グロタンディック『代数幾何学原論』序文


 グロタンディック(A. Grothendieck)は、Elements de Geometrie Algebrique(『代数幾何学原論』)(EGA)を 著し代数幾何学を書き換えました。 その結果、代数幾何学は高度に抽象化された最先端の数学となりました。序文によると、全13章の予定であったことが分かります。 ユークリッドの『幾何学原論』を意識してのことであったでしょう。 大学に入った頃、飯高茂著『代数幾何学』を眺めて、スキームという抽象化されたものがあることを知りました。 その後、永田雅宜著『可換環論』を紐解いた後、R. Hartshorneの"Algebraic geometry" (Springer)を読み、 GrothendieckのEGAはどういう書物であったのか気になりました。 そこで『代数幾何学原論』の序文を日本語に訳してみました。序文ではJ.-P. SerreのFACの論文の重要性が強調されています。 また、永田の仕事も引用されています。
 なお、affineはフランス語では「アフィヌ」、英語では「アファイン」の発音に近いですが、原論文がフランス語ですので、 ここでは「アフィン」と表記しました。 誤り等を知らせていただけると幸いです。

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序文

オスカー・ザリスキーとアンドレ・ヴェイユに捧ぐ

 この論文およびこれに続く多くの論文は、代数幾何学の基礎を構成することを目的としている。原則として、 この分野に関する特別な知識を前提とはしない。そのような知識は、明らかに利点があるにも関わらず、 時には(それが示唆する双有理の観点があまりに排他的であることにより)ここで示す視点と手法に慣れたい人にとっては有害である可能性さえある。 ただし、読者が以下の点について十分な知識を持っていることを前提とする:

a) 可換代数、 N. ブルバキ数学原論の出版中の巻における可換代数(および、これらの巻が出版中においては、 Samuel-Zariski [13]とSamuel [11]、[12])。
b) ホモロジー代数学、これにはCartan-Eilenberg [2]((M)と引用する)とGodement [4]((G)と引用する)、および A. Grothendieck [6]の最近の論文((T)と引用する)を挙げる。
c) 層の理論、主な文献は(G)と(T)である; 後者の理論は可換代数の本質的概念を幾何学の言葉により解釈し、それらを 大域化するための不可欠な言語を与える。
d) 最後に、読者がこの論文で常に使われる関手の言語にある程度慣れていると役に立つ。そうすると、(M)、(G)、特に (T)を参照することができるであろう。この言語の原理と関手の一般理論の主要な結果は、この論文の著者により準備されている論文により詳細に示されるであろう。

 この序文は代数幾何学におけるスキーム理論の概要を多かれ少なかれ与える場ではなく、スキーム理論を採用する理由や特に我々が 考察する多様体(varietes)の局所環の冪ゼロ元を考える理由を長々と述べる場でもない(必然的に通常の 写像またはの概念を重要視し、有理写像の概念を二次的なものとする)。この論文はスキームの言語を正しく系統的に 発展させることを目指しており、その必要性を示すことを目的としている。ここで最初の章で展開する概念を直感的に紹介することはしない、 そうすることは簡単であるが。 この論文の内容の予備的な概要を知りたい読者は、1958年にエディンバラで開かれた国際数学者会議においてA. Grothendieck が行った講演を参照することができる[7]、また、同じ著者による発表[8]、J.-P. Serreによる仕事[14]((FAC)と引用する) は、代数幾何学における古典的な視点とスキーム論の視点との中間的な表現と見ることもできる。そのため、 それらを読むことはこの原論を読む際の準備として最適である。

 参考までにこの論文の一般的な計画を以下に示す。これらは、特に最後の章は、変更される可能性がある:
第I章. スキームの言語.
第II章.  射のいくつかの類の大域的基礎的考察, 応用.
第III章.  代数的連接層のコホモロジー.
第IV章.  射の局所的考察.
第V章.  スキームの構成の基礎的方法.
第VI章.  降下法, スキームの構成の一般的方法.
第VII章.  群スキーム, 主ファイバー空間.
第VIII章.  ファイバー空間の微分的考察.
第IX章.  基本群.
第X章.  留数と双対性.
第XI章.  交叉理論, チャーン類, リーマン・ロッホの定理.
第XII章.  アーベルスキームとピカールスキーム.
第XIII章.  ヴェイユスキーム.

 原則として全ての章は未完であり、追加の段落が随時加えられる。そのような段落は、ここでの出版方法の欠点を減らすために 別の分冊として出版される。その段落が計画中であるかあるいは章の出版時に準備中であるときは、緊急の事があり出版が 遅れるような場合でも、その章のまとめに述べる予定である。 読者の便宜のために、第0章でこの論文の各章で使われる可換代数、ホモロジー代数、層の理論についての補遺を与える。 これらは多かれ少なかれよく知られている事であるが、便利な文献はこれまでなかった。 読者には、この論文を読んで記述内容に十分に精通していない時にのみ第0章を参照することを薦める。 この論文を読むことは、初学者にとって可換代数やホモロジー代数に親しむ良い機会であろう。 これらを学ぶことは具体的な応用がないと退屈で気のめいることでさえあるが。

 この序文で概念や結果についての歴史的概観を述べることは、それがたとえ短いものであっても、我々の力量を超えている。 理解に特に役立つ文献のみを示し、最も重要な結果の文献のみを挙げる。少なくとも形式的には、我々の仕事で 扱う主題は全く新しいものであり、そのため伝聞でしか知らない19世紀と20世紀初頭の代数幾何学の創始者への言及が少なくなる。 しかしながら、スキームの観点から著者達に最も直接に影響して発展に寄与した仕事についていくつか述べておく。 まず第一にJ.-P. Serreの基本的著作(FAC)を挙げなければならない。この仕事は一人より多くの若い信奉者達 (これにはこの論文の著者の一人も含まれる)を代数幾何学へと導いた。彼らはA. Weilの古典的な著作『代数幾何学の基礎』[18] の無味乾燥さにうんざりしていたのだ。 FACでは、抽象代数多様体のザリスキー位相が、ある種の代数的トポロジーの手法を適用するのに完全に適していて、 特にコホモロジー理論を作り上げる特別な場であることが初めて示された。 さらに、そこで与えられている代数多様体の定義は、最も自然に我々がここで展開しようとする概念の一般化へと導くものである1

 Serreはさらに体上のアフィン代数を任意の可換環に置き換えることにより、アフィン代数多様体のコホモロジー理論を 困難なく移せることに気がついた。したがって、本論文の第I章、第II章、および第III章の最初の二つの節は、 本質的により広い枠組みの中でのFACの主要な結果と同じ著者による論文の簡単な置き換えと見る事ができる[15]。 我々は、C. Chevalleyの代数幾何学セミナー[1]からも多くの恩恵を受けた。特に、彼によって導入された公理的集合 (ensembles constructibles)を系統的に使うことが、スキーム理論において非常に有用であることが示されている(第IV章を参照)。 次元の観点からの射の研究も彼から借りたものである(第IV章)。これは大きな変更なくスキーム理論の中へ書き換える事ができる。 また、C. Chevalleyにより導入された局所環のスキームの概念は代数幾何学の自然な一般化にも役立つことに注意すべきである (ただし、ここで説明する柔軟性と一般性を全て備えているわけではない)。 この概念と我々の理論との関係については第I章第8節を参照せよ。このような一般化は、Dedekind環の代数幾何学について 多くの特別な結果を含む一連の論文により、永田[9]により展開された2

脚注1. J.-P. Serreが指摘したように、環の層を与えることにより多様体の構造を定義しようというアイデアは H. Cartanによるものであることを注意する必要がある。彼は、このアイデアを解析空間の理論の出発点として採用した。 もちろん、代数幾何学と同様に解析幾何学においても、解析空間の局所環のべき零元に市民権を与えることは重要である。 H. CartanとJ.-P. Serreによるこの定義の拡張は、最近、H. Grauertによって取り上げられた[5]。 この一般的な枠組みの中で、解析幾何学の体系的な解釈がすぐに現れることが期待される。さらに、この論文で展開された 概念と技法が解析幾何学においても意味を持つことは明らかである。 もちろん、解析幾何学の理論では非常にかなりの技術的困難があるであろう。代数幾何学はその方法の単純さにより、 解析空間の理論における将来の発展のためのある種の形式的なモデルとなると予想される。

脚注2. 代数幾何学において、我々の視点に近い研究の中からE. Kahlerの重要な研究[22]と、Chowと井草による最近のノート[3]を挙げておく。 これらは、永田-Chevalley理論の枠組みの中で、FACのある結果を示し、Kunnethの公式を与えた。

 最後に、代数幾何学の本は、特に基礎に関するものは、言うまでもなく必然的にO. ZariskiやA. Weilなどの数学者の 影響を受けている。特に、Zariskiの『正則関数の理論』[20]は、コホモロジーの手法により適切に柔軟なものになっており、 また存在定理により補完されているため(第III章第4, 5節)、(第VI章において説明する下降法とともに) この論文において使われる主要な道具の一つであり、代数幾何学で使うことができる最も強力な手法の一つであると言える。

 A. Weilの影響力については、Weilコホモロジーの定義を望ましいすべての一般性をもって定式化するために必要な 道具を開発する必要があり、 ディオファントス幾何学における彼の有名な予想[19]を確立するために必要なすべての形式的性質の証明に着手すると言えば十分である3。これはこの論文を書く主要な動機の一つであり、 代数幾何学において普通に使われる概念と方法の自然な枠組みを見出したいという欲求でもあり、 また著者達にその概念と手法を理解する機会を与えるためでもあった。

脚注3. 誤解を避けるために、この目標はこの序文が書かれた時点では着手されたばかりであり、まだWeil予想の証明はできていないことを記しておく。


文献

[1] H. Cartan, C. Chevalley, Seminaire de l'Ecole Normal Superieure, 8e annee (1955-56), Geometrie algebrique.
[2] H. Cartan, S. Eilenberg, Homological Algebra, Princeton Math. Series (Princeton University Press), 1956.
[3] W. L. Chow and J. Igusa, Cohomology theory of varieties over rings, Proc. Nat. Acad. Sci. U.S.A., t. XLIV (1958), p. 1244-1248.
[4] R. Godement, Theorie des faisceaux, Actual. Scient, et Ind., n 1252, Paris (Hermann), 1958.
[5] H. Grauert, Ein Theorem der analytischen Garbentheorie und die Modulraume komplexer Strukturen, Publ. Math. Inst. Hautes Etudes Scient., n 5, 1960.
[6] A. Grothendieck, Sur quelques points d'algebre homologique, Tohoku Math. Journ., t. IX (1957), p. 119-221.
[7] A. Grothendieck, Cohomology theory of abstract algebraic varieties, Proc. Intern. Congress of Math., p. 103-118, Edinburgh (1958).
[8] A. Grothendieck, Geometrie formelle et geometrie algebrique, Seminaire Bourbaki, IIe annee (1958-59), expose 182.
[9] M. Nagata, A general theory of algebraic geometry over Dedekind domains, Amer. Math. Journ.: I, t. LXXVIII, p. 78-116 (1956); II, t. LXXX, p. 382-420 (1958).
[10] D. G. Northcott, Ideal theory, Cambridge Univ. Press, 1953.
[11] P. Samuel, Commutative algebra (Notes by D. Herzig), Cornell Univ., 1953.
[12] P. Samuel, Algebre locale, Mem. Sci. Math., n 123, Paris, 1953.
[13] P. Samuel and O. Zariski, Commutative algebra, 2 vol., New York (Van Nostrand), 1958-60.
[14] J.-P. Serre, Faisceaux algeriques coherents, Ann. of Math., t. LXI (1955), p. 197-278.
[5] J.-P. Serre, Sur la cohomologie des varietes algebriques, Journ. de Math. (9), t. XXXVI (1957), p. 1-16.
[16] J.-P. Serre, Geometrie algebrique et geometrie analytique, Ann. Inst. Fourier, t. VI (1955-56), p. 1-42.
[17] J.-P. Serre, Sur la dimension homologique des anneaux et des modules noetheriens, Proc. Intern. Symp. on Alg. Number theory, p. 176-189, Tokyo-Nikko, 1955.
[18] A. Weil, Foundations of algebraic geometry. Amer. Math. Soc. Coll. Publ., n 29, 1946.
[19] A. Weil, Numbers of solutions of equations in finite fields, Bull. Amer. Math. Soc., t. LV (1949), p. 497-508.
[20] O. Zariski, Theory and applications of holomorphic functions on algebraic varieties over arbitrary ground fields, Mem. Amer. Math. Soc., n 5 (1951).
[21] O. Zariski, A new proof of Hilbert's Nullstellensatz, Bull. Amer. Math. Soc., t. LIII (1947), p. 362-368.
[22] E. Kahler, Geometria Arithmetica, Ann. di Mat. (4), t. XLV (1958), p. 1-368.










 
 
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