このモデルは Rose ら[75] によって階層的クラスタリングの統計物理モ デルとして導入されたものであるが,これを Radial Basis Boltzmann Machine (RBBM) と呼ぶことにする. RBBM はもともと Kappen[44,45,61] が,2 値出力の確率的動作を 行うニュ−ラルネットワークモデルであるボルツマンマシンを連続値も扱える ように拡張するものとして提案した. 式 (4.1) のモデルはそ の特殊な場合として定義されるが,本論文ではこのモデルのみを扱うので RBBM といえば式 (4.1) のモデルを指すことにする.
3.3 で述べたように,混合分布には冗長性や特異 性がある. RBBM では,クラス事前分布を定数におくことによって,クラス事 前分布に関する冗長性を排除する. また,分散を制御パラメータとして固定し て考えることにより,尤度が無限大になるという無意味な局所解をなくすよう にしている. 更に RBBM では分散共分散行列の等方性を仮定しているが,こ れは主に解析の簡単さのためであり,定性的には一般の分散共分散行列につ いても同様の性質が成り立っていると考える.
さて, を変化させたときの最尤解の振舞いの例を図4.1 に示す. 最尤解を求めるのには EM アルゴリズムを用いた(したがって部分的には 局所最適解に収束している可能性がある). 訓練サンプルは 1 次元上の二つの分布, からそれぞれ 1/2 の等確率で 100 個生 成した. ここで, は 上の一様分布,は平均 ,分散 の正規分布を表す. 混合分布の要素数は とした.
図からもわかるように,RBBM モデルは を制御パラメータとする 階層的クラスタリングと同様の構造が現われる. 小さな では最尤解は を満た しており,全体が一つのクラスタとなっている. を次第に大きくして 行くと,ある でそのクラスタは相転移を起こし,いくつかの部分 に分岐する. を更に大きい値にしていくと分岐が再帰的に起きる. 従っ て,正規分布の要素数は温度を調節することによって制御できる. つまり,要素分布の総数は であるにもかかわらず,実際には の 値に応じて,より少ない数の要素分布が使われることになる. 以上の理由から,以下の議論では は十分大きいとしてよい. すると結局,このモデルでは複雑度は のみに依存して制御される.
次の節に進む前に,RBBM モデルの背景について少し補足しておく. 先にも書いた通り,このモデルはクラスタリングの統計物理モデルとして, またボルツマンマシンの拡張として提案されたものであり,いずれにしても 統計物理的な背景を持つ. もともと 1980 年頃からニュ−ラルネットワーク の研究が盛んになったときに,Hopfield がスピングラスモデルとニュ−ラル ネットワークとの類似性を指摘し,その後 Geman and Geman が Ising モデルに 基づいた画像モデルを提案して画像修復に適用したり, 最近では符号化の問題との関連も研究されるなど, 統計物理と情報処理の分野の距離が急速に縮まっていった[81,62]. これらのモデルは,エネルギー関数の平衡状態を複数持ち,温度や秩序パラメータの 変化によって相転移を起こすなど,統計力学的にも興味深い現象を示す. 最尤推定の局所最適解が複数あり,それが温度を調節することにより 相転移を起こす RBBM モデルも,まさにそのような流れで生まれて来たものである.