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研究内容紹介

近年のの研究

化学物質の個体群レベル生態リスク評価

 個体群影響を基準にする化学物質管理の必要性は80年代に提起されたが、実際の環境政策に利用できる個体群影響評価手法は、国内外において確立されていなかった。
 私は、生態毒性データに内在する情報と化学物質の毒性影響を受ける生物個体群の動態に着目し、個体群増殖率が1の時の化学物質濃度を、実験室の生物個体群影響の閾値とした手法を開発した。さらに、ノニルフェノール(NP)の評価書策定を通じ、開発した手法を用いた「化学物質の環境基準値」設定を例示し、長年にわたってペーパープランにとどまった「個体群影響を基準にする化学物質管理」を可能にした。その証としては、約10物質の詳細リスク評価の個体群評価手法適用、SETAC学会から3回の招待講演、英文専門書出版(共著)、環境分野のトップ誌であるEnvironmental Science and Technology (EST)の論文発表、産総研シリーズ共同著書等が挙げられる。この手法の確立は、旧ユニット(化学物質リスク評価管理研究センター)の個体群レベル生態リスク評価の目標完遂に大きく寄与したと自負している。この手法の適用により作成した詳細リスク評価書は、国内外において初めての個体群レベル評価書として注目を集め、個体群評価の概念普及や化学物質管理政策の方向転換、産総研の国際認知への寄与等、その波及効果は大きい。

精巣卵等の内分泌かく乱測定エンドポイントの生物学的意味の解明

 環境省はメダカオス個体に観察された精巣卵生成という影響から、NPの環境基準値を決めようとした(OECDや新聞で発表)。この決め方でNPのリスクを管理することは本当によいか、その答えを探るため、政策につながる個体群レベル生態リスク評価手法を開発する研究を行ったほか、精巣卵等の測定エンドポイントの生物学的意味の解明(個体群影響との関連性)を目的とした多世代フルライフサイクル毒性試験の試験計画を立案し、試験の実施に参加した。試験結果から精巣卵がNPの暴露がなくても生成すること、精巣卵のもつオス個体が受精能力を有すること等、目的に即した新しい知見・示唆を多く見出し、学会発表(筆頭国際5国内2)と論文発表(筆頭4非筆頭1)、うち精巣に卵を見つける手法の論文はEcotoxicological Environmental Science誌(EES)のHighlighted articleとして発表した、等の実績を上げた。また、「精巣に卵を見つける新手法」のビデオを作製し成果の普及を行い、OECD test guide lineへの手法提案も検討した。これらの成果は、内分泌かく乱影響の基礎研究に大きく貢献し、時の環境ホルモン研究に一石を投じたと自負している。

化学物質の最適管理をめざすリスクトレードオフ解析手法の開発

 NPのリスク低減に導入した代替物質であるアルコールエトキシレート(AE)の詳細リスク評価を行う際、個々の物質のリスク管理の最適化を図っても無意味なこと、リスクトレードオフ解析に欠けるAE評価書を作成しても、社会に役に立たないという課題に直面した。そこで、リスクトレードオフ解析のため、情報不足状況下の共通指標開発や毒性データ推論手法開発に挑んだ。
 共通指標開発では、私は野外メダカの生活史モデルを活用し、毒性データから用量反応関係を導出し、生活史モデルに代入することで、AEの魚類個体群影響評価を可能にする手法を開発した。また、毒性データのないAEに対しては、ニュラールネットワークモデルを用いた推定手法を開発した。この2つの手法の適用により、AEに対してもNPと同じ、魚類個体群影響を指標としたリスク算出を可能にした。さらに、SHANELモデルを活用し、NPからAEへの代替使用量に応じた暴露情報を加味したリスクトレードオフ評価を行い、初めての生態リスクトレードオフ解析例をAEの詳細リスク評価書で提示した。この解析事例は、リスクトレードオフ解析手法開発という後続NEDOプロの先行研究となり、NEDOプロの研究予算の取得及び研究の推進に大きく貢献した。また、開発した一連の手法とAE評価書が、何れもオリジナリティの高い研究成果であることは、国内外での発表(筆頭、非筆頭、C.A.、計4報)、AE評価書に対する専門家のコメント等から確認できる。さらに、開発した情報不足状況下の個体群影響評価手法を普及するため、汎用性生態リスク評価ツールのプロトタイプを作成し公開している。

アルコールエトキシレート詳細リスク評価書

 アルコールエトキシレート(AE)は,洗浄剤として誰もが日常生活の中で使っているため,全国の水系に遍在している化学物質です.特に近年,工業用洗浄剤であるノニルフェノールエトキシレート(NPE)に内分泌かく乱影響の疑いがあることから,家庭用洗浄剤だけでなく,工業用洗浄剤においてもAE の使用量が増え続けています.AE は疎水基である脂肪族アルキル鎖(C 鎖)に,親水基の酸化エチレン(EO)を付加重合することによって合成される工業製品であり,自然起源のものはありません.そして,市販されている洗浄剤製品中のAE は,C 鎖の鎖長およびEO モル数の異なる多数の同族体から構成されています.しかし,PRTR 法の第一種指定化学物質には,C 鎖の炭素数が12~15 の同族体群のみが指定されており,その排出量が毎年排出量の多い上位10 物質(家庭用途からでは上位3 物質)の1 つとなっています.AE の排出先はほとんどが水域であること,また,その生態毒性もとりざたされている等のことから,AE(直鎖)は環境省が推進している水生生物保全に係わる水質目標設定において,最優先すべき検討物質の1 つに挙げられています(環境省 2002).更に,製品評価技術基盤機構と化学物質評価研究機構によって,「AE は環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性がある」という初期リスク評価の結果が報告されています(NITE&CERI 2006).

 こうした背景を踏まえて,適切なAE のリスク評価を行うには,多数の同族体から構成される混合物であること,特に同族体ごとの諸特性(毒性や生分解性など)に大きな違いがあることに配慮した評価が必要不可欠となります.しかし,混合物のリスク評価手法は未だ確立されていないうえ,同族体ごとの同定・定量分析手法の限界等により,リスク評価に必要な同族体ごとの環境暴露濃度や生態毒性データが非常に少ないのが現状です.また,NPE からAE への転換が図られている近年,“化学物質の代替品使用はかえって高い環境リスクをもたらしているのではないか?”といった不安があり,その不安を解消するためにも,NPE からAE への物質代替におけるリスクトレードオフ評価が必要とされています.

 本詳細リスク評価書は,利用可能な現存手法や実測値データを用いた堅実な評価と,新たに開発した手法やモデルの推定結果を用いたオリジナリティーの高い評価が並存した評価書です.特に,評価の過程において,数多くの新しい手法(例えば,欠如した毒性データを補完するための毒性推定モデル,情報制限下の魚類個体群存続影響評価手法,リスクトレードオフ解析手法)の開発と適用に多くの労力と時間を費やしてきました.その成果として,本詳細リスク評価書では,水環境中のAE による生態リスクの実態と有効なリスク対策を記述しているだけでなく,(1)水生生物保全に係わるAE の水質基準値や排出基準値の設定,(2)PRTR 法におけるAE 同族体指定範囲の見直し,(3)リスクトレードオフの視点を含む化学物質の自主管理,(4)混合物のリスク評価等,今後のこういった議論や検討のための情報や方法論も提供しています.また,本書を作成するにあたり,なるべく平易な言葉を用いて記述するよう努力してまいりました.リスク評価・管理に携わる方々だけでなく,洗浄剤に興味をもつ一般市民の方々にも本書を読んで頂ければ幸いに存じます.

各書店や丸善またはAmazon のホームページからオンラインで購入できます
本書の英語版がhttp://unit.aist.go.jp/riss/からダウンロード可能

現在の研究

化学物質の最適管理をめざすリスクトレードオフ解析手法開発::化学物質の生態毒性データを補完するためのIn Silico手法開発

 これまで、化学物質の生態リスク評価は、生態系の各栄養段階を代表する試験生物種(藻類、甲殻類、魚類等)を用いた生態毒性試験より得られる試験データに基づいて行われてきた。しかし、試験データが存在する化学物質は限られており、個々の物質の評価に利用可能な生態毒性の種類やデータの数も異なるという現状がある。また、生態リスクの大きさを表現する尺度については、これまでに様々な生態リスク尺度が提案されてきたが、リスクトレードオフ解析に適用する観点からの検討はほとんどなされていない。このように、これまでの生態リスク評価手法は、毒性試験データに基づき、物質ごとのリスクを判定する目的で開発したものであるため、本事業の目的である幅広い物質間の生態リスクのトレードオフ解析には対応できない。
 本研究解題においては、個々の化学物質に関する有害性情報の有無や多少によらず、それぞれの生態リスクを統一尺度で定量し比較できるような枠組みを構築することを目的としている。
 本研究は、AE詳細リスク評価書作成において開発したニュラールネットワークモデルの経験を活かして、より多くの化学物質の生態毒性値を推定できるIn Scilico手法の開発を行っている。

バイオマスの利活用における環境リスク評価

 温室効果ガス(GHG)排出削減への期待からバイオマス利活用が近年脚光を浴びている。これを契機に経済発展を図る開発途上の国々もある。しかし、大規模なバイオマスプランテーション開発は森林伐採、集約農業、単一栽培等、様々な土地利用変化を誘発したゆえん、地球温暖化や生物多様性損失、土壌生産性低下、水環境汚染等、様々な地球規模や地域規模の環境問題をもたらすという懸念が広まっている。こうした影響を適切に評価できる共通指標や評価手法については実用可能な定まった方法が無い状態で、生態リスクやリスクトレードオフの観点からの議論も空白である。
 本研究は、バイオマスプランテーション開発に伴う土地利用変化による生態系への影響評価に焦点をあて、生態リスクの観点からこれらの影響を適切に評価できる共通指標や評価手法を開発し、土地利用シナリオ別にバイオマス生産による影響評価を行い、生態リスクの観点からバイオマス利活用政策に対する提言を行うことを最終目的としている。

グローバルから国スケールにおける物質動態モデリング研究:窒素物質循環モデルの開発および資源作物の潜在的耕作面積と生産量の予測モデル開発

 バイオ燃料の推進は、「人間と食料を争わない」、「食料と土地を争わない」、「生物多様性を損なわない」、この3大原則に基づいて行われることが時代の共識である。
 ヤトロファは、バイオディーゼルの原料となる油分を高く含有し、食料と競合しないかつ荒廃な土地で栽培可能という特徴を有することから、次世代のエネルギー植物として、各地でのプランテーション導入が見られた。しかしながら、ヤトロファのプランテーションは、土地の栽培適性、潜在的な栽培面積と生産量、生態系影響といった情報を基に導入することが望ましいが、こうした情報がないまま、熱帯気候の国と地域における大規模なプランテーションが近年急速に増え、生態系影響(特に生物多様性損失)が懸念されている。
 本研究はグローバルから国スケールに対応可能な窒素物質循環モデルと資源作物の潜在的耕作地面積と生産量を評価できるモデルを開発する。