足元の化学

last update 2015.04.13

産業技術総合研究所
地質調査総合センター
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第6回:地球化学図の解析

さて、元素によってずいぶんと地球化学図は異なることが分かったと思いますが、実際にこれらの元素の濃度は何に支配されているのでしょうか? 日本全国では範囲が広すぎて分かりにくいので、これまで私が研究を担当してきた地域を中心に具体例を挙げてみましょう。

6.1. 地質の影響

地質は、(当然ながら)地表の元素濃度に最も大きな影響を与える要素です。ここでは東海地方を例に地質と地球化学図の関係を見ていきましょう。 下には、東海地方の地質図(1/100万規模)と鉄の地球化学図を示しています。鉄の濃度が高い所(又は低い所)はどのような地質が分布しているのか?一つ一つ対応付けを行っていきます。 伊豆あたりでずいぶん鉄の濃度が高いようですが、ここには一体どんな岩石が分布しているのでしょうか?名古屋の北側では鉄の濃度が低いようですが、一体なぜでしょうか?
実際の地球化学図の解釈では、53元素分の地球化学図を机に並べて地質図とにらめっこして、どこがどの地質と一番よく対応するかなどの作業をやっています。地道な作業を少しずつ続け、 大まかな対応がつくと今度は統計学を使って数値的に解析していきます。

東海地方の地質図 東海地方の鉄の地球化学図
東海地方の地質図
(地質調査総合センター, 1992)
東海地方の鉄の地球化学図
(Ohta et al., 2005, Appl. Geochem. 20, 1017)

では、53元素の中から代表として、ナトリウム(Na)、鉄(Fe)、クロム(Cr)の3元素について地質との関係を調べていきましょう。対応がつけ易いように、地質の分布は黒い太線で示しています。

東海地方のナトリウム、鉄、クロムの地球化学図

東海地方のナトリウム(Na)、鉄(Fe)、クロム(Cr)の地球化学図(Ohta et al., 2005, Appl. Geochem. 20, 1017)。図の中の黒い太線はそれぞれ花崗岩、超塩基性岩 (主に安山岩-玄武岩質溶岩・凝灰岩)、超塩基性岩の分布を表しています。 どの地球化学図もそれぞれ特定の岩石の分布とよく対応していることが分かります。

6.2 鉱床の影響

銅、亜鉛、ヒ素、モリブデン、カドミウム、スズ、アンチモン、水銀、鉛、ビスマスなどの元素は、地質ではなく鉱床と密接な関係があります。日本はあまり大きな鉱床がありませんが、鉱山の近くやその下流域ではこれらの元素濃度が高くなっていることが分かります。例えば、カドミウムは銅-亜鉛-鉛を算出する鉱床の分布と非常によく一致します。

中国地方の亜鉛の地球化学図 北陸地方の鉛の地球化学図 北海道の水銀の地球化学図

中国地方の亜鉛の地球化学図
(太田ほか, 2004, 地球化学)

北陸地方の鉛の地球化学図
(Ohta et a., 2004, Appl. Geochem.)

北海道の水銀の地球化学図
(Ohta et al., 2005, J. Geochem. Explor.)

地球化学図は元々鉱床探査のために用いられてきましたので、鉱床の影響を調べるのは楽(?)なはずですが、こと日本に関してはなかなかうまくいかないというのが現状です。その原因は、鉱床の規模が小さすぎるということです。例えばお隣中国では、四国くらいの大きさならすっぽり入るくらいの(鉱床が存在することによって生じる)濃度異常地帯が見つかったりと、その影響は非常にはっきり捉えることができます。日本の地球化学図では、昔から稼働している鉱床や規模の大きな鉱床の影響しか見えません。具体例を挙げて説明しましょう。

ただし、第5章でも述べましたが、これらの元素の多い少ないは、人為的な汚染ではなく、あくまで自然現象の範囲内ですので、健康に問題を生じるものではないことを申し上げておきます。

6.3 温泉・鉱泉・地熱の影響

恐山周辺の砒素の地球化学図

温泉・鉱泉は液体ですから、河川堆積物に対しては、湯ノ花として沈殿したり、温泉中に含まれる元素が鉱物表面に吸着するなど、間接的に与える影響を見ることになります。 結論から言いますと、温泉が噴き出して、湯ノ花ができている大変狭い範囲を除けば、温泉の影響は無視してよいと思います。少なくとも私が解析を担当した地域(北海道、北陸、東海、近畿、中国地方) では地球化学図に温泉・鉱泉の影響をはっきり確認することはできませんでした。ただし、今後、試料採取密度を上げた地球化学図(精密地球化学図)を作成した場合、温泉の影響が見えてくる可能性があります。

また、火山と地熱・温泉地帯は密接な関係があり、例えば右図の青森県の恐山のように、まさに現在鉱床が作られている場所=火山-地熱-温泉地帯である場合では、鉱山に多く含まれる元素の異常が見られる場合もあります。 他にも、北海道の地熱地帯にも亜鉛、鉛、カドミウム、ヒ素、アンチモン、水銀などの高濃度異常が見られます(Ohta et al., 2005, J, Geochem. Explor. 86, 86)。

6.4 人間活動の影響

今のところ全国地球化学図にはっきりと人間活動の影響が認められた例はありません。と、言うよりも 元々人為汚染のありそうな地点では試料を採取していないことと、人為汚染の特定が非常に難しいためです。川に捨てられた缶などのゴミから金属片が入ることがあるかもしれませんが、分析の対象にしている180μmよりも細かな川砂に金属片などの人為起源物質を見つけるのは至難の業です。現在、明らかに自然由来では濃度が異常であると見られる川砂に対してその濃度異常の原因を特定する研究を行っています。