揮発性成分の火山学
by Isoji MIYAGI @ Geological Survey of Japan, AIST
目次 |
はじめに:
火山噴火の理解には,マグマ揮発成分(マグマに含まれるH,C,F,S,Cl)の飽和・放出過程の理解が欠かせません. マグマに最も多く含まれる揮発性成分は水で,二酸化炭素がそれに次ぎます. 地下深くでマグマに溶け込んでいる水の量は,重量比で5%程度ですが,噴火直前には体積比で七割以上を占めることも珍しくありません.マグマに含まれる揮発成分(特に水)は噴火の原動力ですから,これについて詳しく知ることが火山噴火の理解につながります.
なぜ水が重要か
それは,マグマに含まれる水や,地表付近でマグマに混じる外来水が,火山の噴火において基本的かつ重要な役割を担っているからです.
マグマ水
私達は,圧力のかかった二酸化炭素が,水に溶解して炭酸水となることを知っています.また,ボトルのフタを取って減圧すると,二酸化炭素が水に溶け切れなくなってシャンパンが発泡することを知っています.マグマと水の関係も,おおまかにいえば身近な炭酸水の例と似たようなものです.高い圧力のかかった水は,マグマのドロドロに融けた部分(硅酸塩溶融体)に溶け込むことが知られています.炭酸水の例とは異なって,水が溶け込むことにより硅酸塩溶融体の粘性は何桁も低下することが知られています.粘性の低いマグマは地下で移動しやすくなります.
マグマの発泡
ある物理化学条件の下でマグマが溶かすことのできる限界の水の量を,その条件におけるマグマの飽和含水量と呼びます.マグマの飽和含水量は主に圧力の関数になっています.地盤の重さによって高い圧力がかかる地下深くでは溶け込めていたマグマ水は,マグマが上昇することによって減圧されると,マグマ中にとけ切れなくなります.より専門的に言い替えると,圧力の低下によってマグマの飽和含水量が低下するので,過飽和になったマグマ水は気泡となってマグマの内部に析出します.この現象をマグマの発泡と呼びます.気泡を含むマグマの密度は小さくなるため,マグマは浮力を獲得し,さらに上昇しやすくなります.
マグマの破砕と脱ガス
気泡が割れてガスがマグマの外に出る過程をマグマの脱ガスと呼び,出てきたガスが火山ガスです.私達は,気の抜けたシャンパンや,炭酸ガスの入っていない砂糖水は,よほどのことでもないかぎり,勢いよく発泡しないことを知っています.マグマの含水量と飽和含水量を詳しく知ることが,火山噴火の理解の第一歩です.
爆発的噴火・非爆発的噴火
ところで私達は,銘柄が同じシャンパンでも開ける前に振るなどされたものは勢いよく発泡することを知っています.このことは,たとえ過飽和の度合が同じでも,その他の条件が異なると発泡のしかたが大きく変わる事を意味しています.同様に,たとえマグマ水の過飽和の度合が同じでも,その他の条件がマグマの発泡と膨張を大きく左右することが容易に想像できるでしょう.実際の火山噴火では,過飽和となった火山ガスの発泡と膨張にともなう作用によって,火道を上昇する間にマグマは粉々に砕かれて(マグマの破砕)勢い良く空中に放出されることがあります.これが爆発的な噴火です.しかしその一方で,火山ガスが膨張してもマグマが粉々に砕かれず,ドロドロと静かに火口から流れ出ることがあります.これを非爆発的な噴火と呼びます.
マグマと外来水の反応
私達は,熱っせられた揚げ油の中に水滴が入り込むと条件によっては水が激しく発泡して油がはじけ飛ぶことを知っています.この場合,油は加圧されていたわけではありませんし,油の中にはガス成分はほとんど溶解していません.ところが,高温の液体と外来水との間で瞬時に熱のやりとりがあると,このような爆発的な反応が起きるのです.より専門的にはこの現象は「MFCI: Molten Fuel - Coolant Interaction」と呼ばれ, 溶融した鉄と水との反応によって起こる爆発のメカニズムなどが研究されています.実際の火山噴火においても,マグマが地表付近で地下水に触れることによって非常に激しい爆発的噴火が起きることが知られていて,これはマグマ水蒸気噴火(爆発)と呼ばれます.※水蒸気マグマ噴火(爆発)はマグマ水蒸気噴火(爆発)と同じ意味ですが,水蒸気噴火(爆発)は,マグマが直接関与しない噴火のことです.
何をどうやって調べればよいか
揮発性成分の火山学では,以下の観点から火山噴火の解明に挑戦します.
- 噴火前のマグマにはどれだけの量の水が含まれているのか
- 様々な物理化学条件においてマグマはどれだけの量の水を溶かし込めるのか
- 揮発性成分に過飽和となったマグマはどのような条件で発泡するのか
- 実際の噴火におけるマグマはどのように発泡し破砕しているのか
- マグマ水蒸気噴火における外来水とマグマはどこでどのように反応しているのか
- そもそもマグマ水はどこから供給されているのか
噴火前のマグマ水の量
「マグマ」や「噴火前」という言葉は茫漠とした表現ですので,もう少し具体的に考えましょう.マグマは混合物であって,その内訳は硅酸塩溶融体(Si+Al+Oとカチオン),硅酸塩以外の溶融体(例えば金属硫化物の溶融体),鉱物(無水鉱物および含水鉱物),気泡(水溶液)です.また,ここでいう噴火前とは,マグマが地下1〜15km程度の溜まりから地表に噴出するまでの間の事を考えます.
マグマ水はこの混合物のどの部分に,どれだけの量,含まれているのでしょうか.簡単に結論を言えば,硅酸塩溶融体と含水鉱物と水溶液の中に含まれる水がほとんどです(無水鉱物にも微量な水は含まれる).したがって噴火前のマグマに含まれる水の総量を把握するには,以下のの3つの相について,それぞれの相の水の濃度と,それぞれの相がマグマ全体に占める分量がわかればよいことになります.
- 含水鉱物として存在するマグマ水
- 硅酸塩溶融体中に溶存するマグマ水
- 過飽和な水溶液(超臨界状態)として存在するマグマ水
含水鉱物として存在しているマグマ水の量を見積ることは,比較的容易です.というのは,水が鉱物中のある特定のサイトに特定の化学当量だけ入るためです(例外あり).また,含水鉱物が火山岩に占める分量は,火山岩の断面に露出する含水鉱物の面積比などから求めることができます.火山岩に含まれる代表的な含水鉱物である角閃石は,重量比で2%の含水量をもちます.角閃石が岩石に含まれる量は,まあ10%程度でしょう.その場合,含水鉱物の含水量(2%)に含水鉱物がそのマグマ全体に占める分量(0.1)を掛けたものが,含水鉱物中に存在するマグマ水の量になります.いま挙げた例では,それは0.2重量%H2O程度となります.これは,以下にあげる硅酸塩溶融体や水溶液と比べれば,比較的少ない量であることがわかります.
硅酸塩溶融体として存在しているマグマ水の分量を見積ることは,含水鉱物に比べると困難です.というのは,硅酸塩溶融体(長いので以後「メルト」といいます)にはある決まった化学当量の水が入るわけではなく,その上限が「飽和含水量」として定められるだけです(上限が消えることもある).2000気圧1000℃における流紋岩質メルトの飽和含水量は約5重量%H2Oですが,500気圧では約2.5%,1気圧では約0.1%になります.メルトの飽和含水量にはこのような圧力依存性があるために,地下深くで溶けていたマグマ水は噴火時の減圧によって過飽和となり,メルトからぬけ出てしまいます.だから噴火前のメルトの含水量は簡単には求まりません.マグマが冷却して火山岩になると,もとメルトだった部分はガラスに変化したり,あるいは火山岩の「石基」とよばれる部分に変化します.火山岩の石基の(あるいはガラスの)含有量は,だいたい50%から100%です.メルト中のマグマ水の量を上と同様に求めてやると,メルトの含水量(0.05)にそれが占める量(0.5〜1)を掛けることにより,2〜5重量%H2O程度になります(2000気圧のとき上限です).
水溶液として存在するであろうマグマ水の分量見積りは,更に困難です.というのは,マグマに含まれている気泡の分量の見積りが困難だからです.メルトの場合には,飽和含水量が上限を与えてくれました.身近な例として,泡だてた石鹸水がどれだけの量の気泡を含みうるか考えてみてください.石鹸水はかなり広い範囲の気泡分量を持つことができます.下限はゼロで,上限は99%以上(体積)です.泡立ったマグマの気泡分量も,もしかすると99%(体積)以上かもしれませんが,7割ぐらいを上限としましょう.気泡の直径がみな等しいとき,隣り合う気泡の距離がゼロとなる理論値が74%(体積)だそうです.火山岩には気泡が含まれることがありますが,噴火中にはマグマが変形しながら脱ガスすると思われるため,噴火前の気泡量を保持することは有り難いでしょう.水溶液としてのマグマ水の量を上と同様に求めると,水溶液の含水量(1)にそれが占める量(0〜0.7)と比重(0.4)を掛けることにより,0〜30重量%H2Oとなります.このように,気泡として含まれるマグマ水の分量を見積ることは困難なうえに,非常に多量である可能性もあるため,やっかいです.
さて噴火の際には,マグマ水の大半を占める「硅酸塩溶融体中の水」と「過飽和となった水」の大半が,マグマの外に抜けてしまいます(脱ガス).そのため,岩石試料を単に丸ごと化学分析しても,噴火前のマグマの揮発性成分濃度は得られません.これまで様々な手法が試みられてきました.おおまかに分類すると:
- 揮発成分以外の事象の観察から,間接的に,噴火前の含水量を求める方法
- マグマ中の化学的挙動は水に似るが,噴火の際に揮発しにくい性質の元素の分析から,間接的に噴火前の揮発性成分量を求める方法
- 火山岩の微細な構造の中に,噴火の際にも水が抜けにくい部分をみつけ,この含水量を直接分析する方法
- フッソの含有量との相関を利用 例: Aoki(1981)
- 噴出物(ガラス質)の全岩含水量と水素同位体比の分別を利用 例: Taylor(1984)
- 含水高温高圧実験で晶出する鉱物と,天然の火山岩にみられる斑晶鉱物組み合わせを利用.例: Sakuyama(1978)
- Opx-Plに飽和したメルトの組成を利用.例: Sekine(1979)
- リキダス温度・メルト組成・含水量の関係を利用 例: LSGダイヤグラム
- 斑晶ガラス包有物の分析 例: Saito(1989)
- 実験により高温高圧下での結晶やメルトの種類や化学組成と含水量の関係を求めておき,実際の火山岩にみられる斑晶の種類や化学組成を比べることにより,
斑晶ガラス包有物(Melt Inclusion in Phenocryst; MI)は,噴火前のマグマ中において,結晶成長時に斑晶の中にとり残されたメルトです.
- FTIR
- SIMS
様々な物理化学条件におけるマグマの飽和含水量
過飽和となったマグマの発泡条件
実際の噴火におけるマグマの破砕
外来水とマグマの反応
そもそもマグマ水の起源は?
何がどう分かったか
量
起源
脱ガスメカニズム
- 気泡の生成と成長
- 気泡から系外へのガス移動
- 拡散・透気率
火山ガスとの関係