SIMSでみる火山噴火

by Isoji MIYAGI @ Geological Survey of Japan, AIST

作成:平成13年2月14日(水)
文責:宮城@地調
最終変更日:平成13年2月15日(木)
デザイン変更:2007年12月21日金曜日



この文書は「地質調査所研究講演会 微小領域分析が拓く地球科学 — 二次イオン質量分析法(SIMS)を中心にして —」における,筆者(宮城)の講演「SIMSでみる火山噴火」の内容をもとに作成しました.


「SIMSでみる火山噴火」の著者は:

地質調査所 環境地質部 宮城 磯治

地質調査所 資源エネルギー地質部 森下 祐一

地質調査所 地殻化学部 木多 紀子

です.



目次

はじめに

本年(2000年)起きた有珠山や三宅島の噴火では,岩塊や火山灰が空高く巻き上がった.このような現象の直接的な原動力は,マグマ自体に溶解していたガス成分と過熱され高圧ガスとなった地下水の,急激な膨脹である.マグマに含まれるガス成分は水が一番多く,二酸化炭素がそれに次ぎ,そのほか二酸化硫黄,塩化水素,フッ化水素,その他のガスは微量である.SIMSを用いると,これらの揮発性成分元素を,高い空間分解能で分析することが可能になる.本講演では,マグマ中のガス成分(水と二酸化炭素)が果たす重要な役割について述べ,さらに,有珠山と三宅島の噴出物分析から得られた成果を紹介する.

火山噴火の仕組み

そもそもなぜ,地下深所にあったマグマは地表にあがってくるのか?.

マグマ上昇の大きな原動力は「浮力」である.マグマ中のガス成分(主に水)は高圧下ではメルト(結晶と溶融ケイ酸塩からなるマグマのうち,後者部分を指す)に溶解している.水の溶解度には圧力依存性がある.地下のマグマには数重量パーセント程度の水が含まれるが,上方にある岩石の重みによってかかる高い圧力のため,こめらはメルト中に溶解している.しかし揮発性成分量の増大や圧力の低下等によってこれらが飽和すると,気泡となる(図1).気泡となった水の体積は,メルトに溶存している水に比べてたいへん大きい(図2).したがって,気泡を持つマグマは密度がちいさくなり,周囲の岩石との密度差が浮力として作用する.揮発性成分によってもたらされる浮力は重要であり,これなしではマグマの上昇は困難である(図3).

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図1
  • マグマの飽和含水量と圧力の関係.

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図2
  • 水1モル(18グラム)の体積Burnham (1975)による


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図3
  • 揮発性成分量とマグマの浮力の関係篠原・風早(1995)による.

もしマグマが上昇すると,その分上方にある岩石等が減るので,圧力も減少する.上昇し減圧されたマグマはますます水に飽和し,それらの水は多量の気泡となってマグマを膨らませる.するとマグマは周囲の岩石に比べて軽くなり,マグマはますます浮力を得ることになる.高々数重量パーセントの揮発性成分というと少なく聞こえるが,最終的には大気圧下ではそれらガス成分の体積はマグマの百倍以上になる.このように,「噴火口から出る物の体積」の主体はガスであり,マグマの脱ガスを理解することは火山噴火を理解することだと言っても過言ではない.

地表に出たマグマ「噴出物」を分析することによって,地下のマグマが気泡を持っていたのかどうかを推定することができる.噴出物のかなりの部分は地表に出るまでにガス成分を失った,いわば「炭酸の抜けたビール」である.しかしながら噴出物をミクロの目でみると,「ガラス包有物(図4)」と呼ばれる部分には噴出前のガス成分が残されている.


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図4
  • ガラス包有物

「ガラス包有物」ははいわば,結晶の「ビール瓶」に入ったビールである.ガラス包有物の大きさは直径数十μmしかないので,SIMSの空間分解能が必要である.

これらの包有物のH2OとCO2濃度を分析すると,気泡の有無など(図5),さまざまな事が推定できる.多くの場合,少なくともガラス包有物が生成した時点でマグマがすでに気泡を持っていたことを示す結果が,得られている.


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図5
  • ガラス包有物のH2O-CO2でマグマ溜まりの泡の有無を知る風早 (1997)による


では,マグマがいったん上昇を始めたらもう止まることはないのか?.

マグマ上昇を抑える重要な要素の一つが「粘性」である.少量の水がマグマに加わると数桁以上も粘性が低下することが知られている.逆に,マグマが脱水すれば粘性が急激に増大する.マグマが水に飽和すると水は気泡に移動してしまうので,メルト(ケイ酸塩溶融体)の粘性が増大してマグマは流れにくくなる.ところが,何らかの要因でマグマが細かく破砕されると,マグマは,気体に支持された極端に粘性の低い懸濁流となって,一気に火口から噴出できる.

このように,マグマの発泡・脱ガス・破砕の過程では,相反する物事が複雑にからみあっていて,それらの理解はまだまだ不十分である.もし上昇中のマグマの気泡量と含水量が手に取るようにわかり,その変化や破砕の理由をうまく説明できたとしたら,火山噴火の大部分は理解できたように思える.その第一歩として,本講演では,SIMSを用いて有珠山のマグマが破砕した深度を見積もった例を示す.

有珠山2000年3月31日噴火のマグマ破砕深度

さて,水の溶解度には圧力依存性があることを上で述べた.もしマグマ(メルト)の含水量が常に飽和溶解度に従うならば,噴出物のガラス含水量はほぼゼロ%になるはずである.ところが実際には,軽石や火山灰を生産する噴火ではマグマの減圧速度が十分速いために,脱水が「不完全」になる.

様々な減圧速度におけるメルトの脱水プロファイルを,水の拡散速度の含水量依存性を考慮した一次元の拡散計算により求めた結果,急速な(例えば毎秒10気圧以上の)減圧の際には気泡から100μm程度離れた石基ガラスの脱水は十分少ないことが判っている(図6).もし噴火の際の減圧および冷却が十分速ければ,本質物質ガラスは噴火(マグマの破砕)直前の含水量を保持していることになり,飽和含水量の圧力依存性にしたがって,その時点のマグマの圧力(深さ)を推定することができるだろう.


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図6
  • メルトの脱水プロファイル計算例(Miyagi, 1995博士論文およびMiyagi, 1997より)

2000気圧から500気圧までは毎秒0.1気圧で,500気圧からは毎秒10気圧で,減圧した例.

※ポイント:メルトの表面(0μm)は飽和含水量に従った脱水をするが,約50μmより内側は,毎秒10気圧の減圧では脱水が追いつかず,500気圧時点の含水量が保たれる.この特性を逆手に取ると,ガラスの表面から100μm程度内側部分の含水量を微小分析することにより,急激に減圧がおきた時点(恐らくマグマ破砕時)の圧力が推定できる.

そこで,有珠山2000年3月31日の噴火においてマグマ(Us-2000g,図7)が粉砕された深度を推定する目的で,これらの火山灰中の石基ガラス含水量を測定した.

手法と条件

分析には地質調査所の二次イオン質量分析計(SIMS; CAMECA ims1270)を用いた.Us-2000gには多量の石基鉱物(斜長石)が含まれている.それらの結晶を避け隙間を分析する必要がある(図8)ので,SIMS空間分解能(10μm四方以下)は大変有効であった.SIMSの一次イオンビームは10kVに加速したセシウム(+),スポット径20μm,電流値1nAを用い,照射領域中心部10×10μmからの二次イオン(-,+20〜+40eV)を分析した.試料面のチャージアップを防ぐために電子銃を用いた.


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図7
  • 有珠山2000年マグマ 「Us-2000g」
図8
  • ims-1270で見たUs-2000gの二次イオン像(塩素)のスケッチ


結果

SIMSによる含水量分析の結果,有珠2000年3月31日噴火で放出された火山灰の石基ガラスの大半は,2.5±0.5 wt. % H2Oという比較的狭い範囲の含水量を持つことが明らかになった.一つの火山灰粒子に着目すると,少なくとも中央部には,顕著な含水量勾配は認められなかった(ビームを樹脂に当てることになるため,粒子周縁部数十μmの領域は含水量データは得られていない).また,反射電子像による観察の結果,Us2000gが外来水により水和を受けた形跡は認められなかった.

考察

流紋岩質マグマへの水の溶解度を,H2O[wt%]=0.114 sqrt(P[bar])とすると,この含水量に相当する水分圧は300-700気圧になる.また岩石の比重を2[g/cm3]とし,リソスタティックな圧力勾配を仮定すると,3月31日の噴火においてマグマ(Us-2000g)が粉砕された深度は,地下1.5〜3.5kmと見積もられた.

参考文献

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