マルチモーダル非侵襲脳活動可視化技術と脳領域間連関解析技術の研究
近年,非侵襲的に脳活動を可視化する技術は目覚ましい発展を遂げており,脳活動を高い空間解像度で画像化できる機能的MRI (functional MRI: fMRI)や,高い時間解像度をもつ脳波(Electroencephalogram: EEG)・脳磁界計測(Magnetoencephalogram: MEG)が実用化されている.これらのうち,EEGとMEGは高い時間解像度を持つが,逆問題(頭皮上で得られた電位(EEG)や磁界(MEG)分布から,脳内の神経電流分布を推定する)解析の空間的な信頼性に問題があり,一方でfMRIは高い空間解像度をもつものの時間的な解像度が十分でない.われわれは,これらの複数の計測原理に基づく脳機能計測技術を有機的に組み合わせることにより,時間的にも空間的にも高い解像度を持つ脳機能可視化技術(Multimodal Neuroimaging)の開発とその応用を進めてきた.とくに,MRIで得られる脳構造情報から大脳皮質の3次元構造をモデル化した上で,fMRIで得られる脳活動の空間分布情報をEEG/MEGの逆問題解析の際に用いることにより,MEGやEEGの高い時間解像度(ミリ秒オーダー)を保ちつつ,fMRIと同様な高い空間解像度(ミリメートル・オーダー)をもつ脳活動の可視化が可能なことを示した.さらに,上記の非侵襲な脳活動高精度可視化基盤技術の上に,時系列データ解析技術を加えることにより,脳内のさまざまな領域の間における神経活動の相互作用を定量的に解析(脳領域間連関解析:Connectivity analysis)することが可能になった.
人間の高次な認知処理は,脳内のさまざまな部位の協調的な連携に支えられており,それらの間の相互作用を解析する技術の実現は,脳科学分野における研究ツールとしてのみならず,臨床的な応用や産業応用の点からも大きなインパクトをもつ.上記の研究成果は,特定の脳情報処理に対応するさまざまな脳領域の間の神経信号の「流れ」を解析・可視化することができ,「脳のどこが (Where) いつ (When) 活動しているのか」だけでなく,それらの活動が「どのように (How) 相互作用しているのか」を明らかにするためのツールとしての役割が期待されている.
- Iwaki S., Multimodal neuroimaging to visualize human visual processing, Biomedical Engineering and Cognitive Neuroscience for Healthcare, IGI Global Press, pp. 274-282, 2012.
- Iwaki S., Sutani K., Visualization of the sensitivity of the MEG sensor array based on the 3-D modeling of cortical surface and volume conductor, J. Appl. Phys., 107: 09B317, 2010.
- Iwaki S., Bonmassar G., Belliveau J.W., Spatiotemporal imaging of the brain activities during 3-D structure perception from motion, Frontiers in Human Brain Topography, Elsevier, pp. 209-212, 2004.
ヒト高次視覚機能の研究
視野内の動きから物体の3次元構造を知覚 (3-D Structure Perception from Motion)
透明の3次元物体の表面上に配置された多数のドットを中心軸周りに回転運動をさせ,それを二次元平面に投影したものを観察すると,二次元平面上のランダムドットの動きから,奥行きのある三次元物体の構造が知覚される(3-D structure from motion (3-D SFM)).二次元の網膜像の動きから三次元物体を知覚する脳の働きには,(i) 後頭部視覚野から頭頂葉に向かう,視空間処理を担う背側視覚経路と,(ii) 側頭葉下部に向かう,物体の認知を担う腹側視覚経路上にある複数の神経活動が関わることが,これまでの脳活動可視化実験から知られているが,それらの活動の動的な性質は明らかになっていない.われわれは,MEGとfMRIの統合解析技術を用いて,動きからの三次元物体知覚に関わる高次視覚野の活動の動的な可視化を試み,二次元網膜像の動きによって生じる三次元物体の知覚にともなって,後頭-側頭部, 頭頂-後頭部, 頭頂-側頭部, 後下側頭部, 上頭頂部が,視覚刺激の呈示後それぞれ特徴的な時刻に,次々と活動している様子を明らかにした.
さらに,上記の部位の脳活動の時系列情報から,各部位の神経活動間の因果関係を解析し,視覚野→頭頂葉,視覚野→側頭葉に至る信号の流れだけでなく,頭頂葉⇔側頭葉間の活動の連関を示唆する結果が得られた.これらの結果は,動きからの三次元物体の知覚が,互いに独立性が高いと考えられてきた背側・腹側両視覚経路間の,動的かつ協調的な神経活動により実現していることを示唆しており,同時に統合非侵襲脳活動可視化技術の有効性を示すものである.
- Iwaki S., Bonmassar G., Belliveau J.W., Dynamic cortical activity during the perception of three-dimensional object shape from two-dimensional random-dot motion, J. Integr. Neurosci., 12: 355-367, 2013
- Iwaki S., Belliveau J.W., Neural interactions between dorsal and ventral visual subsystems while perceiving 3-D structure from 2-D motion, Advances in Biomagnetism, Springer, pp. 286-289, 2010.
- Iwaki S., Bonmassar G., Belliveau J.W., Event-related changes in the spontaneous brain activity during 3D perception from random-dot motion, Complex Medical Engineering, pp.499-510, 2007.
心の中で3次元物体を空間的に操作 (Mental Rotation)
3次元図形を心の中で操作する必要は,日常生活中のさまざまな場面に現れる.例えば,右図のような一対の3次元図形が(a)回転対称であるか,(b)鏡像の関係であるかを判別するためには,実際に心の中でどちらか一方(target)を仮想的に回転させ,回転させた図形ともう一方(reference)の図形と比較していることが,心理学的実験から知られている(Mental rotation(心的回転)という).われわれは,MEG信号の計測と適応空間フィルタを用いた信号処理技術を組み合わせて,mental rotation課題を遂行中の脳活動の変化をミリ秒単位で解析し,後頭部視覚野から下側頭部を経て上頭頂部に至る神経信号の流れを可視化することに成功した.
さらに,被験者ごとのmental rotation課題遂行パフォーマンスと,脳活動の関連を調べることにより,被験者間の成績の個人差が,後頭部と頭頂部で計測される30 Hzのγ帯域の自発脳活動の課題提示に同期した変化の強度と高い相関があることを明らかにした.
- Nishimura K., Aoki T., Inagawa M., Tobinaga Y., Iwaki S., Mental rotation ability and spontaneous brain activity: a magnetoencephalography study, Neuroreport, 31: 999-1005, 2020. DOI 10.1097/WNR.0000000000001511
- Iwaki S., Sutani, K., Inagawa M., Tobinaga Y., Nishimura K., Performance-dependent changes in gamma-band brain activity during mental image processing, Soc. Neurosci. Abstr., #96.15, 2012.
- Iwaki S., Tonoike M., Ueno S., Visualization of the brain activity during mental rotation processing using MUSIC-weighted lead-field synthetic filtering, IEICE Trans. Inf. & Syst., 85-D: 175-183, 2002.
- Iwaki S., Ueno S., Imada T., Tonoike M., Dynamic cortical activation in mental image processing revealed by biomagnetic measurement, NeuroReport, 10: 1793-1797, 1999.
Neuro-Aided Design技術の研究
近年の行動経済学の発展によって,われわれの消費行動は必ずしも合理的でなく,無意識的要素が大きく関与することが知られて以来,脳機能計測を製品等の企画に応用する技術が脚光を浴びようとしている.しかし,脳機能計測装置で得られるデータのみでは,実世界の消費者性向をモデル化することは難しく,実際に商品・サービスの設計にフィードバックするには大きなギャップがある.われわれは,産総研の高精度脳活動計測技術,VR技術,フィールドでの行動計測技術をシームレスに運用して,商品やサービスの企画・開発・提供方法の最適化を支援する枠組みの構築を目指している.具体的には,実社会における消費者の行動とそれに対して影響を与える要因について,(a) 対象とする消費行動の特徴を,フィールドにおける行動計測(日常行動計測)を用いて抽出し,(b) 消費者の無意識な選好過程を評価する実験課題を作成することにより,(c) 脳機能計測技術を用いた,消費行動とそれに与える無意識・情動の影響の脳活動レベルでのモデル化する技術と,(d) VR環境において行動と脳活動を同時計測する技術を発展させ,消費行動と選好に関わる脳モデルとの対応づけを促進するための取り組みを進めている.
- Takeda Y., Okuma T., Kimura M., Kurata T., Takenaka T. Iwaki S., Electrophysiological measurement of interest during walking in a simulated environment, Int. J. Psychophysiol., 93: 363-370, 2014.
日常生活中に利用可能な疲労計測技術 (Flicker Health Management System)
疲労度合いによって「ちらつき」の知覚が変化する現象を利用したフリッカー疲労検査は,1941年に計測原理が報告されて以来,産業衛生や人間工学等の研究目的に広く使用されてきた.しかしながら,従来のフリッカー検査では,高価で携帯できない専用機が必要で,一般への普及は進んでいない.一方,近年PCやスマートフォンの機能はますます高度化され,これらの汎用端末を利用したさまざまなサービスが可能になってきている.われわれは,汎用端末を用いて日常環境で高精度に疲労の評価を行うための技術を確立した.とくに,一般に広く普及しているディスプレイ・デバイスでの「ちらつき」知覚を制御する方法の開発と,疲労評価結果に対する利用者の恣意性を排除しつつ検査を高速化するための検査アルゴリズムの設計を行った.
これらの成果は,スマートフォンやPCのアプリケーション・ソフトウエアをダウンロードするだけで,「いつでも,どこでも,簡単に」疲労の定量的かつ客観的な測定を可能にする,「フリッカーヘルスマネジメント(FHM)システム」として実装され,実労働環境における疲労管理実証実験などで効果の検証を行うとともに,日常生活中に気軽に疲労をモニターすることができるエンドユーザー向けアプリとしても実用化できる段階にある.また,産業技術総合研究所技術移転ベンチャー企業「フリッカーヘルスマネジメント(株)」を通じて,本システムの事業化に取り組んでいる.
- Iwaki S., Harada N., Mental fatigue measurement based on the changes in flicker perception threshold using consumer mobile devices, Adv. Biomed. Eng.,2: 137-142, 2013.
- Shichiri M. HaradaN., Ishida N., Komaba L.K., Iwaki S., Hagihara Y., Niki E., Yoshida Y., Oxidative stress is involved in fatigue induced by overnight deskwork as assessed by increase in plasma tocopherylhydroqinone and hydroxycholesterol, Biol. Psychol., 94: 527-533, 2013.
- 岩木 直, 原田 暢善, 日常的に利用可能な疲労計測システムの開発 -フリッカー疲労検査をPCやスマートフォンを使って生活環境で実現-, シンセシオロジー, In Press.
- 岩木 直, 脳活動の計測技術と疲労・ストレス評価への応用の可能性, ストレス科学研究, 28: 4-7, 2013.
- 岩木 直, 原田 暢善, スマートフォンを用いた日常的利用が可能な疲労計測システムの研究, パーソナル・ヘルスケア―ユビキタス・ウェアラブル医療実現に向けたエレクトロニクス研究最前線―, エヌ・ティー・エス出版, pp. 141-146, 2013.
- 岩木 直, 原田 暢善, ちらつき知覚に基づく簡易疲労計測技術, 月刊機能材料, 33巻2号: 4-8, 2013.
ヒトの動作と視覚機能の関連およびコミュニケーション
コンピュータ・インターフェース操作の巧緻性と操作感
COMING SOON ...- Kashiwagi M., Iwaki S., Narumi Y., Tamai H., Suzuki S., Parietal dysfunction in developmental coordination disorder children: An fMRI study, Neuroreport, 20: 1319-1324, 2009.
- Tanaka S., Inui T., Iwaki S., Konishi J., Nakai T., Neural substrates involved in imitating finger configurations: An fMRI study, Neuroreport, 12: 1171-1174, 2001.