last update 2004.07.12
さて、次に主に日本に見られる岩石を中心に、色々な物質中の希土類元素存在度パターンを見ていきましょう。
まずは、地表にマグマが噴出して固まった岩石である火山岩を見ていきましょう。下には地質調査総合センターで作成した標準岩石試料と呼ばれる岩石の値を示しています。また、参考にマントルの値も示しています。ただしマントルの値は、こうじゃないかなあという推定値です(地下深すぎて試料がとれない)。
マントルはごらんのように平らなパターンを示しているのですが、地殻の岩石は、La(ランタン)などの原子番号の小さい希土類元素(軽希土類元素)の振る舞いがマントルと違うことがよくわかります。たとえば、中央海嶺の玄武岩であるMORBや、伊豆大島三原山の玄武岩であるJB-2などの、海洋地殻や海洋地殻の上に噴出した火山岩は、軽希土類元素が下にたれたパターンを示します。一方、他の流紋岩(雲仙普賢岳などが有名)、安山岩(日本の火山のほとんどはこの石)、玄武岩(富士山の石など)は皆、左上がりのパターンを示します。いかがですか?同じ岩石でも種類によって実にバラエティーに富んだパターンを示すことがよくわかります。
流紋岩には他の火山岩に比べ、Eu(ユウロピウム)がずいぶんと低い値を示すことがわかります。このように、なめらかな直線(または曲線)からずれてプロットされる元素の振る舞いを、anomaly(異常)と言います。図のようにEu(ユウロピウム)が隣り合ったSm(サマリウム)、Gd(ガドリニウム)に比べ、相対的に下にプロットされる場合は負のEu(ユウロピウム)異常、逆に(後述のはんれい岩のように)上にプロットされる場合を正のEu(ユウロピウム)異常といいます。これは、Eu(ユウロピウム)は他の希土類元素と異なり、還元的な環境では2価となり、他の希土類元素と異なる挙動をするためです(1.希土類元素って?の第3回参照)。
また、Y(イットリウム)はHo(ホルミウム)に比べ、隕石で規格化した値は、ほとんど一緒です。このことは、火成岩ではY(イットリウム)は重希土類元素(Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム))とよく似た挙動を示すことを表しています。つまり、マグマができて固まる間の反応では、元素の振る舞いは主にイオン半径と価数に支配されていると見なして良いことを表しています。
引用データ: Taylor and McLennan (1988) Handbook on the Physics and Chemistry of Rare Earths 11, 485-578., Imai et al. (1995) Geostandards Newsletter, 19, 135-213., Imai et al. (1999) Geostandards Newsletter, 23, 223-250., Dulski (2001) Geostandards Newsletter, 25, 87-125.
次は地下深くでマグマが固まった岩石である、花崗岩やはんれい岩を見ていきましょう。日本に見られる深成岩のほとんどは、墓石など石材に用いられる花崗岩です。花崗岩は軽希土類元素(左側)に富み、負の大きなEu(ユウロピウム)異常で特徴づけられます。一方、はんれい岩は軽希土類元素に富んだパターンを示しますが、花崗岩とは逆に正のEu(ユウロピウム)異常が見られます。
次の章でも述べますが、岩石が一部溶けてマグマができ、そのマグマが冷えて固まる間にどんどん新しい鉱物ができて沈殿していく間にマグマの化学組成は変化していきます。これをマグマの分化と呼びます。この過程で、マグマに2価のEu(ユウロピウム)が存在すると、マグマの分化の途中で2価のユウロピウムは沈殿側に濃集して、残りのマグマには少なくなっていきます。流紋岩や花崗岩に大きなEu(ユウロピウム)の負の異常が見られるのはこのためです。JG-2(苗木花崗岩)は、非常に分化が進んだマグマからできているため、Eu(ユウロピウム)に非常に乏しくなってしまったのです。
また、マグマの分化だけでなく、マグマができるときに、周りの岩石を取り込んで溶かしこんでしまう(融解してしまう)ことがあります。このとき、取り込んだ岩石が堆積岩である場合、そこに多く含まれる有機物(生物の遺骸)が原因で、マグマが還元的になってしまいます。このような場合では分化がさほど進んでいなくても、Eu(ユウロピウム)は通常よりも3価から2価へ還元されやすなり、負の大きなEu(ユウロピウム)ができることもあります。
一方、はんれい岩は、これまでの岩石とは逆に、正のEu(ユウロピウム)異常が認められます。2価のEu(ユウロピウム)は、カルシウムと非常によく似た挙動を示します。はんれい岩には曹長石(斜長石の一種)などカルシウムがたくさん入っている鉱物が多く含まれています。この曹長石などに、カルシウムとよく似た挙動をする2価のEu(ユウロピウム)が、他の希土類元素に比べ選択的に取り込まれるため、正の異常ができるわけです。
引用データ: Imai et al. (1995) Geostandards Newsletter, 19, 135-213., Imai et al. (1999) Geostandards Newsletter, 23, 223-250., Dulski (2001) Geostandards Newsletter, 25, 87-125.
では、希土類元素存在度パターンに見られるこのような違いはどうして起きるのでしょうか?簡単に説明すると(ほんとうは色々複雑なのですが・・・)、次のようになります。
まず、マントルのような真っ平らな希土類元素存在度パターンを持つ岩石があったとします。これが地下深くの熱で少し溶けてマグマができます(部分溶融といいます)。このとき、希土類元素の中でも、La(ランタン)などの軽希土類元素側ほど溶融しやすいので、相対的にマグマの中には軽希土類元素が多く含まれます。 通常、岩石を構成する鉱物(岩石は鉱物の集合体)は、イオン半径が小さい元素や、イオンの価数が小さい元素の方が比較的入りやすいのです。希土類元素の中でも同じことが言えて、イオン半径が大きい軽希土類元素ほど鉱物中に入りにくい、逆を言うと、鉱物が溶融するときはイオン半径の大きな軽希土類元素側ほど溶融しやすいのです。 さて、こうして発生したマグマが、地表に噴出して固まったり(火山岩)、地表に噴出する前に冷えて固まったり(深成岩)すると、赤色で示したような軽希土類元素に富んだパターンを持つようになるのです。 |
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しかし、実際には、マグマを作った岩石の希土類元素存在度パターンが上図のように平らでなかったり、できたマグマが周辺にある、異なる希土類元素存在度パターンをもつ岩石を溶かし込んだりすると、当然最終的にできる火成岩の希土類元素存在度パターンは変化していきます。 たとえば、はじめに溶ける岩石が元々軽希土類元素に乏しかった場合はどうなるでしょうか?そうです。できるマグマは右の図のように少し軽希土類元素側に乏しいパターンを示します。その結果、火山岩や深成岩は、赤色で示したような軽希土類元素にやや乏しいパターンを持つようになるのです。 |
さらに、岩石が一部溶けてできたマグマ(メルトと呼びます。)は、上で説明したように単にそのまま冷え固まるわけではありません。実際には冷えるまで時間がかかります(地表に噴出しない限り数百万-数十万年とかかかります)。少しずつ冷えていく過程で、色々な鉱物がマグマから形成されて沈殿していきます。この過程で、マグマの化学組成はどんどん変化していきます。その結果、マグマから新たに沈殿してくる鉱物の種類もどんどん変化します。このような過程をマグマの分化といいます。当然、新たにできて沈殿していく鉱物には希土類元素も少しずつ取り込まれていきますので、結果として残ったマグマの希土類元素存在度パターンは変化していきます。簡単に図に示してみましょう。
このように、マグマから新しくできた鉱物が地下深くで集まってできた岩石が、深成岩と呼ばれ、花崗岩やはんれい岩がその仲間になります。また、できたマグマが地表に噴出して一気に冷えて固まったものが火山岩と呼ばれ、流紋岩・安山岩・玄武岩がその仲間となります。
いかがでしたか?火成岩の希土類元素存在度パターンのでき方は、簡単に見えてもわずかな変化が積もり積もって、様々なパターンができるのです。実際にその過程を明らかにするのは非常に大変なのです。そのため、ここで説明したように、おおまかな成因を論じることはできても、実際には個々の岩石ごとに詳しい考察が必要となります。