三宅島の水溜まりが赤くなった原因は?
by Isoji MIYAGI @ Geological Survey of Japan, AIST
- by 宮城&川辺@地質調査所
- 作成日:2000年 9月20日
- 公開日:2000年10月17日
- デザイン変更:2008年4月18日
- 文責:宮城磯治
目次 |
はじめに
三宅島では「水たまりが赤くなる現象」が観察されています.地質調査所はこの現象が少なくとも2000年9月16日には現れていたことを,上空からの観察(自衛隊,海上保安庁,警視庁,消防庁,気象庁の協力)により把握しています.
赤く変色した水溜まりは「すおう穴」などの火口湖だけでなく,神着南の遊砂池(?),伊豆南の砂防ダム,三宅小中学校のプール(23日には赤く変化),島内東部の古い側火口内に溜まった水,におよびます.
一方,赤くない水溜まりも存在します.それらは,陥没火口内の水たまり,伊ヶ谷南の砂防ダム(?),村営牧場の遊水池などです.(※これは9月20日ごろ時点の情報です.その後陥没火口内は,下の右下の写真のように赤くなりました.)
※時間をおって色の変化をみるために[1]このページ を作成しました.どうぞご覧下さい.
知りたいこと
- なぜ,水溜まりの色があかくなったのか?
観察事実
- 三宅島からの多量の火山ガス放出は ここ一週間ぐらい(2000.9.20時点)で 特に強くなった.
- 三宅島の水溜まりが赤くなった時期は ここ一週間ぐらい(2000.9.20時点)である.
- 変色した水溜まりの色は, ゲーサイトの色にみえることが多いが,もっと赤みが強いこともある.
参考となる写真: |
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[2] スオウ穴 (by 伊藤@地調) |
[3] 神着南の遊砂池 (by 川辺@地調) |
[4] 伊豆南の砂防ダム (by 伊藤@地調)
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[5] 東斜面側火口 (by 川辺@地調) |
[6] 伊豆南,伊ヶ谷南,村営牧場遊水池 (by 伊藤@地調) |
[7] 陥没火口内(2000.10.7) (by 中野@地調) |
解釈
上空からの観察だけからこの原因について考察するのは困難かと思いますが,この現象の説明を試みます.
現時点での解釈は:
1. 三宅島の火山ガスが水溜まりに溶け,
(※三宅島の火山ガスには亜硫酸ガスや塩化水素が含まれている)
2. この酸性溶液が火山灰から鉄分を溶かしだし,
(※三宅島の火山灰には鉄が比較的多量に含まれている)
(※塩化鉄や硫酸鉄は水に溶けやすい)
3. 空気酸化によって鉄分が「鉄錆」として池に沈殿した.
(※水酸化鉄や酸化鉄は沈殿しやすい)
です.
簡単な検証
以上の仮説を検証するために,簡単な実験を行ないました.
まず,三宅島の火山灰(7月14日のもの)をうすい塩酸(2wt%程度)に入れ,上澄み液を分離しました.※1.に相当
左:うすい塩酸の底に火山灰が沈んでいる.右:うわずみ液を別のビーカーに移したところ.
上澄み液はごく薄い緑色をしていました.※2.に相当
次に,上澄み液の塩酸を中和しました.(炭酸カルシウムによる)
左:中和直後,中:中和の約10分後,右:中和の約1時間半後.
褐色の沈殿(水酸化鉄)ができた.時間とともに赤みをおびてゆく.※3.に相当
※炭酸カルシウムは塩酸を中和しますが,この時生成するのは無色透明の塩化カルシウムなので色に対して影響しません.また,この中和反応で酸化還元状態は変化しませんので,水酸化鉄が徐々に酸化される(赤みが強くなる)のは空気酸化によると考えられます.
翌朝の様子.
赤く変色した三宅島の水溜まりと同様な色の,沈殿ができた.
※注:デジタルカメラの色再現性はあまりよくありません.また,光源の具合いによって色調が異なって見えることがあります.
仮説から導かれることと現実との比較
導かれること | 現実 | ○:合う
△:必ずもそうではない ×:合わない
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火山ガスの流下方向の池(北東方向)が赤くなるはず | 東〜北東〜北の池が赤くなっている | ○
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火山ガスが盛んに出るまでは,池は赤くならないはず | 火山ガスが盛んに出るようになってから,赤くなった | ○
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灰と水とガスがあれば(地下水に関係なく)池の水は赤くなるはず | 地下水から離れている場所(学校のプール)も赤くなった | ○
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どの池の色もゲータイトの色と同じになるかもしれない? | 必ずしもそうではない(ゲータイトより赤みが強いこともある) | △ |
火山ガス濃度が高いほどすぐ赤くなるかもしれない? | 必ずしもそうではない(陥没火口内の池はなかなか赤くならなかった) | △ |
鉄分が還元されれば赤みは消えることもあるはずだ | 赤かった池が緑になることが実際にあった.
例:[8]これ(9月20日撮影by川辺@地調) と[9]これ(10月16日撮影by宮城@地調)
| ○
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よくわからないこと
・鉄分の酸化プロセスがよくわからない.
酸性の溶液に溶け込んでいる鉄分は,放置しただけではなかなか沈殿しない.ここでは炭酸カルシウムを用いた中和によって強制的に沈殿させた.天然でも中和作用があったと考えられるが,具体的にどのような反応かはわからない.
・この実験ではすおう穴の色が再現できなかった.
この実験でできた沈殿(ゲータイト色の)は多くの池の赤みと同じである.しかし「すおう穴」の色はこれより明らかに赤い.
もしかすると,陥没火口内の池がなかなか赤く変色しなかった事や,「すおう穴」の色が他の池より赤みが強い事は,酸性火山ガス濃度(特にHCl)が高い事と関連しているのかもしれない.
※なお,これに関しては以下のような示唆に富んだアドバイスをいただいています.お二人に感謝します.
池の水酸化鉄の色の違いはpHに依存している可能性が高い.基本的に水酸化鉄にはFe(OH)3(褐色)とFeOOH(黄褐色)がある.特に弱アルカリ領域では,一般にFe2+が酸化して出来た水酸化鉄は,室温度放置しておくだけでもFe(OH)3->FeOOH->Fe2O3と脱水酸化してゆくが,陰イオンが多いとその吸着がこの変化を妨げることも知られている.(佐藤[久]@地調さん 談)
塩化鉄と水酸化ナトリウムを等量混ぜてできた水酸化鉄のゲルはかなり濃い赤色をしているが,これがゲーサイトに変化すると黄色がかってくる.塩化物イオンが共存するとβ-FeOOHができるが,これは赤黄色である.ヘマタイトを水熱合成するときはpHが10以上だと六角板状の粒子ができるがこれは深い赤色である.低いpHで生成したヘマタイトは鮮やかな赤になり,形状がスピンドル状に近づくと黄色がかってくる.(村松@東北大さん 談)
まとめ
「火山ガスで酸性になった水に溶けた火山灰の鉄分が水酸化鉄になること」によって,三宅島の水溜まりが赤くなった理由を,ほぼ説明できそうだ.色のバリエーションは水酸化鉄の生成条件の違い(特にpHと陰イオン)による可能性が高い.
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その後
上でお見せした実験は9月23日に行なったものです.これらのビーカーを室内に約一ヶ月放置してみました(どれだけ酸化が進むか興味があったので).その結果,下の写真(10月18日撮影)のように,炭酸カルシウムで中和しなかったもの(右ビーカー)は,鉄分が徐々に酸化され,やや黄赤色を帯びました(火山灰自体は深緑色).一方,中和したもの(左ビーカー)のは中和後と同じ黄赤色であり,少なくとも一ヶ月間では,経時変化はほとんど無しでした.
このように,三宅島山麓の水溜まりの色と同じゲーサイト色が維持され,山頂近くの水溜まり(すおう穴など)にみられた濃い赤(ヘマタイト色)にはなりませんでした.