last update 2004.12.22
では次に、海水や河川水に溶けている希土類元素の存在度パターンを見てゆきましょう。岩石や土壌から水に溶けた希土類元素は、川となって、河口を経て、外洋へと流れ出していきます。
データはElderfield et al., 1990, Geochim. Cosmochim. Acta 54, 971;
Piepgras and Jacobsen, 1992,
Geochim. Cosmochim. Acta 56, 1851;
Kawabe et al. 1998, Geochem. J., 32, 213.より引用
河川水は海水に比べ濃度が高く、負のCe異常が小さい(または無い)、軽希土類元素(ランタンなど)が多いなどの特徴を示します。この違いは一体どうしてでしょうか?実は、河川水には懸濁物と呼ばれる細かい粒子(鉄コロイド、粘土鉱物、腐植酸など)がたくさん入っています。これらを濾紙で完全に取り除く事が難しく、結果として「水に溶けているもの」+「濾紙を通り抜けてしまう細かい粒子」をあわせた結果を見ているからです。
下の図には、ある河川(インダス川とミシシッピー川)の河川水(青色)と懸濁物(赤色)の希土類元素存在度パターンを表しています。この図から明らかなように、懸濁物は河川水に比べ軽希土類元素に非常に富んでいることや、Ce異常が無いことなどの特徴を持っています。そのため、河川水の希土類元素存在度パターンは、海水のパターンと比べ軽希土類元素に富み、負のCe異常が小さいまたは無いなどの特徴が見られるのです。
しかし、川が下って河口付近になると、海水と川が混じることで塩分濃度が高くなり、細かい懸濁物が沈殿してしまいます(コロイドの塩析)。この結果、海水とよく似たパターンを示すようになります。逆に言えば、懸濁物をきれいに取り除くことができれば、河川水の希土類元素存在度パターンはほとんど海水のパターンと一致すると考えてよろしいと思います。
データはGoldstein and Jacobsen, 1988. EPSL 89, 35.より引用
堆積岩は種類別に大きく分けて3種類あります。一つは陸上や海で岩石が砕けて細かくなった礫、砂、泥が固まってできた砕屑性堆積岩。二つ目は、鉄・マンガンなどが化学的に沈殿してできたマンガン団塊やマンガンクラストといった化学的沈殿岩。そして、生物の遺骸が集まってできた石灰岩(サンゴなど)やチャート(シリカの殻を持つ微生物など)などの生物源堆積岩が挙げられます。ただし、陸上の鉄マンガン堆積物は微生物の活動によってできたと考えられるなど、化学的沈殿岩と生物起源岩の区別は難しい事が多いだけでなく、通常はこの3つ種類が混じり合った状態で分布しています。ここでは、あまり厳密な区分については述べず、それぞれの希土類元素の特徴だけを見てゆきましょう。
まず、礫、砂、泥が固まってできた堆積岩の代表として泥が固まってできた大陸頁岩(NASC, PAAS)のパターンを見ていきましょう。いずれも軽希土類元素に富み、負のEu(ユウロピウム)が認められます。陸上の岩石の多くは、花崗岩や安山岩から形成されています。そのため堆積岩の希土類元素存在度パターンも、花崗岩や安山岩のパターンとよく似ていることが分かります。礫や砂が集まってできた岩石も同様のパターンを示すのですが、地域によってかなりばらつきがあるので、なかなか代表的な値を示すのは大変です。
データはGromet et al., 1984, Geochim. Cosmochim. Acta, 48, 2469-2482; Haskin et al., 1966, Phys. Chem. 7, 167-321; Taylor and McLennan, 1988, Handbook on the Physics and Chemistry of Rare Earths. 11, 485-578, より引用
図には、鉄・マンガンなどが無機化学的に沈殿してできたマンガン団塊とマンガンクラストの代表的なパターンを示しています。いずれも軽希土類元素に富み、正負のCe(セリウム)異常、負のEu(ユウロピウム)、イットリウムがホルミウムよりも低いなどの特徴が認められます。全体的に大陸頁岩(NASC, PAAS)のパターンとよく似ていることが分かります。これは、岩石から水に希土類元素が溶ける反応と、水に溶けた希土類元素が沈殿するという反応がちょうど逆の関係であるためです(Ohta et al., 1999, Geochem. J.)。
また、マンガン団塊には時々大きな正のCe(セリウム)異常を示します。Ce(セリウム)は他の希土類元素と異なり、酸化的な環境では4価となり水に溶けにくくなります(1.希土類元素って?の第3回参照)。つまり、沈殿しやすくなるわけです。火成岩の希土類元素存在度パターンにCe(セリウム)の異常が見られなかったのは、地下深くでは酸素が不足し、還元的な環境にあったためです(だからEu(ユウロピウム)が2価に還元される)。海水はたっぷり酸素が含まれていて、非常に酸化的なために、Ce(セリウム)は3価から4価へ酸化されて(正確には酸化的な環境で沈殿したマンガン酸化物と反応して(Ohta and Kawabe, 2001, GCA)、沈殿物に取り込まれていきます。そのために、マンガン団塊とマンガンクラストには大きな正のCe(セリウム)異常が見られるのです。時々、Ce(セリウム)異常がなかったり、逆に負の異常を示すこともありますが、これは海水のCe(セリウム)が元々とても少ないため(3.2.1の図参照)、多少Ce(セリウム)が酸化された程度では追いつかないからです。
データは、Bau et al., 1996, Geochim. Cosmochim. Acta, 60, 1709-1725; Ohta et al., 1999, Geochem. J., 33, 399-417.より引用
石灰岩:次に珊瑚などが集まってできた石灰岩はどうでしょうか?石灰岩の仲間のドロマイト(カルシウムとマグネシウムの炭酸塩鉱物:JDo-1)とあわせてみてみますと、軽希土類元素に富み、負のCe(セリウム)とEu(ユウロピウム)が認められます。図に示した石灰岩(JLs-1)のCe異常はあまり大きくないのですが、造礁性石灰岩と呼ばれる珊瑚が固まってできた石灰岩は、ドロマイト(JDo-1)と同じように大きな負のCe(セリウム)を持つことが多いのです。
また、Y(イットリウム)がHo(ホルミウム)に比べ、比較的に多く入っていることが分かります。この特徴は、海水のパターンとよく似ており、岩石が水に溶ける、溶けたものから再沈殿するする反応においては、イオン半径や価数が同じというだけで、元素が同じ振る舞いをするわけでない事を表しています。
このように、石灰岩やドロマイトは海水とよく似たパターンを示します。これは、石灰岩ができた当時周りにあった海水をそのまま濃集してしまう(軽希土類元素を濃集しやすい傾向がある)ので、海水のパターンにあった負のCe(セリウム)などをそのまま保存してしまうためです。
チャート:一方、放散虫からなるチャートは、主にシリカだけからなり、他の元素はほとんど含ません。そのため、チャート中の希土類元素は、石灰岩のように海水から濃集されたのではなく、砕屑物、鉄マンガン水酸化物中に取り込まれたものが多いようです。図のチャート(JCh-1)は正のCe(セリウム)異常が認められますが、これが負の場合もあります。チャートの成因はまだはっきりと分からない点が多く、現在も色々と議論されています。
地質調査総合センターの地質標準試料のドロマイト(JDo-1),石灰岩(JLs-1),チャート(JCh-1)
データは、Imai et al., 1996, Geostandards Newsletter 20, 165-216., Dulski, 2001, Geostandards Newsletter 25, 87-125.より引用