研究紹介
脳の機能を統合的に理解するため、MRIによるマルチモーダル計測法の開発を行っています。
1. 精神神経疾患の包括的メカニズム解明に向けた、ヒト-動物モデル双方向橋渡し研究
【MRIによる非侵襲計測法と動物モデル】
脳疾患のメカニズム研究をするには、疾患モデル動物を用いた包括的研究が必須ですが、我々ヒトと動物をつなぐ研究方法が必要となります。MRIの最大の利点は小動物からヒトまで同じ撮像法で非侵襲的に計測が可能な点です。特に近年の高磁場MRIの発展により、マウスでも200µm以下の解像度で脳機能画像を計測可能になっており、ヒトと動物モデルをつなぐ橋渡し研究として期待されています(Tsurugizawa et al, Sci Rep, 2019; Arimura et al, Front Neural Circuit, 2019; Droguerre etal, Sci Rep, 2019)。一方MRI計測の問題点は、"得られた信号だけではどういった生物学的現象をとらえているか見極めることが難しいこと"です。そこで動物モデルでしかできない神経活動制御(オプトジェネティクス、DREADD、局所電気刺激など)、電気信号計測、免疫抗体染色などの侵襲計測とMRI計測を組み合わせることで、MRI信号変化を神経科学的観点から正確に理解することが可能となります。
本プロジェクトは各々の計測法の利点を最大限に活かし組み合わせることで、脳疾患における脳の機能・構造・代謝異常をMRIを中心とした双方向研究から解明することを目的としています。これまでは、動物モデルを中心に研究を推進していましたが(Nakamura et al, NeuroImage, 2020; Tsurugizawa et al, Sci Adv, 2020など)、今後はヒト・サルのMRI研究を加速し、動物モデルとヒト臨床研究をいかに結びつけるかをテーマに研究を行っていきます。本プロジェクトでは、脳の機能・構造・代謝を高精度で検出するためのMRI画像解析、MRIパルスプログラム作成も行います。
左からヒト、マカクサル、マウス、グレープフルーツの断面画像。
【高解像度無麻酔fMRI法のためのハード・ソフト開発】
高解像でのfMRI計測を行うため、ラット・マウス用RFコイル、マカクサル用RFコイルの設計開発を行っています。磁化率アーチファクトに強い撮像法(ISMRM2023発表)や高速fMRI撮像法の開発、機械学習を応用した高分解能画像の生成の研究も行っています。
【脳のネットワーク解析】
我々の脳は解剖学的に離れた領域間で情報交換を行っています。これらの情報交換を行っている領域を機能的MRIで計測すると機能的MRI信号が一定の割合で同期しています。これを脳の機能的ネットワークと呼びます。一方で、拡散テンソル画像(DTI)を用いることで神経細胞髄鞘や樹状突起のイメージングが可能です。これを解剖学的ネットワークと呼びます。これらはあみだくじで例えると、解剖学的ネットワークはあみだくじのすべての道筋を表し、機能的ネットワークは状況に応じてあたりやはずれなどのある特定の道筋のみを表しています。本プロジェクトでは、動物モデルとヒトの脳の機能的ネットワークを計算論的に対応付けし、脳神経疾患の脳機能異常、代謝異常、遺伝子異常との関連性を動物モデルとの双方向研究により解明することを目的とします。
2. 新規脳機能計測法の開発
従来の脳機能計測法(functional MRI, fMRI)は、神経活動に付随する局所脳血流および酸化・還元型ヘモグロビン量の変化(神経-血管カップリング)を計測することで、間接的に神経活動を計測しています(blood oxygenation-level dependent, BOLD)。2006年にNeuroSpin前所長であるDenis LE BIHAN教授らは、神経活動賦活部位における水分子の制限拡散分布の変動を、拡散強調画像法で捉えることに成功しました(Le Bihan et al, PNAS, 2006)。拡散強調fMRI(diffusion-weighted fMRI, DfMRI)と呼ばれています。しかしDfMRIはT2緩和も信号に含むため、私がフランスNeuroSpinで研究を開始した時にはDfMRIで観測された信号変化は血管由来(BOLD)なのか、水分子の制限拡散変動によるものなのか論争に決着がついていませんでした。そこで私はラットモデルを用いてDWI信号の変化に寄与しているのは局所血流ではなく神経活動に関係する水分子の制限拡散であることをを明らかにしました(Tsurugizawa et la, PNAS, 2013; Abe et al, PLoS Biology, 2017)。しかし、まだまだDfMRIによる神経活動計測には不明な点も多く、メカニズムの解明が待たれます。
3. 脳のマルチモーダル機能を可視化する
我々の脳には余分な物質を清掃する機構が備わっており、神経活動の維持に重要な役割を担っている可能性が最近の研究により示唆されています。これをGlymphatic Systemと呼びます(Illif et al, Sci Trans Med, 2012)。Glymphatic systemを構成する重要な要素として、水分子チャネル(Aquaporin4)を介した、脳脊髄液(Cerebrospinal fluid, CSF)から生成された間質腔液(Interstitial fluid, ISF)の脳組織中の循環があります。アストロサイトは神経細胞が正常に機能するようにサポートしている、と考えられていましたが、この脳内水循環システムの制御にかかわっていたり、神経血管カップリングを調節していたりと、「脳の機能」に重要な役割を担っています。脳の機能を理解するためには神経活動だけに着目していては不十分で、神経、グリア細胞、水循環システムといった「マルチモーダル脳機能」に着目する必要があります。したがって、従来のfunctional MRIだけでは不十分です。我々は、functional MRIに加え、マルチモーダル脳機能を計測する方法の開発を行っています。最近の我々の研究から、アストロサイトのカルシウム取り込みや体積変動を計測する方法を開発しています (Droguerre et al, 2019; Debacker et al, 2020)。
4. 栄養素と脳機能の関係
昔からよく腹八分目と言ったり、食べ過ぎると眠くなると言われたりします。我々の最新の研究成果では、空腹時のマウスでは満腹時に比べて視覚・聴覚と記憶に関係する海馬の機能的結合が強化されていることがわかりました (Tsurugizawa et al, 2019)。また、アミノ酸や炭水化物などの脳のエネルギーや情報伝達物質の原料となる重要な栄養素を摂取すると、脳機能ネットワークが変化することが明らかにされています。D型アミノ酸であるD-アスパラギン酸は記憶学習に関係する海馬を中心とした脳機能ネットワークを増強させることが我々の研究で明らかになりました(Kitamura et al, Cerebral Cortex, 2019)。他にも、我々のこれまでの研究により、多くの栄養素(炭水化物、アミノ酸、糖類、脂質など)を摂取すると、独自の脳活動が生じ、次の摂食行動に影響を及ぼすことがわかってきています(Uematsu et al, Cerebral Cortex, 2013; Tsurugizawa et al, Gastroenterology, 2009等)。これまでは動物モデルを中心に研究を行ってきましたが、本プロジェクトはた栄養素と脳機能ネットワークの関連性をヒト被験者で追求します。