第6回
カオスを秩序化する ①
~物理選別はエントロピーを縮小する工程~
物理選別はエントロピーを縮小する工程
物理選別は固体粒子を選り分ける操作であるから、簡単に言えば、均一に混ざった粒子群から、不均一に選り分けられた粒子群にする操作であるといえる。様々な状態の物が対象となるため数学的に示すことは難しいが、感覚的には、筆者は「エントロピーの縮小」という表現がしっくりくる。この表現は科学的には正しくなく、後々、正確な指標に言い換える必要があるが、物理選別操作の概念を感覚的に理解するのに便利であるため、当面、この表現を使用することをお許しいただきたい。
リサイクル工場に運ばれてくる廃棄物(廃製品)は、排出ルートによってその様態は様々であるものの、多くは種々雑多な金属・非金属が混在した、一見して何の秩序性もない「カオス」とも呼ぶべき状態である(図1.2.1)。これらから、貴金属や銅を回収する工程を考えると、最終的な産物は金や銀の地金など金属が究極に秩序化された製品である。些か大げさな表現をすれば、エントロピー極大のカオスから、エントロピー極小の地金に至る秩序化を成し遂げるのが、リサイクル技術ということになる。この操作を最小コストで実行するために、壮大なエントロピー縮小の大半を物理選別が担うことになる。
図1.2.1 物理選別はエントロピーを縮小する工程
2008年頃から、レアメタルの高騰に伴い、天然資源に代わり、都市鉱山からレアメタルを回収する新しいリサイクル技術の開発が多くなされた。事例は必ずしも多くはないが、この中で物理選別技術の開発も進められている。この時期、レアメタルの安定供給は社会的課題となっていたため、選鉱学以外の研究分野からも研究開発の参入があった。これらの研究成果は華々しく報道されたものの、実用化にたどりついた事例は極めて少ない。その後にレアメタル価格が急落したことが主たる要因ではあるが、技術的な観点から見ても反省すべき点は少なくない。製造工程の選別技術を生業としている研究分野に多いのは、ゴール目線の開発である(図中:従来研究1)。理想的模擬試料を用い、あらゆる技術を駆使してゴールとなる濃縮を達成した例が散見された。化学プロセスを含め、このような非選鉱学系の研究に多く見られるのは、出発試料から模擬試料状態に至る壮大なエントロピー縮小を想定していない点である。また、処理量や処理コストなどを度外視した例も散見された。一方、選鉱学系の研究では、(難易の選択はあったとしても)実際の廃製品を出発試料とするケースが多い(図中:従来研究2)。選鉱学では、実試料の不均一性や多様性が、選別結果を支配するという認識が強いためであろう。しかし、実験的な試行錯誤によるため、選別最適化が極めて不十分となりがちで、限られた実験数から選別条件を絞り出しても、目標とするゴールには程遠いという結果に陥る。
以上は、筆者が感じた典型例であり、該当しないケースもあると思われるが、これらの例はいずれも出発からゴールまでのエントロピーの縮小を、どのような段取りで達成させるかという俯瞰的視点が欠如している。「真・物理選別学」が目指す未来型の研究(図中:理想研究)では、物理選別技術を体系化することにより俯瞰的な視点でエントロピー縮小に対峙し、各選別工程の役割と、それを紡いでいくプロセスの構築を目指すものである。さらに、リサイクル技術の開発では、目的達成のためにあらゆる手段が利用できるわけではない。エントロピーの縮小を、究極に省コスト、省エネルギー化して達成させることが必要であるため、あらかじめ利用できるツールが制限されるということも、念頭に置く必要がある。