インターネットユーザの増大や,情報システムの小型化などの要因によって 知識情報処理の適用領域が拡大している.これにともなって初心者から熟練 者まで幅広い様々なタイプのユーザに柔軟に対応したり,特定の固定した環 境だけではなく,オフィスの中,屋外,自動車の中など様々な状況にしたが って適切に処理を行うことが期待されてきている. つまり事前に仮定したり完全に観測することができない不確実性 を持つ対象を扱うことがますます重要になってきている. 例えば,ユーザの入力や観測結果が完全でない場合,すなわち入力情報だけではシステムの 動作が一意に決められない場合には,不完全な入力において実行可能なアクションの 中からもっとも適切な動作を選択することになる.これを行うためには不完全な部分を補い 予測するためのモデルを構築することが重要である.またシステムとユーザが対話的に動作 するタスクの場合には,ユーザの心的な内部状態や状態変化の仕方といった要因が状況や 文脈の決定に大きな影響を与える.したがってシステムは直接観測結果を得ることが容易 でないユーザの意図や満足度といった対象に関してもモデル化する必要性が高まっている.
こうした要請に対してネットワーク構造を使って問題対象を記述し,観測された事象 から知りたい対象を予測する計算モデル,確率ネットワークが注目をあびてきている. また最近ではこれを実際に知識情報処理に応用する例も増えてきている.本稿では, 確率ネットワークに関するこれまでの研究の紹介として,代表的な確率ネットワーク であるベイジアンネットとその計算アルゴリズム,事例からの学習法,そして知識情報 処理への応用例などを概観する. 無向グラフのリンクが変数間の相関関係を表すのに対し,有向グラフの順序付きのリンク は因果的な関係を表すため,有向グラフで構成されるベイジアンネットは歴史的にも エキスパートシステムとの関連が強い. 確率理論に基づく厳密な確率計算が容易でなかった時代には初期のエキスパート システムMYCINで使用された確信度表現,ファジィ理論などの比較的簡単な計算で 不確実性を扱える手法がよく用いられたが,最近ではコンピューターの計算能力の 向上を背景にして,数学的な確率理論に基づいた確率計算を効率的に実行し,尤度 や期待値を得ることが十分可能になっている.ベイジアンネットワークの出力は該当 する変数についての確率分布であり,確定できない変数の期待値や事後確率最大値, エントロピー,相互情報量などを求めることができる.こうした確率論に裏付けられた 計算結果を利用することで,期待効用の最大化や,情報量最大化など,不確実な状況における システムの合理的1な 動作を保証する基盤を与えることが可能となる. こうした背景から近年では不確定性を扱う有力な計算ツールとして応用例も増え [Haddawy 99],また人工知能,統計,機械学習,ニューラルネット,情報理論など 多くの分野で国際的な広がりも見せている.