2023.1.26 更新
地質図は様々な用途に利用できる便利な地図だと思いますが、何しろ地質を調べるには手間と時間がかかりますので、利用したい地質図が必ず手に入るとは限りません。そもそも地質調査総合センターの地質図で日本全国そろっているのは1/20万という小縮尺の地質図で、拡大には向きません。また、運良く大縮尺の地質図が出版されていたとしても、情報を取得 (調査・研究) した時点がとても古いものがありますし、中には情報が間違っている場合もあります。地質図は制作時における最新のデータと解釈に基づいて描かれていますので、時間とともに新しいデータが蓄積し、学問も進歩していくと、必然的に変更の必要な箇所も出てくるのです。
希望の地質図がない場合、これまでは小縮尺の地質図で妥協したり、使用をあきらめていた場合がほとんどでしょう。しかし、現在では、もうひとつの選択肢があります。それが今回ご紹介する「オリジナル地質図をつくる」という方法です。というのも、昨今のオープンソース・オープンデータ・オープンライセンスの進展により、地理空間情報を扱う作業がとても簡単になったからです。
これにより、ユーザーは地質図を改変して利用する自由と手段を手に入れました。下の図は、20万分の1日本シームレス地質図の沖積層の分布を、国土地理院の標高データに合わせて修正してみた例です。点線がオリジナルの地質境界線ですが、空中写真や標高データなどの情報を参照することで、より高解像度な地図に作り直すことができます。
以下では、フリーアンドオープンのツールとデータを使って、どんなふうに地質図の改変が実現できるのかを具体的に例を挙げてご紹介します。
オリジナル地質図の制作に必要なのは、ツールとデータです。
地理空間情報を扱うソフトをGIS (Geographic Information System) といいます。現在、フリーソフトとしてよく使われているのはQGISです。ユーザーが多いため、ウェブ上やガイドブック等での情報も豊富ですので、本ページではQGISを使った例を紹介します。インストールに関する情報は、「QGISを利用した地質図作成メモ」と同様ですが、フィールドデータを記録しないのであれば、もう少しシンプルにできます。必要なものは以下の2つです。
QGISの使い方は、「QGISを利用した地質図閲覧メモ」「QGISを利用した地質図作成メモ」等を参照してください。
データには作業する地質図ベクトルデータと、参照あるいは再利用する各種データの2種類が必要です。
地質図のデータは地質調査総合センターのウェブサイトからダウンロードしてください。ダウンロードで利用する主なサイトを以下に記します。
参照するデータとしてとても便利なのが、各種のオープンデータです。近年、国や地方自治体が再利用を認めるライセンスで公表する地理空間情報は大幅に増えましたし、引き続き増え続けています。これらに基づいて、自らの目的に合った地質図を作ることも、とても容易にできるようになりました。以下には幾つかの例と代表的なサイトを挙げておきます。ただ、オープンデータは日進月歩で、最新の情報は変わって行くことが予想されますのでご注意ください。どんなデータを使うとどんな修正が容易にできるかは、具体例の中でご紹介します。
参照する各種データのもうひとつの選択肢は、「独自の知見」でしょう。地質図の制作期間は限られていますし、制作後に明らかになった情報は反映されていませんので、これらに基づいて地質図を修正したいというのはごく自然な欲求です。何事にかかわらず、現地の最新情報を知っているのがいちばんなのです。
これらのデータには、WMS (Web Map Service) のような配信データと、ファイルを入手するダウンロードデータがあります。前者の場合はデータを編集することはできませんが、更新は配信機関が行ってくれますので、特に気にすることなく最新の情報を利用できます。一方、後者の場合は更新状態の確認こそ必要になりますが、データを直接編集することができます。いずれの場合も、各種のデータ利用に際しては、設定されているライセンスに良く注意してください。また、情報の更新を行わないことを表明している場合や、注意事項がある場合もありますので、配信元の情報をご確認ください。
既存の地質図データをダウンロードしても、必ずしもそのまま使うとは限りません。なぜなら、地質図はその地域に分布する全ての地質を区分してとても詳しく描かれているのが一般的ですが、実は目的の地層はその一部であるという状況は普通に起こりうるからです。
例えば、目的の地層を目立たせるために、地質図を簡略化したり、または地質図から抜粋したりということがあるでしょう。また、地層の分布が広い場合、その範囲を網羅するために制作時期の異なる2つの地質図を接合することもあるでしょう。下の図は、目的の地層 (篠山層群) が隣り合う2つの地質図の図郭をまたいで分布しているときに、2つの地質図を接合しつつ抜粋した例です。
デジタル標高モデル (以下、DEM) を利用すると、地形の様子が立体的に表現されるため、視覚的に理解しやすくなります。したがって、位置ずれの補正に効果的です。国内のDEMは国土地理院の「基盤地図情報」のウェブサイトからダウンロードできます。ただし、このデータをGISで利用するためには、一般に変換等の作業が必要になります。一方、このデータを基にした地図が、地理院タイルの「色別標高図」として配信されていますので、参照するだけでしたらこちらを使うと便利です。
色別標高図を使うと、小縮尺地図を拡大したときに気になる位置ずれを、容易に補正することができるようになります。下の図でその効果をご確認ください。
場所にもよりますが、色別標高図はかなり精細な地図です。段丘や微地形などの判別もできますので、それらを追加・修正する際にも便利に利用できるでしょう。
世の中には様々な地図があります。特に、何かの目的のために作られた地図 (例えば天気図など) を主題図と呼んでいます。さすがに天気図は地質図作成の参照用に使うことはないですが、中には地質を知るのにとても有用な主題図があります。例えば土地利用や水理、地すべりなどの区分・分類図は、そのまま地質の境界とも一致する場合もよくあります。
国土地理院で配信している地理院タイルの中には、いくつもの主題図があります。上述の「色別標高図」もそのひとつです。下には、地理院タイルに含まれている東京周辺の各種主題図の例を3つほど示しています。東京地域の1/5万地質図は4つの図郭にまたがりますが、まだ「東京西南部」しか出版されていません。しかし、各種の主題図を参照すると、他の3図郭の地質の情報も、かなり判別できそうなことがわかります。現地調査や詳しい資料の収集に先立って、これらの主題図を参照しておくことはとても合理的と言えます。また、上述の「小縮尺地質図の位置ずれ補正」には、大変参考になります。
空中写真や古地図には、当時の地表の情報がたくさん残されています。特に、河川の旧河道や自然堤防のような微地形、低湿地のような要注意地盤を判別するのに役に立ちます。これらの画像データは、ダウンロードしたままでは位置情報がついていない場合も少なくありません。もちろん、特徴のある地理の場合はそのままでも良いですが、位置情報を付加してGIS上で重ね合わせると、地質図の編集がずっとやりやすくなります。QGISの場合、位置情報を付加するのには「ジオリファレンサー」というツールを利用します。既存の地図と照らし合わせて何カ所かの位置合わせを行う必要はありますが、解像度の高い画像データであれば重ね合せの出来映えは満足できる (やって損はない) と思います。
この手法は、一般的なラスターデータであれば、ありとあらゆる画像データに応用が可能です。したがって、地質調査総合センター以外の機関から公開されている地質図の画像を使ったり、自治体の制作するハザードマップの画像を使ったりすることもできます。さらには手書きの地質図やルートマップをスキャンしたデータでも使えます。たとえ原図がどんなに古くても、ベクトルデータ化すれば再び命を与えることができますので、ぜひうまく活用してみてください。
知っている情報を活かしたい場合も、遠慮なく改変してしまいましょう。「今はないけれど、昔ここに露頭があった」、「道路工事で○○が出ているのが見えた」、「新聞記事に○○化石の発見が出ていた」など、地質図に反映できる情報やデータはたくさんあります。実はこれらの情報・データこそ、学問の進歩や世の中への貢献にとても価値があるのです。したがって、修正の動機となった独自の知見の説明も一緒にデータ化しておけば、改変した地質図の価値も一段と高まります。下の図ではほんのわずかでも重要な修正の例を示してみました。
編集して制作したオリジナル地質図は立派な二次著作物、すなわち独自の研究成果です。差し支えなければ、ぜひ公開しましょう。ウェブサイトを通じても良いですし、どこかのジャーナルに投稿しても良いでしょう。
実は、オープンデータは地図情報ばかりではありません。そのほかの位置情報付き地質データ、例えばボーリングデータなどの公開も進んできています。これらのデータを集め、独自に解析して新しい成果を創出することも十分可能です。このような手法は、「データマイニング」や「データサイエンス」とも呼ばれています。学校の自由研究の題材にしたり、趣味でこつこつと研究を続けたり、地質学への市民参加が見込まれます。このような活動は、「オープンサイエンス」または「シチズンサイエンス」という流れで、学問や社会の新たな原動力として、昨今では世界的に期待が高まっています。
かつて、地質図の制作は多くの場合専門家の仕事でした。一方で、市民が参加しようという活動も古くからありました。近年ではジオパークなどの新しい参加型の取り組みも盛んになってきています。データやツールがとても手に入りやすく、また使いやすくなった現在、ぜひ手や足を動かしてみてはいかがでしょう。そうすることで、地質や地域に対する理解も一段と深まります。そして、理解が進むことで新たな動機や要望が生まれ、更に新たな発見や成果に結びつく好循環を生むことを願っています。
本ページは、2016年10月のGSJのライセンス改定を受け、以下のイベント等で地質図の利活用を紹介・発表した内容を基に編集しました。