに,基準となる火山灰の反射ではないと解釈できます.したがってこの部分は無視し,180〜200ピクセル付近の明るさを使用します.また,周期の細かい凹凸はさらに細かいガリーや,灰の濡れ具合によると解釈できるので,これも無視します.すると,ほぼ水平の線(ピンク)が得られました.

この線を基準として,これより数値の高い部分が,ヘリによる影です.図6においてヘリコプターの機影は,ソフトクリームのカップを逆にしたような形で表現されています.平らな山の部分が本影で,山の斜面の部分が半影に相当します(エイ!ヤッ!と,解釈します).

するとこの図より,半影の幅は40ピクセル,本影は10ピクセル,と読み取れました.よって,Kの値は0.25となります.この読みとりの際に,数値の10%程度の誤差が生じると思われますが,ともあれKの値は得られました.

これを,その他の定数とともに式2に代入すると,Lは190(メートル)となりました.すると半影の大きさ(R+2Ltan(θ))は,4.8(メートル)となります.また図6より,この写真上でのヘリ半影の大きさは40(ピクセル)でしたから,この写真のヘリ機影周辺の1ピクセルは0.12(メートル)となりました.

画素の大きさがわかってしまうと,画像中のありとあらゆる物体の大きさが分るようになります.たとえば,ヘリのすぐ前にあるガリーの幅は11ピクセルぐらいあり,その幅は132(センチメートル(注意;これは視線方向からみた場合です.また,少なくとも±13cm程度の誤差はあります)となります.

★まとめ★

このように,大きさの分っている飛行物体が地面におとす影を画像解析することによって,地上と飛行物体までの直線距離と,地上の物体の大きさを知ることができます.この手法は,他に手段がないような時には,簡便かつ有効な測量方法になるかもしれません.

★謝辞★

この手法について考えるきっかけを与えてくださった,hotahotaさま,ちばさまに感謝します.

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