起源・産地推定のための地球化学図

last update 2023.11.20

産業技術総合研究所
地質調査総合センター
  1. トップページ
  2. 研究紹介
  3. 起源・産地推定のための地球化学図

起源・産地推定のための地球化学図

1.背景

地球化学図は元々鉱床探査のための一手法として用いられており、日本では主に環境評価のための基盤図として作成してきた。しかし最近では、堆積岩・堆積物の後背地解析、農作物の産地推定、考古学における起源・移動経路解析、法科学調査など様々な分野への応用が試みられている。これらの目的に地球化学図を使用するためには、地殻表層の元素濃度分布だけではなく、その基盤岩の情報も必要となってくる。そこで、地球化学図データに地質図データを組み合わせることで、河川堆積物をその起源となる岩相別に分類し、代表的な地質(岩相)ごとに分類した河川堆積物の平均的な化学組成を求めることで、主に物質の起源・産地推定に役立てる情報として再整理した。本研究は、 Ohte et al. (2021) Geochemical Journal 55, 59–88 の研究成果を元に作成している。興味のある方は原著論文を参照されたい<こちら>。

 

2.流域解析

1.河川の流域(集水域)

河川堆積物は流域(集水域)に分布する土壌、砂、岩片等が混ぜ合わさって構成される。そのため、試料の採取地点は1点で流域全体の平均的な化学組成を代表すると見なすことができるため、少ない試料数で全国をカバーできる特徴がある。 河川の流域は、国土地理院が提供するデジタル標高データを元に、GISソフトを使うことで容易に求めることができる。下には、筑波山の麓を流れる桜川の河川流域(赤線で囲った範囲)を表している。

桜川の集水域

 

3.流域の代表地質

流域の代表地質とは

陸域の地球化学図の解析において、河川流域に占める割合が半分以上の地質(岩相)が河川堆積物の化学組成を決めていると仮定する。この地質を流域の代表地質と呼ぶことにする。下の例だと、桜川の河川流域には花崗岩類が約20%、付加体堆積岩が約10%、変成岩と斑れい岩がそれぞれ3%以下、第四紀(更新世・完新世)堆積物が約70%を占めていることから、桜川の河川堆積物の化学組成は第四紀の堆積岩類が決めていると言える。ちなみに、筑波山は頂上付近が斑れい岩、山麓部は花崗岩からできている。

 

地質の分類

地球化学図の解析に使う地質図として、地質調査総合センターが提供する シームレス地質図 (20万分の1スケールデジタル地質図)を用いた。ただし、地質の凡例(分類)は多種多様で、簡略版で数百、詳細版で1000を超える数がある。あまりに多すぎるので、地球化学図で使える程度まで分類を減らす必要がある。全国図の解析では次の12通りの分類方法を採用した(カッコは分類記号)。なお、流域に占める割合がどの地質も半分を超えない場合は、"その他"と分類した。

日本の地球化学図全試料3024個に対して流域解析を行い、流域内の地質が占める面積比率を求め、代表地質を決めた。最終的には以下のような表にまとめている(表はこちらからダウンロード可能<J-Stage: Supplementary material (zip file)>)。

 

 

 

4.代表地質ごとの元素濃度

流域に分布する地質(岩相)別に見た河川堆積物化学組成の中央値

流域に分布する地質(岩相)別に見た河川堆積物の平均的な化学組成は次のとおりとなる。値は平均値ではなく外れ値に強い中央値を示している。斑れい岩とアルカリ火山岩類の分布面積は狭いため、これらの岩石を代表地質とする試料はほとんどないことから下の表にはデータを載せていない。例えばナトリウムは花崗岩類由来の河川堆積物で最も濃度が高く、長石類の影響の強さを表している。一方、鉄は付加体火成岩類や玄武岩・安山岩由来の河川堆積物で濃度が高く、角閃石や輝石などの有色鉱物の影響の強さを表している。また、ヒ素、カドミウム、鉛などの重金属元素の濃度は参考値である。これらの元素は一見火山岩類に多く含まれているように見えるが、岩石本体ではなく火山活動に伴って形成された熱水鉱床が流域内に分布することを反映している。

自然放射線とは自然界に元々存在する放射線のことで、ここに示す値は地面からの放射線量を表す。実際には岩石に含まれるカリウム、トリウム、ウランの放射壊変によって生じたガンマ線の強さを表す(Ohta et al. (2021)では数値に間違いがあるため、正しい値は<こちら>を参照のこと)

表:地質(岩相)別の河川堆積物化学組成の中央値

  岩相 全て 堆積岩・堆積物 付加体堆積岩 付加体火成岩 火砕流堆積物 玄武岩・安山岩 流紋岩・デイサイト 珪長質貫入岩 花崗岩類 高圧型変成岩 高温型変成岩
元素 データ数 n = 3024 n = 774 n = 459 n = 8 n = 184 n = 301 n = 137 n = 5 n = 200 n = 71 n = 17
Na2O wt % 2.16 2.12 1.78 2.21 2.47 2.07 1.98 1.57 2.89 2.25 1.88
MgO wt % 2.56 2.44 1.94 4.77 2.92 3.83 1.47 1.23 2.05 3.41 2.48
Al2O3 wt % 10.87 9.59 10.78 12.57 11.38 12.18 10.01 8.26 11.52 12.86 9.76
P2O5 wt % 0.122 0.117 0.108 0.157 0.148 0.145 0.0939 0.135 0.120 0.148 0.136
K2O wt % 1.74 1.68 2.12 1.31 1.13 1.11 2.26 2.49 2.20 1.71 1.49
CaO wt % 2.33 1.98 0.775 3.30 3.86 3.83 1.52 0.607 2.40 2.72 2.98
TiO2 wt % 0.716 0.677 0.589 1.20 0.921 0.945 0.621 1.02 0.605 0.731 0.83
MnO wt % 0.120 0.0948 0.100 0.191 0.150 0.152 0.111 0.0769 0.116 0.164 0.119
T-Fe2O3* wt % 5.74 5.38 4.72 9.35 7.06 8.05 4.64 4.23 4.89 6.65 5.87
Li mg/kg 28.0 27.0 42.0 27.0 18.0 21.0 31.0 34.0 27.0 36.0 23.0
Be mg/kg 1.32 1.21 1.64 1.06 0.929 0.962 1.7 1.74 1.88 1.38 1.32
Sc mg/kg 13.4 11.7 9.65 20.8 20.0 20.3 9.56 7.35 11.6 17.5 11.2
V mg/kg 119 112 97.8 182 144 197 79.0 72.7 78.2 147 108
Cr mg/kg 53.1 56.4 62.7 218 27.6 56.5 32.8 42.3 39.4 169 71.2
Co mg/kg 14.2 13.5 12.4 31.7 14.1 20.5 9.83 8.68 10.6 22.0 12.8
Ni mg/kg 20.7 22.5 28.8 88.5 9.80 19.9 12.7 17.2 12.7 59.5 35.7
Cu mg/kg 27.3 23.8 34.8 47.7 18.0 29.8 28.6 34.2 19.6 56.3 32.2
Zn mg/kg 107 99.4 96.7 114 117 123 135 116 100 118 112
Ga mg/kg 16.2 15.0 16.5 17.3 16.3 16.5 17.2 16.4 19.0 17.4 15.2
As mg/kg 8.0 6.0 8.0 6.8 5.0 8.0 14 5.0 7.0 7.2 15
Rb mg/kg 65.7 62.7 92 46.5 34.6 34.5 101 120 88.2 74.5 52.7
Sr mg/kg 146 142 101 146 183 194 118 65.8 162 132 167
Y mg/kg 17.3 15.1 12.8 21.8 21.7 17.4 19.7 12.2 24.6 22.7 18.7
Zr mg/kg 54 54 45 73 72 66 63 22 38 26 28
Nb mg/kg 7.15 6.52 7.85 7.01 5.39 5.15 8.42 17.2 10.1 8.45 8.87
Mo mg/kg 1.15 1.08 1.04 0.914 1.41 1.31 1.40 1.33 0.965 0.938 1.34
Cd mg/kg 0.131 0.125 0.105 0.171 0.124 0.145 0.242 0.118 0.131 0.152 0.114
Sn mg/kg 2.14 1.82 2.52 1.99 1.59 1.62 3.40 3.67 2.93 2.71 2.39
Sb mg/kg 0.601 0.542 0.771 0.559 0.444 0.508 0.937 0.64 0.378 0.678 0.977
Cs mg/kg 3.60 3.15 4.89 2.42 2.26 2.58 5.42 5.12 3.28 4.97 2.47
Ba mg/kg 413 419 450 288 335 348 466 574 412 346 568
La mg/kg 16.5 14.6 19.2 13.2 11.5 11.8 18.6 18.8 25.5 19.5 22.9
Ce mg/kg 30.2 26.1 36.7 27.7 21.7 22.3 33.0 36.4 49.1 38.4 44.5
Pr mg/kg 3.91 3.48 4.40 3.46 2.90 3.00 4.32 4.28 6.18 4.75 5.56
Nd mg/kg 15.6 14.0 17.1 14.9 12.8 12.9 16.9 16.2 24.1 19.2 22.3
Sm mg/kg 3.29 2.96 3.35 3.50 3.12 2.92 3.51 3.30 4.92 4.18 4.13
Eu mg/kg 0.816 0.749 0.723 1.05 0.926 0.877 0.785 0.702 0.937 1.05 1.04
Gd mg/kg 3.14 2.76 2.90 3.55 3.37 2.95 3.35 2.80 4.66 4.09 3.48
Tb mg/kg 0.552 0.481 0.470 0.669 0.635 0.538 0.579 0.468 0.797 0.73 0.592
Dy mg/kg 2.86 2.51 2.30 3.64 3.49 2.87 3.04 2.29 4.08 3.85 3.11
Ho mg/kg 0.56 0.497 0.424 0.719 0.713 0.572 0.606 0.402 0.779 0.749 0.603
Er mg/kg 1.66 1.47 1.20 2.02 2.17 1.73 1.84 1.10 2.30 2.15 1.76
Tm mg/kg 0.266 0.239 0.187 0.297 0.352 0.277 0.296 0.161 0.377 0.324 0.281
Yb mg/kg 1.66 1.49 1.13 1.84 2.25 1.73 1.87 0.959 2.36 1.84 1.77
Lu mg/kg 0.245 0.221 0.161 0.269 0.338 0.257 0.274 0.128 0.353 0.243 0.253
Hf mg/kg 1.6 1.5 1.3 1.9 2.0 1.8 1.8 0.7 1.3 0.8 0.8
Ta mg/kg 0.573 0.5 0.656 0.575 0.432 0.423 0.638 1.16 0.904 0.724 0.838
Hg mg/kg 0.040 0.050 0.070 0.055 0.030 0.050 0.040 0.050 0.020 0.070 0.020
Tl mg/kg 0.469 0.428 0.571 0.293 0.289 0.327 0.727 0.684 0.552 0.439 0.467
Pb mg/kg 20.8 18.0 22.4 14.1 17.0 17.7 36.7 39.2 24.0 20.6 18.9
Bi mg/kg 0.226 0.182 0.274 0.181 0.175 0.188 0.362 0.582 0.268 0.234 0.210
Th mg/kg 5.42 4.72 6.41 3.32 3.45 3.43 7.27 6.28 12.7 6.33 8.11
U mg/kg 1.29 1.27 1.39 0.918 0.924 0.916 1.76 1.36 2.50 1.25 1.40
自然放射線量* nGy/h 40.8 38.1 47.8 28.1 28.7 27.0 53.7 51.9 73.5 42.4 51.0

*T-Fe2O3は全鉄を表す。また、自然放射線マップの詳細についてはこちらをご覧ください:<日本地質学会の説明> / <日本の地球化学図の説明

  

もっと細かい分類

例えば同じ花崗岩でも、時代別・産地別の情報がほしい、などの要望にも答えることができるように、上記12通りの基本分類を更に分類した詳細版の元素濃度も求めている。論文の補足データとしてダウンロード可能<J-Stage: Supplementary material (zip file)>。代表的なものだけであるが、基本版と詳細版の対応は次のようになっている。ただし、自然放射線量については数値に間違いがあるため、正しい値は<こちら>を参照のこと)

 

基本版 詳細版
日本語分類 記号 日本語分類 記号
堆積岩類 Sed ペルム紀-三畳紀堆積岩類(舞鶴帯) P–Tr-Sed (Maizuru)
白亜紀堆積岩類(蝦夷層群) K-Sed (Yezo)
シルル紀-白亜紀堆積岩類(南部北上帯) S–K-Sed (Kitakami)
ジュラ紀-白亜紀堆積岩類(手取層群) J–K-Sed (Tetori)
白亜紀堆積岩類(和泉層群) K-Sed (Izumi)
白亜紀堆積岩類(関門層群) K-Sed (Kanmon)
古第三紀堆積岩類(西日本) Pg-Sed (west)
古第三紀堆積岩類(東日本) Pg-Sed (east)
新第三紀-第四紀堆積岩類(西日本) N–Q-Sed (west)
新第三紀-第四紀堆積岩類(東日本) N–Q-Sed (east)
新第三紀堆積岩類(西日本) N-Sed (west)
新第三紀堆積岩類(東日本) N-Sed (east)
第四紀堆積岩類(西日本) Q-Sed (west)
第四紀堆積岩類(東日本) Q-Sed (east)
第四紀堆積岩類(都市域) Q-Sed (urban)
付加体堆積岩 Acc ジュラ紀付加体(北部北上帯) J-Acc (Kitakami)
ジュラ紀付加体(美濃・丹波・足尾帯) J-Acc (M-T-A)
ジュラ紀付加体(秩父帯) J-Acc (Chichibu)
白亜紀付加体(北部四万十帯) K-Acc (Shimanto)
白亜紀-古第三紀付加体(日高帯) K–Pg-Acc (Hidaka)
古第三紀付加体(南部四万十帯) Pg-Acc (Shimanto)
火砕流堆積物 Py 新第三紀火砕流堆積物(東日本) N-Py (east)
新第三紀-第四紀火砕流堆積物(東日本) N–Q-Py east)
第四紀火砕流堆積物(西日本) Q-Py (west)
第四紀火砕流堆積物(東日本) Q-Py (east)
苦鉄質火山岩 Mv 白亜紀苦鉄質火山岩(西日本) K-Mv (west)
新第三紀苦鉄質火山岩(西日本) N-Mv (west)
新第三紀苦鉄質火山岩(東日本) N-Mv (east)
新第三紀-第四紀苦鉄質火山岩(西日本) N–Q-Mv (west)
新第三紀-第四紀苦鉄質火山岩(東日本) N–Q-Mv (east)
第四紀苦鉄質火山岩(西日本) Q-Mv (west)
第四紀苦鉄質火山岩(東日本) Q-Mv (east)
珪長質火山岩 Fv 白亜紀珪長質火山岩(高田流紋岩類) K-Fv (Takada)
白亜紀珪長質火山岩(有馬層群) K-Fv (Arima)
白亜紀珪長質火山岩(濃飛流紋岩類) K-Fv (Nohi)
新第三紀珪長質火山岩(西日本) N-Fv (west)
新第三紀珪長質火山岩(東日本) N-Fv (east)
花崗岩類 Gr ジュラ紀-新第三紀(主に飛騨帯) J–N-Gr (Hida)
ジュラ紀花崗岩類(船津花崗岩類) J-Gr (Funatsu)
白亜紀花崗岩類(北部北上帯) K-Gr (Kitakami)
白亜紀花崗岩類(阿武隈帯) K-Gr (Abukuma)
白亜紀花崗岩類(朝日地方) K-Gr (Asahi)
白亜紀花崗岩類(領家帯) K-Gr (Ryoke)
白亜紀花崗岩類(山陽帯) K-Gr (San-yo)
白亜紀-古第三紀花崗岩類(山陰帯) K–Pg-Gr (San-in)
新第三紀花崗岩類(大隅半島) N-Gr (Osumi)
新第三紀花崗岩類(甲府地方) N-Gr (Kofu)
白亜紀の狭義の花崗岩 K-Gr
白亜紀花崗閃緑岩 K-Grd
高圧型変成岩 Mp 三畳紀-ジュラ紀変成岩(周防変成岩) Tr–J-Mp (Suo)
白亜紀変成岩(三波川変成岩) K-Mp (Sanbagawa)
白亜紀変成岩(苦鉄質片岩) K-Mp (mafic)
白亜紀変成岩(泥質片岩) K-Mp (pelitic)
高温型変成岩 Mt シルル紀-三畳紀変成岩(飛騨変成岩) S–Tr-Mt (Hida)
白亜紀変成岩(阿武隈変成岩) K-Mt (Abukuma)
白亜紀変成岩(領家変成岩) K-Mt (Ryoke)