研究内容

熟練技能・技術のデジタル化に関する研究開発

我が国の基幹産業である製造業を支えてきた「めっき」や「切削」、「溶接」などの製造基盤技術は、海外市場へのグローバル化の進展、海外における製造業の成長、我が国の産業構造や就業構造の変化等により、その維持及び発展が大きな課題になりつつあります。

一方で、情報技術(IT)を核とした技術革新は、製造業を含む各産業分野に大きな影響を及ぼすものであり、特に中小企業の有する優れた製造技術とITの結合による技術革新は、製造業の将来を左右する重要な要素になっていると考えています。

そこで、中小企業の「ものづくり力」強化のためにはものづくりとIT(情報技術)の融合が重要であると考え、特に「技能の客観化・マニュアル化、共有化・デジタル化」によるIT化戦略により、企業が新しい発注に対して迅速に対応できたり、自社の蓄積したさまざまな技能やノウハウを利用して新しい製品あるいは新しい製造プロセスといったものを開発するトリガーの役割を果たすことを目指しています。

そのために、「加工分野において技能とはどういうものか」、「 人間の創造的な働きと技能の習得の関係に留意して、“ how to make”から“what to make”を支援するような技能の技術化」に関する分析と研究を行っています。

「技能」、「技術」、「ノウハウ」とは? 

共著書である「中小企業の新しいものづくり」や「日本機械学会 機械便覧 (熟練と人)」の中でも記述していますが、こうした技能の技術化の研究開発を行う上で、技能、技術、ノウハウなどの言葉の定義を行うことが必要です。私たちは、「技能」とは経験の蓄積によって特定の個人に身についている、属人的な「もの」をつくる能力や知識、「技術」とは、客観化・形式知化された、ものをつくる方法や手順と定義しています。

なお、「ノウハウ」とは、「技術」の範囲であるものとし、一般的に公にしていないものとします。例えば、無電解めっきの前処理に使う薬剤の種類や使い方は、その内容を知ればだれでも再現可能ですが、どういうものをどう使うかというのは、企業独自の再現性ある「技術」のため、「ノウハウ」に相当すると考えています。有識者との議論や熟練技能者の分析を通じた研究活動により、こうした「技能」の定義などが日本独特の学問として深みを増せばと思います。

技能と技術の関係

これまでどのような技術や技能が登場し、それらがどのように関係し合ってきたのかを調べて技能と技術の関係を明らかにするために、代表的なものづくり加工分野である「鋳造」、「鍛造」、「切削・研削」、「溶接」及び「高エネルギー加工」の5つを取り上げて、過去40年にわたって技能と技術の変遷を調べています。ここでは「切削」について解説します。

切削加工において、70年代以前は、作業者に本来備わっている基盤的技能として「設計図面が読める」、「金属加工の知識がある」、「手動機械が運転できる」、「図面を見て加工方法や機械の操作順序が組み立てられる」等が挙げられていましたが、一方で「機械以上の精度で製品加工が行える」や、「加工状態の診断やでき上がった製品の評価ができる」ことが熟練者のもつ高度な技能とみなされていました。

ところが70年代に入ると、数値制御 (NC) 機が普及するにつれて機械化・自動化技術が進み、NC機が発展して、マシニングセンタに代表されるような複合多機能加工機の実用化がなされました。そうした自動機械の登場により、技能者に求められる技能も代わり、「作業設計に対応したNCプログラムを開発できる」、あるいは「NC機をプログラムして操作することができる」、いわゆるNC機に合わせて加工ができることが非常に高度な技能として捉えられるようになりました。

そして80年代以降では、コンピュータをベースにした加工法や制御ソフトウェアが現れ、コンピュータ援用設計/生産 (CAD/CAM) の普及が行われてきます。これにより、ものを削る人からプログラムを書く人へと移行が始まり、「別の人が書いたNCプログラムを読みとって、その問題点を発見し、最終的な加工目標に影響を及ぼさない範囲でNCプログラム修正が行えること」や、「図面を見たときに図面に記述できないユーザの要求を読みとって加工に反映できること」が高いレベルの技能となってきました。

他にも、例えば立方晶窒化ホウ素 (cBN) のように新しい材料開発は、従来の加工速度の数倍の速度で切削を可能にし、焼き入れした鋼の切削加工もできるようになり、それによって熟練者の技能も変化してきます。それが90年代になると、地球環境保護という視点から、ドライ加工に対応した技術開発での要求が非常に高くなり、これに対する提案力も技能者に求められています。

基本的には、技能は技術によって絶えず置きかえられます。これは、技術の誕生がもたらした普遍的な変化の方向であり、現在も着実に進んでいます。ただし、それにより技能の役割も減少しているのではなく、新しい技術開発がなされ、より新しく、より高いレベルの技能が要求されます。技能も技術と同様に、技術と技能は相互に密接に影響を与えながら絶えず進化を続けています。こうした傾向は、様々な加工法に概ね共通した傾向となっています。

また一方で、比較的新しい物理現象を利用した高エネルギー加工などは、科学の分野から加工への適用を試み発展してきたものであり、加工技能者自体が研究開発者の側面を持つという点が、新しいがゆえに他の成熟した加工分野と異なっています。つまり、技術の進歩には、【1】 技能を形式知化することによって新技術が生まれるパターン(技能が技術に落とし込まれ形式化されていくことによって、それが汎用性の高い技術として具現化されていくケース)と、【2】学問的理論を具現化することによって生まれてくるパターン(レーザ加工のように科学的知識をベースとし、これに技能を駆使し実用化可能な形態で技術化することにより実現されるケース)の2つのパターンが見られます。

切削の技術と技能の変遷 図解
図1. 切削の技術と技能の変遷

ものづくり力を構成する要素

前節に示した技術と技能の関係から、ものづくり力を構成する要素は、技能と技術から構成される以下の4つの要素でまとめることができます(図2)。これらの要素が互いに絡み合い、かつ技術と技能とが影響しあって、スパイラル的にものづくり力が向上していく循環型構造をとっていくことがわかります。

  1. 第1の要素は、設計や段取りの段階におけるものです。問題の把握や解決のための想像力・イメージ力・空間把握力等の言語化が難しい暗黙知) に属するのが技能ですが、例えばCADは、こうした技能の一部を代替する技術の一例です。
  2. 第2の要素は、加工や組立の段階におけるものです。技、器用さ、手さばきなど手作業の能力は技能的なものですが、客観化・体系化された技術の成果として多くの機械や装置が開発されています。
  3. 第3の要素は、検査や検知の段階におけるものです。音や目視等の五感で感知する能力が技能として重要ですが、こうした感知力を技術化したものが検査・計測技術やセンサ技術として発展してきています。
  4. 第4の要素は、現場の作業から習得された経験的な知識(経験知)や体系化可能な科学や技術に関する知識です。過去の知見や経験の積み重ねとして、個人に蓄積された現場知が技能として位置付けられる一方で、学問的に体系化した科学技術的知識やデータベース化されたものが技術として位置付けられます。

こうした要素分類をもとにして、優れた技能者とはどのような人物像であるのかをものづくり現場でのインタビューにより調べてみると、優れた技能者というのは、手さばきや目利きなどの感覚的な技能が優れているだけでなく、それ以上に深い経験や知識を持ち、それをもとにして技術開発や問題解決ができる人であり、同時に強い好奇心や向上心、高い理解力や応用力、豊かなイメージや想像力を資質として備えた人である、ということが共通的な意見であることがわかってきました。

したがって、優れた技能を生み出すには、経験や知識に係る要素と設計や段取り、イメージ力に関わる要素について技術・技能の発展メカニズムを刺激することが望ましいといえ、各種技術知識に関するデータベースを構築しています。

ものづくり力を構成する4要素の図解
図2. ものづくり力を構成する4要素

熟練技能の技術化・デジタル化

図2に示した、第1要素の「設計・段取り」軸と、第4要素の「知識」軸を伸ばすIT化技術開発を行うことで、より効果的な技術支援ができると考えました。そこで、製造に係る幅広い加工技術を集積した「めっきデータベース」、「PVD・CVDデータベース」、「溶射データベース」、「めっき加工テンプレート」、「テクノナレッジ・ネットワーク」の構築に取り組んでいます。詳しくは、ソフトウェアの項目をご覧ください。

また、第2要素の「加工・組立」軸と第3要素の「検査(検知)」軸、第1要素の「設計・段取り」軸に関連するIT化技術開発として、目視、力覚や触覚、手の動きをデジタル化した手触りのあるVRベースデザイン設計システムや、熟練作業を習得できるソフトウェア(めっき加工テンプレート)の研究開発も試みています。

さらに、技能者しか認知できない劣化状態をデジタル化・センサ化することで情報技術として扱えるようにしている、機械部品の知能化もこのテーマの一つとして考えており、第3要素の「検査(検知)」軸、第4要素の「知識」軸に関わる研究開発としています。

参考文献

  • 中小企業基盤技術研究会報告書、"中小企業の「ものづくり力」強化に向けた展望と課題", 通商産業省中小企業庁, 2000年6月30日.
  • 中小企業の新しいものづくり 表紙の写真"中小企業の新しいものづくり-IT時代の中小製造業の展望-", 中小企業庁編, 財団法人通商産業調査会発行, 2000年10月1日.
  • 機械工学便覧 表紙の写真森 和男, 廣瀬 伸吾, "熟練と人", 機械工学便覧デザイン編生産システム工学, Vol.β7, pp.179-181 (2005).

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