火山灰への備え
by Isoji MIYAGI @ Geological Survey of Japan, AIST
筆者は2000年に有珠山と三宅島の噴出物調査の際に,降ったばかりの火山灰が生活にあたえる悪影響を体験しました.その後 AGU(米国地球物理学連合)2000年秋季大会@サンフランシスコに参加した際に,米国地質調査所(USGS)のブースのある小冊子に目がとまりました.「VOLCANIC ASHFALL How to be prepared for an ashfall」という小冊子です.US letter両面一枚を三つ折りにした簡素なものですが,内容がよく考えられていたので,筆者は感心しました.噴火前にこのような知識があったなら,危険や不便がずいぶん低減するだろうと思いました.そこでUSGSによる小冊子の内容を参考に,火山灰への備えるための知識をまとめました.
目次 |
- 文責
- 宮城磯治(産総研・地質調査総合センター)
- 作成日
- 2001年2月9日 (最終更新日:2011年2月1日 )
- 参考文献
- 米国地質調査所(USGS)発行の小冊子 VOLCANIC ASHFALL How to be prepared for an ashfall
降灰前の準備
家での備え
- 防塵マスク・防塵眼鏡
- 最低でも3日分の保存食
- 停電への準備
- 十分な量の飲料水(3〜4リットル/人・日)
- ポリラップフィルム(巻けば粉塵に弱い電気製品を保護できる)
- 応急用医薬品と家庭用常備薬
- 携帯ラジオと予備電池
- 懐中電灯と予備電池
- 予備の燃料(薪ストーブ等を御使用のお宅は薪を ^^)
- 予備の衣服と毛布
- 掃除用品(ほうき,掃除器,シャベルなど)
- 現金適量(ATMが動かなくなる可能性あり)
子供に関すること
- 火山とは何か,何故火山灰が降るのかを,子供に説明してあげる.
- 学校側がどのような災害対策案をもっているかを,親はあらかじめ知っておく.
- ひまつぶし用ゲームなどの準備
ペットに関すること
- 予備の食料と水.
- 予備の薬
- できれば,ペットは屋内等に.
車に関すること
※車は「動く別荘」として使える.
※渋滞や故障に備えて,以下のようなものを携行すると便利.
- 防塵マスクと防塵めがね
- 毛布と予備の衣服
- 保存食と飲料水
- 一般的な非常用携行品…
懐中電灯,応急用医薬品,消火器,十徳ナイフ等の道具,発煙筒,マッチ(但し発火注意),サバイバルマニュアル,等々. - 防水シート,牽引ロープ
- 予備のエアフィルター (自分で交換できる人),オイル,ワイパー,ウォッシャー液
(参考※ 火山灰の上を走り回った車のエンジンルーム (三宅島の現地調査) - 携帯電話と予備電源
降灰中〜後の行動原則
- 備えあれば憂いなし (この先何が起こるか,どうやって回避するか,をあらかじめ知ることが大切です)
- 防塵マスクと防塵眼鏡を使用する.防塵マスクがないときは,ぬらしたハンカチで代用する.
- 排水口,雨どい,上水道,換気孔,機械,建物等の中には,極力火山灰を入れないようにすること.
- なるべく屋内で過ごす(呼吸器系が弱い人は特に).
- 旅行(車での移動)は最小限にする.
- 緊急性のない電話は避ける(回線の確保のため).
- ラジオの情報を活用する.
家での行動
- ドア,窓,換気孔は閉め切り,隙間はテープやタオル等で目止めをする.
- 排水口や雨どい(の集水口)にも蓋をする
- 庭などの灰は踏み固めておくと,風などで飛散しにくい.
- 粉塵に弱い電気製品などを保護.※ポリラップフィルム.
- ほとんどの屋根は10センチの灰の重みに耐えられない.
だから降灰が止んだときには屋根や雨といの灰をシャベル等で除去する(参照→降った火山灰の取り扱い).防塵マスクとめがねを使うこと.屋根やはしごから滑落しないよう,十分注意. - 建物に入る際には,外出着を脱ぐ.灰のついた服をいきなり洗濯機にかけない.まずブラシをかけたり振るって灰を落とし,漬け置いてから洗う.
- もし水道水に灰が混入したときは,しばらく静置して上澄みを使用する.灰が多いときは食器洗浄器や洗濯機は使わないほうがよい.
- 庭は畑の野菜は,灰さえ落せば食べられる.
野菜に付着した火山灰の除去方法:乾いた状態で払ってから拭き取るか,または大量の水で一気に流すかがよい.中途半端な水量では,火山灰に付着したガス成分が水に溶け出し,酸をつくる.( やぎさん 談) - 掃除はまめにすること.電気掃除機のほうが,雑巾(火山灰が付着すると,研磨作用をもつ)よりも良い.
- 携帯ラジオ等で情報収集する.
子供に関すること
- 学校では学校の指示に従う.
- 子供はなるべく外出させないほうがよい.
- 粉塵の多い場所では静かな遊びをさせたほうがよい
※防塵マスクは子供の顔にフィットしないことが多いことに注意.
ペットに関すること
- ペットはなるべく屋内に置く.外出した時は,建物に入れる前に電気掃除機やブラシをかけて火山灰をよく除去する.
- 粉塵の多い場所ではなるべく静かにさせる
車に関すること
- 火山灰は車をいためるので,できることなら,運転しないほうがよい.
- 運転する際は,スピードをうんと落とし(道路の灰をまきあげない&スリップしない),ヘッドライトを点灯(視程が悪いので)する.ガラスが傷つくので,火山灰が乾いている時はワイパーを使わない.泥雨のため止むを得ずワイパーを使う時は,ウォッシャー液をたっぷりと使う (要は火山灰でガラスをゴシゴシこすらないこと).
- オイル,オイルフィルター,エアフィルターは頻繁に交換する.目安としては,視程15メートルの劣悪な環境のときは80-160km毎に交換し,比較的粉塵が少ない時は800-1600km毎の交換.
- 車が故障して走行不能になったら,すぐに道路の端に寄せる(手で押してでも).さもないと,追突事故を誘発する.ロードサービスを待つ間は車内で(道路上は事故の危険がある).
降灰後の行動原則
- 不必要な車の運転はしない(粉塵をまきあげる).
- 除灰をおこなう順序は,よく使う場所から,上から.防塵マスク着用.
- 灰は少し湿らせたほうが,扱いやすい.
- 灰を排水口などに流すと,詰まるので注意.
- 水は極力節約.使いすぎは断水につながる.
※三宅島では実際そうなった. - 周囲から完全に除去されるまでは,灰が空気中を飛んでいる.粉塵に弱い精密機器には用心.
- 除去した灰を捨てる際は自治体のアドバイスに従うこと.
- 濡れた灰の上は滑りやすい.はしごや屋根に登るときは十分注意. (屋根上作業は2人1組で行ない,2人をロープで繋ぎ,それぞれ逆側の斜面で作業すると安全性が増すそうです (松本さん 談))
- 幼児を持つ親が除灰にかかわることもあるので,自治体は児童保育システムを提供すべき.
火山灰の特性(特に生活にかかわるもの)
そもそも火山灰とは何なのか?
火山灰とは,火山活動によって岩石や急冷されたマグマが砕かれてできた,砂塵のことです.勢いの強い噴火の際には,「あられ」や「ひょう」のように火山灰の集合体(火山豆石) が混じることがあります.
マグマは地下では相当な高温ですが,火口を出てすぐに空気で冷却されるので,遠距離につもった火山灰は十分冷えています.(粒子が小さいので,すぐに周囲の空気と温度平衡になります)
火山灰の砕かれ方には色々あるので,できた火山灰の形状も色々になります.衝撃や熱歪みによって砕かれたものは,角ばった砂粒のような形になります.溶融状態マグマが引きのばされれ割れたものは,紙のようにヒラヒラしたり糸のように細くなります.このうちヒラヒラしたものは空気の中を落下するのに時間がかかります.その結果,風に乗ってより遠くまで飛ばされます.空気中火山灰がを舞っていると視程が短かくなり,日光が遮え切られて昼間でもまっ暗になることもあります.
火山灰が降るときに「雷」をともなうこともあります.
人体への影響
一口でいえば,降ったばかりの火山灰は不愉快なものです.しかし火山灰は,基本的には普段私達が目にしている砂塵とほぼ同じ物だと考えていただいて結構です.但し降りたての火山灰は以下の点が通常の砂塵とは異なります.したがいまして,火山灰の「身体への影響」および「毒性」は,火山灰の以下の特徴に由来する,と考えていただいて結構です.
- その1,砂つぶが鋭利な角をもっていること
→降ったばかりの火山灰はざらざらしていて,ものを削る能力が比較的高いです.これは砂粒のかどが鋭くとがっているためです(参考:浅間山2004年9月16日の火山灰の顕微鏡写真 (1x1mm, 詳細はこちら→[1])).火山灰の構成粒子はガラスとほぼ互格の硬さをもっています.目の角膜などを傷つける恐れがありますから,目に入ったときはこすらず流水でそっととりましょう.ひょっとすると,上手に使えば,お肌の「角質」を取るのによいかもしれません.
→何故火山灰粒子には鋭利なかどがあるのでしょうか? 川や海岸の砂つぶが長年の摩耗でかどが丸くなっているのに対し,火山灰は割れたばかりだからです.火山灰が研いだばかりの包丁なら,海岸の砂粒は切れなくなった包丁です.
- その2,砂つぶの表面に火山ガス成分が付着していること.
→このため降ったばかりの火山灰は金属を錆びさせる性質が比較的高いです.成分としては塩酸と硫酸が主で,人体に対するこれらの成分の毒性は,恐れるに足りません.また火山灰表面に付着しているこれらの成分は微量であり,水に濡れると容易に溶け出します.多めの水で洗われた火山灰は,既に火山ガス成分が失なわれているので,もう問題ないでしょう.
→ その一方,降り始めたばかりの火山灰(成分を失なっていない)に,ごく少量の水が加わる(水が少ないほど酸の濃度が高くなる)場合には,金属製品が錆びたり,木綿の衣類が(硫酸によって)著しく痛みますので,注意が必要と思われます.
→とはいえ,自覚症状がない程度であれば,人間に健康上の悪影響をおよぼすことはないでしょう.もし人間が火山灰を直接食べたとしても,少量なら問題ないでしょう(ジャリジャリして不愉快でしょうが).
→何故火山ガス成分が付着しているのでしょうか? それは,火山灰が濃厚な火山ガスの中で生成されたためです.おそらく上空で噴煙が冷えた際には火山灰粒子の表面で結露が発生し,水に溶けやすいこれらの成分が濃集したのでしょう.
- その3,砂つぶの中に熱水変質鉱物が含まれることがあること.
→何故熱水変質鉱物が含まれるのでしょうか? 高温の火山ガスは反応性が高いので,これに曝されつづけた火口周辺の岩石は化学変化を起こし,別の鉱物に転ずることがあります.そのような鉱物を熱水変質鉱物と呼びます.爆発的な噴火においては,火口周辺の岩石も一部破かれ,火山灰とともに降ることがあるからす.(参考:変質岩片を含む浅間山2004年9月1日の火山灰(1x1mm, ほぼ中央の暗い粒子などがそれ.[2]))
→大部分の熱水変質鉱物は無害ですが,しかしクリストバライトという,微粒子を長期間を吸いつづけると「珪肺」になる鉱物も知られています.クリストバライトは高温の火山ガスから直接結晶化したり,溶岩中のガラスが変化することによって生じます.これについてはスフリエールヒルズという火山での,Baxterほか(1999 年,Science) による研究があります.それによると,火山灰中に含まれるクリストバライトの量は,噴火の様式によって異なります.火山灰中の10 ミクロン以下の粒子に占めるクリストバライトの量は,爆発的な噴火(浅間山の2004年9月1日のような)では少なく(3〜6%),溶岩が崩れ落ちる噴火 (1991年の雲仙のような) では比較的多い(10〜24%)とのことです.溶岩丘の崩落を繰り返すタイプの噴火では,長期間にわたって粉塵を吸い込むことになるので,なるべく吸い込まないよう注意したほうがよいでしょう.
なお,Horwell and Baxter (2006) や Gudmundsson (2011) が行なった火山灰の健康被害に関する文献調査結果によると,火山灰を短時間に多量に吸いこむと,喘息や気管支炎といった急性疾患が起きたり,肺や心臓の持病が悪化することが報告されているが,火山灰を長期的に吸いつづけることが致死率を上昇させたり肺の疾患を悪化させることは認められない,とのことです.
まとめますと,火山灰自体には高い毒性はありませんが,幼児,高齢者,そして呼吸器系疾患を持っている人は,健康上の問題を生じるかもしれないので注意しましょう.また,風でまいあがった火山灰は,普通の土埃よりも目の表面を傷つけやすいので注意が必要です.
- 参考になりそうな文献
- Baxter PJ, Bonadonna C, Dupree R, Hards VL, Kohn SC, Murphy MD, Nichols A, Nicholson RA, Norton G, Searl A, Sparks RSJ, Vickers BP (1999) Cristobalite in volcanic ash of the Soufrière Hills Volcano, Montserrat, British West Indies. Science283:1142–1145.
- Gudmundsson G. (2011) Respiratory health effects of volcanic ash with special reference to Iceland. A review. The Clinical Respiratory Journal, 5: 2–9.
- Horwell, C.J. and Baxter, P.J. (2006) The respiratory health hazards of volcanic ash: a review for volcanic risk mitigation. Bulletin of Volcanology 69: 1-24.
機械類にあたえる影響
火山灰は機械類を摩耗させたり,換気装置や下水道を詰らせたりします.
火山灰は電気回路を短絡させることがあります(とくに濡れているとき). そのため,降灰中〜後は停電になりやすいです.
上にのべた火山灰の特徴「その2」より,長期間濡れた火山灰に金属をさらすと,腐蝕することがあります.
時間が経った火山灰の取り扱い
降灰中の注意点は上記降灰後の行動原則の通りです.
長い目で見れば火山灰は時間とともに土壌へと変化してゆきますが,日常生活のためには火山灰をどける必要があるでしょう.火山灰は雪のように積りますが融けることはありませんので,除灰作業が必要不可欠です.
よく雨に洗われた火山灰は,粒子の角が鋭いことを除けば基本的に土埃と同じものですから,取扱いは土砂と同様で構わないでしょう.
火山灰独特の注意点としては,
- 濡れた火山灰は滑りやすいので注意
→これは濡れた土埃でも同じですが,火山灰は普通の土埃が積らないような場所にも積もるので,意識的な注意が必要です.
- 火山灰の重みで屋根が壊れることがあります.
→厚み1センチの乾燥灰の重さは,1平方メートルあたり9〜18キログラム,同じく濡れた灰は18〜28キログラムもあります.といってもピンとこないので,この比率にしたがって簡単な表を作成してみました.
屋根の広さ(平米) |
火山灰厚み(センチ) |
乾燥重量(トン) |
湿潤重量(トン) |
---|---|---|---|
3.3 | 1 | 0.03〜0.06 | 0.06〜0.09 |
3.3 | 2 | 0.06〜0.1 | 0.1〜0.2 |
3.3 | 4 | 0.1〜0.2 | 0.2〜0.4 |
3.3 | 8 | 0.2〜0.5 | 0.5〜0.7 |
3.3 | 16 | 0.5〜1 | 1〜1.5 |
30 | 1 | 0.7〜0.5 | 0.5〜0.8 |
30 | 2 | 0.5〜1 | 1〜2 |
30 | 4 | 1〜2 | 2〜3 |
30 | 8 | 2〜4 | 4〜7 |
30 | 16 | 4〜9 | 9〜13 |
100 | 1 | 1〜2 | 2〜3 |
100 | 2 | 2〜4 | 4〜6 |
100 | 4 | 4〜7 | 7〜11 |
100 | 8 | 7〜14 | 14〜22 |
100 | 16 | 14〜29 | 29〜45 |
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