石塚吉浩 Yoshihiro Ishizuka GSJ/AIST 更新2002年3月5日
利尻火山の噴火史
Eruptive History of Rishiri Volcano
 利尻火山は白亜紀と新第三紀中新世からなる基盤岩上に形成されました(図1).これら基盤岩類は,利尻火山活動以前に比較的平坦な島(古利尻島)を形成していたと考えられています.古利尻島の一部は,利尻島北側の海岸壁で観察できます.

利尻火山の基底面積は,噴出物が現在の海面下80mまで分布することから(海上保安庁水路部,1982;1991),利尻島の面積(18×16km)より広い23×18kmです.

火山体の総体積は55km3,北海道北部にまで達した火山灰を含めると利尻火山の総噴出量は62km3と見積もられています.

 利尻火山の活動は20万年前(少なくとも13万年前)以降に開始し,数千年前に終息しました.これら活動は大きく初期,最盛期,末期に分けらることができます(図1,図2).

 利尻火山の初期活動では,安山岩の成層火山体とデイサイト質の溶岩ドーム群を形成しました.この活動期に降下したテフラは,サロベツ原野にも分布し,利尻アチャルテフラと呼ばれています(図3).初期の成層火山体は,利尻島の浸食谷の最深部でのみ観察することができます.例えば,最も浸食の進んだ利尻島西側の浸食谷では,標高900mから1,200mが初期火山体の内部です.これら初期成層火山体は,露出こそ少ないですが,断面図(図1)で見ると分かるように,利尻火山の総体積のほぼ3分の1を占めています.現在浸食によって観察できる初期成層火山体の最下部溶岩から,約7万年前のK-Ar年代値が得られました.更に,初期活動では,少なくとも7箇所から溶岩ドームの形成が起こり,それら大部分は利尻島の北山麓に点在していまが,これら溶岩ドームからは約13万年前,約8万年前の年代値が得られています.従って,利尻火山の初期活動は少なくとも13万年前には開始し,7万年前頃には比較的大きな火山体を形成していたと考えることができます.

 約4万年前に入り,初期火山体を覆って,新たな安山岩〜デイサイト成層火山体が形成されました.長官山火山体や主火山体です.この時期には同時期に玄武岩溶岩流(豊漁沢川溶岩や沓形溶岩)も広範囲に流下させました.成層火山体は初期火山体に比べ,比較的厚い溶岩(5m~40m)が卓越しています.この時期の主要な火道は火山原斜面と噴出物の走行傾斜から判断すると,現山頂より500m程南側の標高1,800m付近だったと推定できます.これら4万年前頃の活動が,短期間に多量のマグマが噴出したことで特徴づけられることから,最盛期と呼んでいます.

初期火山体の断面(大空沢)
最盛期の火山体断面(大空沢)
 引き続き,最低でも14箇所の噴出中心から玄武岩とデイサイト・流紋岩からなる側噴火活動期へ移行しました.この時期の噴出物は,利尻島やサロベツ原野で広域テフラ支笏第一降下軽石層(約4万年前 )の直上に認められます.従って約4万年前以降の活動と考えることができます.山頂からは約2万8千年前に玄武岩の溶岩流を北東海底まで流下させ(野塚溶岩流),同時に利尻火山で唯一の流紋岩質軽石も噴出させました.山頂に露出するローソク岩はこの時の火道と考えれられています.サロベツ原野にはデイサイト質の利尻ワンコの沢テフラや,玄武岩質の利尻豊徳テフラも厚く堆積させました(図3).その後の噴火は南東山麓に移動し,玄武岩マグマによる割れ目噴火,ストロンボリ式噴火,マグマ水蒸気爆発を行って,数千年前にその活動を終息させました.この約4万年前から数千年前にかけて起こった利尻火山最後の活動を末期活動と呼んでいます.
支笏第一降下火山灰層
流紋岩質軽石
マグマ水蒸気爆発堆積物(オタドマリ沼)
図1,利尻火山の地質概略図と断面図拡大図
図2,利尻火山の層序図拡大図
図3,北海道北部に分布するテフラの模式柱状図(Miura, 1995)拡大図
利尻火山の噴出中心と噴出率

利尻火山に関する文献一覧

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