last update 2021.07.28
四方を海に囲まれた国である日本において、陸から海への物質移動(汚染物質の拡散評価も含む)を包括的に評価することは極めて重要な課題である。そこで、日本周辺海域から表層海洋堆積物を約5000個の化学分析を行い、2010年に世界で初めてとなる海洋地球化学図を整備した。沿岸海域における元素の挙動は、河川からの砕屑物供給、沿岸流などによる堆積物の水平移動、堆積物の削剥・再移動、イオン強度や酸化還元電位の変化に伴う元素の沈殿と再溶解、生物起源粒子の寄与、人為的汚染など、河川系に比べ大変複雑であるが、貴重な数多くの情報をもたらしてくれる。陸域の地球化学図と併せて、陸から海へ、そして海の中で起きている物質循環を調べる。
2010年に日本周辺海域の海洋地球化学図が作成されたが、継続課題として沖縄周辺海域の海洋地球化学図作成に継続して取り組んでいる。海洋地球化学図の試料は、地質調査総合センターで進められている海洋地質図・海洋表層堆積物作成のために採取された表層堆積物を用いている。そのため、毎年の調査航海で採取された試料の分析を中心に、地球化学図の更新のためにデータを蓄積している。 沖縄周辺海域は、生物源粒子の寄与が多く、炭酸塩鉱物が非常に多い海洋堆積物中の微量元素の定量法などについて、検討を進めている。
1.GISソフトウェアを用いた空間解析(視覚的な解析)
2.数理統計解析(数値的な解析)
海洋地球化学図の本
地球化学図データベース
地球化学図データーベース:陸海域地球化学図データベース。元素濃度分布図、試料情報(試料の写真・情報を)などを見ることができる。
全国を、北海道周辺海域、秋田・山形沖、北陸沖、山陰沖、岩手・宮城沖、関東周辺海域、東海沖、瀬戸内海、四国沖、九州周辺海域、沖縄周辺海域の11海域に分け、順に解析を勧めている。
陸域から海域への物質循環、海流による堆積物運搬過程、海洋堆積物の粒度と化学組成の関係について明らかにする事を目的とした。北海道周辺海域は広い大陸棚を有しているため、海流・沿岸流・潮流・波浪によって細粒堆積物が100-200kmにわたって運搬されることが明らかになった。また、堆積速度が遅い奥尻島・渡島大島西方海域では、1000年前頃の朝鮮半島白頭山の大噴火でもたらされたB-Tmテフラの影響が認められた。(Ohta et al., 2010, Appl. Geochem. 25, 357-376.)
主に日本海側と太平洋側の堆積環境の違いによって引き起こされる、元素分布の違いについて解析を進める。太平洋側は砂質堆積物が主で、日本海側はシルト-粘土質堆積物が主と、粒径に大きな違いがある。これに応じて海洋堆積物中の元素濃度も日本海側で高く、太平洋側で低い傾向が認められた。しかし、元素存在度パターンは、粒度別・地域別に大きな変化が無く、調査地域全体として均質な特徴を示した。日本海側において、断層活動に伴って形成された海丘部周辺に、古い堆積岩の削剥物および内在するバライトのジュールの影響が強く認められた。(Ohta et al., 2017. Bull. Geol. Surv. Japan, 68, 87–110)
ほとんどの元素について、陸域と海域で必ずしも元素濃度分布が連続しない事を見いだした。海域での元素分布は、陸からの物質供給よりはむしろ、堆積物の粒度の違いに大きく依存することを確認した。また、富山海底谷に沿ってクロムの高濃度域が陸から100km以上にわたって追跡できることを明らかにした。(Ohta et al., 2004, Appl. Geochem. 19, 1453-1469.)。
主に東京湾を中心とした汚染された堆積物の移動過程や、日立・高取鉱山などから鹿島灘への物質移動を明らかにすることを目的とした。東京都を中心とする都市域から東京湾へCdの高濃度域が連続しているが、日立鉱山や高取鉱山周辺に見られる高濃度域は、必ずしも沿岸海域に連続しているように見られない。堆積物中の元素の存在形態や河川からの土砂供給量の違いによって、陸から海への元素移動に違いが生じている。(Ohta et al., 2015, J. Geochem. Explor. 154, 156-170.)
陸域から海域への物質循環、海洋堆積物の粒度と化学組成の関係、汚染物質の拡散等について明らかにする事を目的とした。著しい高濃度のクロムやニッケルを含む超塩基性岩か広域に分布する地質(この地域では 付加体堆積岩)が流域にある場合のみ、陸域と海域の元素分布の連続性が認められることを確認した。また、伊勢・三河湾において、周辺地域からもたらされたと思われる重金属元素の濃集が認められたが、濃集は湾内にとどまり、外洋へ拡散していく様子は地球化学図からは認められなかった(Ohta et al., 2007, Appl. Geochem. 22, 2872-2891.)。
隠岐舟状海盆や若狭湾を中心とした海域において、主にシルト・泥質堆積物中の重金属元素濃集過程について解析を進める。隠岐トラフでは、続成作用と酸素に富んだ日本海固有水の影響を受けて、堆積物表層にマンガン酸化物層が存在し、Co, Mo, Pb等の濃集が認められる。東部大陸斜面には、隠岐の島周辺に分布するアルカリ火山岩の影響によるNb, Ta, Th, 希土類元素などの高濃度分布域が認められ、西部大陸斜面には、活発な生物生産活動の影響によるCu, Cd, Hgの濃集が認められる。(Ohta et al., 2015, Bull. Geol. Surv. Jp. 66, 81-101.)
主に東シナ海・黄海から対馬海峡を経由した細粒堆積物の寄与率について議論した。対馬海峡東方海域の堆積物は、粒度に関係なく比較的均質な化学組成をもち、東シナ海・黄海からの物質の寄与は予想外に少なかった。調査海域の堆積物は、第四紀の海進期・海退期で形成された残留堆積物が主であり、東シナ海・黄海から運ばれる現世シルト質・泥質堆積物の寄与率が相対的に低いためと考えられた。(Ohta et al., 2013, Appl. Geochem. 37, 43-53.)
主に瀬戸内海と外海の堆積環境の違いや、潮流・沿岸流が元素分布に与える影響、陸から海への物質移動過程について解析を進める。河川を通じて供給されたシルト質堆積物は、潮流によって広く拡散し、瀬戸内海の潮流が弱い場所や沿岸水と外洋水の潮目などで沈殿する。重金属元素に関して、瀬戸内海は隣接陸域の地質・鉱山・人為活動の影響を反映するが、土佐湾などの外洋域では、細粒化に伴う単純な濃度増加のみ認められた。(Ohta et al., 2017. Water, 9, 37:1-26)
九州周辺は200m以浅の浅い海域が主であり、砂質堆積物に広く覆われる。特に、大隅海峡には、約7300年前に巨大噴火によって鬼界カルデラから放出されたチタン、鉄などに富む粗粒な堆積物が広く分布する。元素分布の特徴から、黒潮分流に伴う底層流が大隅海峡から日向灘に向けて、火山性堆積物を運ぶ様子が見て取れた。鹿児島湾には姶良カルデラの熱水活動に起因するヒ素、アンチモン、水銀などに富むシルト質堆積物の分布が認められた。(Ohta et al., 2020. Geol. Soc., Spec. Publ., 505)
現在鋭意解析中。