人は様々な方法でものを操ることができる.最も典型的な物体操り法は,指で物体をつかんで行う方法である.しかし,我々は指でつかまなくても物体を巧みに操る技能を心得ている.物を指で押す動作や,手のひらで放り上げて物体を回転させるなどの動作がそれである.また,曲芸の世界では,「バタフライ」と呼ばれる右図に示すような曲芸がある.ボールを手のひらに乗せた状態から,手の振りの加速度や手・腕の形状を巧みに変化させ,身体表面に沿ってボールを巧みに操る.こうした曲芸を実現する技能も把持によらない物体操り技能の一つである. |
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問題は,右図(a)に示すように,鉛直面内に置かれた水平1軸回りに回転するハンドの断面形状をうまく設計し,その1軸回りの回転を制御するだけで,円盤をハンド外周に常に接触させた状態で,円盤の位置を操作することである.この操作の可否は,上に述べたように,ハンドの形状に依存する.例えば,右図(b)に示すような円盤状のハンドを用いると,こうした操作は,回転をいかに工夫しても不可能である.適切な形状は,物体操作系が含む運動学的,力学的拘束条件を考慮して,操作物体(円盤)の転がりの運動方程式を構築し,最適条件を考慮してそれを解くことによって求められる.しかし,転がりの運動方程式は解法が複雑なため,まず,適したハンド形状を直感的に推定し決定した後に,それを基に,操りが可能な軌道を求めることとした. |
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ハンド形状は左右上下対称形が適していると仮定し,その中で,上面に安定な支持面をもつ,楕円形状あるいは中央に窪みを持つバタフライ形状をまず候補とした.そして,これらの形状を記述する関数を定義した後,パラメータを変えて,複数の形状を計算機上に出力し,比較評価した結果,下図の四角で囲った形状を最終的に選定した.このハンドでは,水平状態にあるとき,円盤は中央位置で安定に静止することができる.
次に,上記ハンドを想定し,ハンド中央の凹部にある円盤状物体を,ハンドを180度回転させて,反対側の凹部に移動させる操作を実行するための回転軸の駆動法をシミュレーションによって検討した.下図はシミュレーション結果の一例である.
以上のシミュレーション結果を確認するために,実験を行った.実験は,鉛直面内で行うと,重力の作用が大きく,局所的に高速な操作が要求されて,実験ハードウエアすなわちロボットの性能に厳しい性能が要求される.そこで,操作物体に作用する重力を可変にすべく,Flatlandと名付けた実験装置を開発した(下図).Flatlandは傾き可変の空気テーブルとマニピュレータ部からなる.テーブル面の多数の小孔から吹き出す空気によって円盤を浮上させ,円盤とテーブルとの摩擦をほとんどゼロとする.テーブルの傾きを変えれば,円盤にはたらく重力を小さくすることができる.マニピュレータはテーブルの周囲に取り付けてあり,1自由度または2自由度に組み換え可能である.実時間視覚追跡システムにより周期30Hzでテーブル上の物体の運動を追跡することができる.各マニピュレータ部には「マニピュレーション板」が取り付けられている.このマニピュレーション板はテーブル上でロボットが実際に物体と接触する部分で,マニピュレータの形状を新たなものにしたいときには容易に取り替えることができる.
ハンドの形状はNC工作機械で削り出し,1自由度のマニピュレータ部に取り付けた.空気テーブルは5度傾けて実験を行った.ハンドはシミュレーションと同じ軌道に追従させた.フィードバックを用いなくとも,バタフライにはしばしば成功し,テーブルの傾きを変えても,単に実行時間が変化するのみで,バタフライを実現できた.しかし,開ループのバタフライは必ずしも安定ではなかった.円盤が転がりすぎて最終位置でオーバーシュートが生じたり,逆に転がり足りなくて安定な目標姿勢に到達しなかったりする場合がたびたび生じた.そこで,実行をより確実にするために,視覚フィードバックを組み込んだ.制御は次の3つの段階からなる.
このように簡単なコントローラを用いたが,これにより転がし動作は著しく安定した(ビデオ1).また,ハンド先端でバランスをとることにも成功した(ビデオ2).
「バタフライ」を例として,把持によらない物体の操り技能の実現について研究を行った.ハンドの形状設計と物体操作を実現する運動との間には密接な関係がある.このことを考慮しつつ「バタフライ」の転がり運動を単純な1自由度ロボットで実現した.マニピュレータの形状と運動の設計において,しばしば設計の自由度にトレードオフが成立するということが,マニピュレーションにおける一般的な原理として主張できる.この原理は,例えば特別な形状の振動面を用いて部品を望ましい位置・姿勢に整列するパーツフィーダーなどに応用できる.