last update 2005.05.10
これまでは、地球化学図とは一体何か?という話をしてきました。第5回目では、2004年に発表された「日本の地球化学図」を用いて少し具体的な話をしていきましょう。
1999年より産業技術総合研究所地質調査総合センターで取り組んできた全国地球化学図の研究が終わり、2005年1月に「日本の地球化学図」という本として出版されました。内容はホームページとほとんど同じですが、やはり紙として手に取った方が見やすいものです。足下の化学 第5章では、「日本の地球化学図」を買ってみた人、ホームページを訪れた人に補足的な説明を付け加えていくことにしましょう。
まず、ページを開いてみると、色鮮やかな日本の地図が出てきます。下には4つの元素(カリウム、鉄、クロム、カドミウム)の濃度分布図を示しました。赤いところほど濃度が高く、青いところほど濃度が低くなっています。日本全体で見ますと、元素によって濃度が高い低いにかなりの地域差があることが分かります。
全国地球化学図の例 (図をクリックすると大きくなります)
簡単にその特徴をまとめてみますと、
となります。どうして元素によってこのような違いが見られるかについては、第4章で述べたように、地質・鉱床(鉱山)・温泉など色々な要因があります。具体的な対応関係については、第6章で説明します。
また、全国地球化学図は範囲が広すぎるため、もう少し詳しく図を見たいという方向けに、9つの地域ごとに(北海道、東北、北陸、関東、東海、近畿、中国、四国、九州)地域地球化学図というものも作成しています。実際に使用するのはこちらの方が多いと思います。
ただし、地域によって元素の濃度範囲が異なってきますので、地域地球化学図の色分け法が全国版と異なります。右図を見るとよく分かると思いますが、全国地球化学図に比べ地域地球化学図の方がコントラストがよりはっきりします。逆に、地域地球化学図同士をつなぎ合わせても、色がつながりませんのでご注意ください。
下には各地域毎に作成した鉄の地球化学図を示しています。このように、地域毎に地球化学図を作成することで、より細かな特徴が分かります。また、沖縄県の地球化学図は、全国地球化学図ではなく(九州地方の)地域地球化学図に載っています。
日本の地球化学図の紹介はいかがでしたか?きっと、「へー、元素の多い少ないに、こんなに地域差があるんだ」と気がついたと思います。ところが実際には、地球化学図を初めて見た人にはむしろ衝撃的な事の方が多いようです。それは、カドミウムや鉛などの有害元素の濃度が高い地域が、自分の住んでいる地域に真っ赤に示されている時です。地質情報展で地球化学図の紹介をすると必ず「家が汚染されている!!」と言われ、その都度事情を説明してなだめることになります。
この場を借りてはっきり申し上げましょう、「ご安心ください!No Problem !」と。 色分けについては前に説明したとおり、濃度の上限値と下限値を元に振り分けますので、人体に異常が有る無いに関係なく濃度が高ければ赤く、濃度が低ければ青く、その中間であれば黄色で示されます。つまり、濃い薄いが単純に色分けされているだけなので、びっくりしないでくださいということです。川の砂の分析値ですので、汚染ではなく自然が本来持っている元素濃度の高い低いを表しています。従いまして、お家の周辺が汚染されているわけではありません。(あと、砂を食べる人もいませんし・・・)。
色分けで勘違いさせないために、白黒や別の色で色分けをしても良いのですが、いずれも中間の濃度の高低関係がわかりにくくなり、迫力が今ひとつ足りません(第3回:地球化学図の作成法参照)。また、地球化学図のデータの元となっている川砂の化学組成は 、流域と呼ばれる一帯の平均的な値を示しています。ある一点で採取した川砂のデータを面に拡張(補間)して作っていますので、(色の)濃淡についてあまり細かな事は議論したくともできないということ を頭に入れておいてください。
最後に、どのような有害元素であっても 土、水、空気にはある程度の量が含まれており、許容量を超えない限り健康に問題を生じるものでありません。逆に、有害元素といえども全く自然界に存在しない場合は逆に健康上の問題を引き起こすことがあります(例えば、亜鉛の不足は味覚障害を引き起こすなど)。私たちの研究室では、根拠もなくやたらと「汚染!、汚染!」と騒ぐことはせず、常に客観的な立場から「自然が元々持っている元素濃度の多い少ないはどの程度なのだろう?」、「自然の範囲内か人為的な汚染かを見極めるためにはどうすればよいのだろう?」を明らかにすることに取り組んでいます。