Protein corona (protein-nanoparticle conjugates)
タンパク質コロナ(プロテインコロナ)
当研究では、ナノ粒子の表面に局在するタンパク質コロナの物性理解を目指しております。生体内に取り込まれたナノ粒子はタンパク質の物理吸着によって表面修飾されることが知られております。このようにナノ粒子表面で形成されたタンパク質の層は2007年にK. A. Dawsonによって「タンパク質コロナ」と名付けられ(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104:2050-2055, 2007)、ナノ粒子の有害性と関係することが近年認識されてきております。例えば、タンパク質間相互作用の阻害、免疫系の障害、タンパク質の線維化、細胞膜の構造変化を招くことが報告されております。タンパク質コロナ形成の原因となるナノ粒子へのタンパク質の吸着は基本的に可逆的な平衡状態にありますが。最近では、このような可逆的吸着によって、タンパク質コロナの組成が時々刻々と変化することが明らかになってきました。吸着の可逆性はタンパク質の種類や溶液環境、さらに、ナノ粒子表面の化学修飾や物理修飾にも依存します。加えて、ナノ粒子の表面の性質にも大きく依存することが明らかになりました。
我々はカーボンナノチューブのタンパク質コロナに関する研究を行なっております。カーボンナノチューブとタンパク質の相互作用に関する実験は1999年以降活発に行われてきており 、同時に、コンピュータの発達によって、分子動力学計算や量子化学計算を利用した理論研究も進捗を見せているところです。
我々はタンパク質のナノ凝集体がタンパク質コロナと同様に脂質二重膜の凝集や破壊を引き起こすことを明らかにしました。当結果は、タンパク質のナノ構造体(タンパク質コロナとタンパク質ナノ凝集体)に内在する特有の生物物理学的な物性を提案するものであり、現在その全容解明を目指しています。(Langmuir 26, 17256-17259, 2010; Langmuir 28, 3887-3895, 2012)
最近、カーボンナノチューブへのタンパク質の吸着反応には、従来考えられていた物理吸着のほかに、電子移動を伴う酸化還元反応も関わることを明らかにしました。タンパク質を構成するアミノ酸の一つであるシステインはカーボンナノチューブと反応し、ジスルフィド結合(S-S結合)を形成します。(Nanoscale 9, 5389-5393 (2017))
興味深いことに、カーボンナノチューブはタンパク質の分子内ジスルフィド結合を促進効果があるようです。(J. Phys. Chem. Lett. 8, 5216-5221 (2017))
さらに、カーボンナノチューブを合成する際に利用される金属触媒の残留物が、酸化還元反応を促進することで、タンパク質に対する酸化ストレスを亢進することも明らかにしました。ナノ粒子のタンパク質コロナの形成機構には、このように様々な相互作用や反応が関わっている描像が得られつつあります。(ACS Nano 13(2), 1805-1816 (2019))
現在、グラフェンやカーボンナノチューブなどの芳香族性の表面へのタンパク質の物理吸着の結合力を予測するために、タンパク質の構成要素であるアミノ酸とグラフェンの結合自由エネルギーを理論計算から定量化する取り組みを行っております。この定量的パラメータを指標化し、Aromaphilicity index(芳香族親和性インデックス)と名付けました。Aromaphilicity indexは従来の疎水性指標であるHydropathyとは全く異なるプロファイルを示します。このように結合力をアミノ酸レベルで定量化することで、任意のタンパク質のカーボンナノチューブに対する結合部位の予測が可能になってきています(ACS Appl. Nano Mater. 2021)。
Protein Solution Chemistry: Solubilization, Stabilization & Separation
タンパク質の溶液化学
溶液中でのタンパク質の物性の理解と制御を目指しております。タンパク質の物性の多くは熱力学的に振る舞うことが知られています(生物工学会誌(2011))。このような振る舞いを調べるに当たって、主に分光学的手法(円偏光二色性、赤外分光など)を利用したり、あるいはアミノ酸レベルの溶解性に立脚して導出する手法(要素還元的手法)を利用したりしています。タンパク質は温度やpHといった溶液のパラメータの他に、塩やポリマーなど、共存溶質の影響を受けることが知られており、これらのパラメータを最適化したり、抜群の溶液条件を見出したりすることを目指しています。また、タンパク質は一般的にカラムによって分離精製されますが、カラムを用いた分離能の向上に役立つ溶液条件の検討も実施しています。たとえば、アミノ酸の一種であるアルギニンがタンパク質の凝集を抑制したり、マルチモーダルのカラムクロマトグラフィーでのタンパク質分離能を向上することを明らかにしています。そのほか、アラントインと呼ばれる低分子化合物も類似の機能を有していることを明らかにしました。このような溶液化学の研究は、医薬品・食品などを扱う様々な分野へ貢献しています。(Review: Curr. Protein. Pept. Sc., 20(1), 40-48 (2019))
そのほかに、クモ糸やカイコの繭などの絹(シルク)を構成する構造タンパク質の溶解技術の開発を行っています。クモ糸は最強の天然繊維として知られており、この繊維を利用した衣服や生分解性プラスチック複合材の開発は、持続的な素材開発に資する有望な研究です。ところが、クモの巣が雨に濡れても壊れないように、絹の構成成分である構造タンパク質(フィブロイン)は水には溶けません。実は一般的な有機溶媒にもなかなか溶けません。構造タンパク質の溶解性を高める新規溶媒や溶解手法の開発が求められています。私たちは、タンパク質の構成要素であるアミノ酸の溶解性に立脚し、各種有機溶媒中でのアミノ酸溶解度を調査し、有用な溶解剤の開発を行っております (Int. J. Biol. Macromol. in press.)。
講義ノート:タンパク質の溶解と凝集(自由エネルギー、凝集、変性、結晶、添加剤、アルギニン、ホフマイスター系列)
Separation of single-wall carbon nanotubes
カーボンナノチューブの分離
カーボンナノチューブ(CNTs)は特有の電気的・光学的・機械的性質を有しており、次世代のナノテクノロジーを支える材料として注目されています。一般的にカーボンナノチューブは異なるカイラリティの混合物として合成されますが、カイラリティの違いによってCNTsは金属型・半導体型の性質をもつため、合成後にCNTsを金属型と半導体型に分離すること(半金分離)がCNTsの応用上必須となっています。当グループでは、ドデシル硫酸ナトリウム溶液(SDS)へ分散させたCNTsをアガロースゲルビーズのオープンカラムに滴下することで、CNTsの半金分離に成功しました(Appl. Phys. Express 2, 125002, 2009)。しかしながら、CNTsの半金分離の原理がほとんど不明なのが現状です。現在、CNTsの半金分離原理の解明を試みており、加えて当知見を活かしたCNTsの精製法も提案しております(J. Phys. Chem. C, 115, pp 21723-21729, 2011; J. Phys Chem. C 116, pp 9816-9823, 2012; ACS Nano, 6, pp 10195-10205, 2012; ACS Nano 7, 10285-10295, 2013)。
Dispersion of carbon nanotubes using protein
カーボンナノチューブの分散
カーボンナノチューブ(CNTs)は水溶液中で分散せずに凝集することがCNTs応用の障壁になっております.現在,バイオテクノロジー分野への応用に向けて,生体適合性の高い生体分子を用いたCNTsの分散の研究が盛んに行われており、なかでもタンパク質を用いたCNTsの分散に関する研究は2006年以降活発に行われてきております.(Langmuir, 22, 1392-1395, 2006; Small, 2, 406-412, 2006) 通常,界面活性剤に比べてタンパク質は界面活性能が低いため,タンパク質のみではCNTsを効率良く分散できませんが,我々はタンパク質溶液へ共溶媒や溶質を加えることでCNTsの分散性を向上させる方法を提案してきました.
アルコールはCNTsと相互作用することが報告されており(J. Am. Chem. Soc., 132, 842-848, 2010),アルコールとポリマーを併用することでCNTsを分散させることが可能です.(Langmuir, 21, 1055-1061, 2005) 同様のアプローチによって,タンパク質を用いたCNTsの分散もアルコールによって改善されることが明らかになりました(Chem. Eur. J., 15, 9905-9910, 2009)
尿素やグアニジン塩酸塩はカオトロープと呼ばれており水溶液中の疎水性物質の溶解性を高める作用を有しております.特に、尿素はCNTsと相互作用することが報告されております.(J. Am. Chem. Soc., 132, 842-848, 2010; J. Phys. Chem. B, 114, 5427-5430, 2010) 我々は,アルコールと同様に,カオトロープを用いてタンパク質溶液中でのCNTsの分散性を向上できることを示しました.(Chem. Eur. J., 16, 12221-12228, 2010) 興味深いことに,高濃度のカオトロープ溶液中ではCNTsの分散性が著しく低下することが観察されました.高濃度のカオトロープはCNTsとタンパク質を解離させる性質を有するため,CNTsの分散性の低下が引き起こされたと考えられます.このように、カオトロープを使えばCNTsの分散性を制御することが可能であることは大変興味深いです.
著書:工業用炭素材料,ナノカーボン材料の表面処理 -ノウハウ-
タンパク質を構成するアミノ酸の中でも、アルギニンと呼ばれる塩基性アミノ酸はカーボンナノチューブに対する高い親和性を有していることを明らかにしています。アルギニンのホモポリペプチドであるポリアルギニンを用いれば、効率よくカーボンナノチューブを分散できることも明らかにしました。(Chem. Eur. J. 20 (17), 4922-4930 (2014))