地球化学図

last update 2021.07.28

産業技術総合研究所
地質調査総合センター
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地球化学図

(地殻表層における物質分布に関する研究)

1.背景

地球温暖化や酸性雨など近年の環境問題への関心は年々高まっており,国際的な取り組みも積極的になされている。このような地球規模の環境問題に対し,大気汚染,地下水汚染,土壌汚染といった身近な環境問題もまた重要な問題である。特に人口密度が高く人間活動の活発な都市部において,人為的活動によって放出された元素がどのような過程で気相,液相,固相へ拡散するかを調べることは大変重要な課題である。

固相,特に生活環境に密接な地殻表層では,物質の濃集は必ずしも人為的な過程だけではなく,例えば鉱床といった自然的な濃集過程も同時に存在する。こうした地殻表層での物質の分布を調べるのにあたって用いられているのが地球化学図である。イギリスやドイツなどの西欧諸国やアメリカなどでは鉱床探査の手段として用いられ,全国規模の地球化学図がすでに作成されている(Webb et al., The Wolfson Geochemical Atlas of England and Wales, 74pp, 1978; Weaver et al., The Geochemical Atlas of Alask, 57pp, 1983; Fauth et al., Geochemischer Atlas Bundesrepublik Deutschland, 79pp, 1985; Kautsky et al., Geological Atlas of Northern Fonnoscandia, 19pp, 1986; Thalmann et al., Geochemical Atlas of the Republic of Austria. Geological Survey of Austria,141pp, 1988 など)。

日本ではこれまで北関東地域(伊藤ほか,地球化学アトラス北関東,35pp,1991),秋田県(椎川ほか,秋田大学教育学部地学教室,29pp,1984),愛知県(Tanaka et al.,1994; 1996,田中ほか,1995; 1998; 山本ほか,1998など)など限られた地域で地球化学図作成が行なわれてきた。そのため,各研究ごとに,採取試料,試料粒子の粒径,試料採取密度,試料の分解法,測定元素不一致といった多くの問題点を抱えることとなり,統一的な評価が困難となっている(今井ほか,地質ニュース 558,9,2001)。旧地質調査所,現産業技術総合研究所地質調査総合センターでは,地球化学図は国土の重要な基本情報の一つであると位置づけ,1999年より,5ヶ年計画で全国地球化学図の作成に取り掛かかり、2004年度に成果をwebサイトおよび書籍として公表するに至った。解析が終了した地球化学図のデータはweb上で自由に,1/200万(全国)地球化学図,1/20万(地域)地球化学図,元素分析値,試料採取地点の情報などが閲覧でき、日々更新されている(地球化学図データーベースを参照)。

2.主な目的

1.地質・鉱床などのバックグランドの影響

日本は海洋プレートが沈み込みにともなう島弧に位置しており,その地質は 付加体堆積物や島弧火山岩などの影響が大きく,大陸の地質と異なり,非常に複雑である。そのため,ある特定の元素が人為的汚染の結果であるか,基盤岩などの風化による自然拡散によるのか判断が困難な場合が多い。全国地球化学図作成は原則人為的汚染がない地点を選ぶことで,地質・鉱床などのバックグランドの影響を調べようとしている(今井ほか,地質ニュース 558,9,2001)。

2.都市及びその周辺地域における生活環境を評価

都市及びその周辺地域における生活環境を評価するために,臨海平野部における都市地域の代表として宮城県仙台市周辺と,内陸盆地の代表的な地域である山形県山形市周辺をモデル地域として選び,比較的狭い地域で地球化学図を作成する試みも進めている(今井ほか,地質ニュース 513,26,1997; 今井ほか,地質環境アトラス「山形市周辺地域」,37pp,2000; 太田ほか,地球化学,36,109,2002; 太田ほか,地球科学,57,61,2003.)。都市地域の地球化学図では全国的な地球化学図と異なり,人工河川が多い,河川流域が不明瞭,背景地質が不明瞭,生活排水や廃棄物など人為的汚染源の存在,人工土の存在などの多くの問題点を抱える。このように非常に複雑な元素濃度分布傾向の要因を明らかにするためには,地質図,温泉・鉱泉分布図,土地利用図などの空間情報との比較はもちろん,X線回折を用いた鉱物同定,岩石試料の化学分析,0.1N塩酸を用いた溶出実験,実体鏡などを用いた河川堆積物の観察,数理統計解析などの多種多様な分析・解析法が必要となる。

3. 特定の地質の影響評価を目指した離島域地球化学図の作成

全国地球化学図の補完を目的として、特定の地域や離島域で高分解能(1試料/1–3 km2)の地球化学図作成を行う。日本の主要四島ではほとんど見られない岩石(アルカリ火山岩など)が河川堆積物に与える影響評価を主な目的とする。また、離島の地球化学図を整備する事で、固有の生態系を有している離島域の生体保全にも役に立つことが期待される。

4. 土壌地球化学図作成のための基礎的研究

土壌は身近にありながらその成因は意外によくわかっていない。これまでは岩石の風化とともに、植物起源の有機物が混合する過程で形成されたと考えられてきた。しかし、この成因はあくまで大陸の土壌の成因であり、日本における土壌成因はさらに複雑なものとなる。たとえば、河川などの氾濫によって砂や泥が供給されることもある。また、三宅島のような火山の噴火活動による火山灰の影響や、黄砂として中国大陸からやってくる微粒子の寄与も考えられる。関東ローム層のことを考えれば、噴火活動が土壌形成にいかに大きな影響を与えるか理解できる。また、黄砂は1回1回の活動ではわずかな寄与ではあるが、数万年以上の長い年月で考えてみれば、決して無視できない量になる。主に土壌の化学分析を進めてゆきながら、土壌の起源(火山灰や黄砂などの寄与はどの程度か?)を探ることや、河川堆積物を用いた地球化学図と土壌を用いた地球化学図の相違点などを明らかにすることを目的とする。

 

3.解析手法:

1.GISソフトウェアを用いた空間解析(視覚的な解析)

2.数理統計解析(数値的な解析)

4.成果物:

地球化学図の本(タイトルをクリックすると本の紹介ページに飛びます)

 

データベース

地球化学図データーベース:地球化学研究グループで行ってきた全国地球化学図をデータベースとして登録した。元素濃度分布図、試料情報(採取地風景や試料の写真・情報を)などを見ることができる。

 

5. 都市域・個別地域の地球化学図

山形市周辺の地球化学図

内陸盆地に位置する都市域の地球化学図。数理統計解析を用いて、背景地質や都市汚染が地球化学図にどのように現れるか、岩石の化学組成と河川堆積物の化学組成の相違点、河川堆積物の流域代表性などを明らかにした(太田ほか, 2002, 地球化学 36, 109-125.)。

山形市の地質図とマグネシウムの地球化学図

 

仙台市周辺の地球化学図

臨界平野部に位置する都市域の地球化学図。背景地質や都市汚染と地球化学図との関係を明らかにした。また、0.1N 塩酸によって抽出した成分の地球化学図を作成し、これまでの地球化学図との相違点について議論した(太田ほか, 2003, 地球科学 57, 61-72.)。

仙台市の土地利用図と亜鉛の地球化学図

 

秋吉台周辺地域の地球化学図

カルスト地形で有名な秋吉台周辺地域の地球化学図。石灰岩地域で採取された河川堆積物中のカルシウム濃度が低い理由の解明(Ohta and Minami, 2013. Bull. Geol. Surv. Japan 64, 121–138; 城森ほか, 2016. 地球化学. 50, 11–27)。

秋吉台周辺カルシウム地球化学図

 

6. 全国地球化学図

全国を、北海道、東北、関東、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州・沖縄の9ブロックに分けて、解析を勧めている。東北、四国、九州地域は別の研究者が担当。

北海道地方の地球化学図

鉱床や鉱床を生み出す元となる岩石の分布が元素濃度分布にどのような影響を与えるかを明らかにする事を目的とした。特に、水銀鉱床と水銀の濃度異常、地熱地帯と重金属元素(特にヒ素、アンチモン、水銀)の高濃度異常の関係について詳細に議論し、重金属元素の高濃度分布の起源を明らかにした(Ohta et. al., 2005, J. Geochem. Explor. 86, 86-103.)。

北海道の水銀の地球化学図と水銀鉱山や地熱地帯との関係

 

関東地方の地球化学図

地質由来の自然のバックグラウンドを明らかにし、鉱山と重金属元素濃集の関係、東京湾周辺地域の人為汚染についての検討を進めた。人口密度が高い地域において、リン・クロム・ニッケル・銅・亜鉛・スズ・アンチモン・水銀・鉛の有意な濃集が認められたが、なぜかヒ素だけは有意な濃集が認められたかった(Ohta et al., 2011. Geochem.-Explor. Environ. Anal., 11, 211-223.)。

関東・甲信越・南部東北地方の地質図と銅の地球化学図

 

北陸地方の地球化学図

地質、鉱床など自然のバックグラウンドと、陸域から海域への物質移動を明らかにすることを目的とした。陸域において、河川流域に占める地質の変化が河川堆積物の化学組成に与える影響や、鉱床の分布が重金属元素濃集に与える影響を、統計学を用いて定量的な議論できることを示した。(Ohta et al., 2004, Appl. Geochem. 19, 1453-1469.)

北陸地方の地質図とナトリウムの地球化学図

 

近畿・東海地方の地球化学図

主に地質による自然のバックグラウンドを明らかにすること、及び大阪、京都、名古屋などの大都市における人為汚染の抽出を目的とした。地球化学図への統計解析法の応用における問題点について徹底的に調べた。地球化学図は原則、明らかな人為汚染が認められる試料は採取しないが、大阪市や名古屋市周辺地域で、銅・亜鉛・カドミウム・アンチモン・スズ・水銀・鉛等の重金属元素・有害元素濃度が統計的に有意に高い事を明らかにした(Ohta et al., 2005, Appl. Geochem. 20, 1017-1037.)。

近畿・東海地方の土地利用図と亜鉛の地球化学図

 

中国地方の地球化学図

地質、鉱床など自然のバックグラウンドを明らかにする事を目的とした。地質構造が入り組んだ非常に複雑な構造を示す地域においても、流域解析と統計学を用いることで、地質の変化が河川堆積物の化学組成に与える影響を定量的に議論できることを明らかにした。(太田ほか, 2004, 地球化学 38, 203-222.)

中国地方の地質図と鉄の地球化学図

 

九州地方の地球化学図

特に阿蘇カルデラや姶良カルデラを中心に分布する安山岩類と火砕流堆積物が元素分布に与える影響評価を目的とした。シラス台地などに広く分布する火砕流堆積物由来の河川堆積物は、基本的に安山岩由来の河川堆積物とよく似た元素濃度を示したが、クロムやニッケルに著しく乏しい特徴を持つことで、容易に区別できることが明らかとなった。(Ohta et al., 2020. Geol. Soc., Spec. Publ., 505)

九州地方の地質図と鉄の地球化学図

 

7.研究背景(研究紹介の補足ページ):