筆者は最近ではロボット分野よりも,もっぱらものづくりの分野,特に塑性加工分野を中心に活動している.そう聞くとロボット分野とは全く異質な世界のように思われるかも知れないが,そこではロボット技術,あるいはロボット的な技術が思ったよりも盛んに利用されている.本稿では筆者が見聞した塑性加工分野のロボット技術例を紹介し,それを踏まえて製造業におけるロボット技術の研究開発に関するいくつかの問題提起を行いたい.ロボット学が築いてきた技術や人材を製造業の現場に活かすことで社会貢献するためにはどうすればよいか,という観点で,主に大学や研究機関に向けた意見である.
日本ロボット学会が発足してすでに30年以上が経ち,その間に膨大なロボット技術の蓄積が行われてきた.またその間に何度もロボットブームの波が来ては去り,去った後には開発されたロボット技術が十分利用されていない,次世代ロボット産業が現実のものとなっていないという批判がつきまとった.ロボット技術が世の中で役に立つためのキーは製造業分野にある,というのが筆者のかねてからの持論だが,そのためにはどうすればよいか.新たにシーズ技術開発を行うというより,ロボット学の現有資産(すでに蓄積された豊富な技術・人材)を有効活用する,という立場でこれを考えてみたい.
まず塑性加工分野におけるロボット(的な)技術の利用例を紹介しよう.産業用ロボットのうちにプレス取出しロボットなどがあるが,そうした付随的な作業ではなく本質的な加工工程にロボット技術が関与している例である.筆者自身が現在研究しているのはスピニング加工という技術である.これは回転する金属素材にローラを押し付けて,ろくろのように目標の形に変形させる手法である.従来のスピニング加工は断面が円形の製品のみが対象だったが,ローラの駆動に力制御などロボット技術を導入することで,楕円形や多角形などの異形形状の成形を実現した.
スピニング加工とよく似た技術に板材の逐次成形(インクリメンタルフォーミング)がある.直交座標系で運動制御された棒状工具で金属板を押して変形させ,金型を使わずに立体形状を創生する手法である.この技術は1990年代に日本で考案された.棒状工具の駆動には通常NCフライス盤のような直動機構が用いられるが,産業用ロボットやパラレルリンク機構が使われる場合もある.本手法による加工装置は潟Aミノというプレス機械メーカーが製品化しており,海外においても盛んに研究されている.
金属パイプを曲げる作業にもロボット技術が使われる.パイプを曲げたい曲率や方向に基づいて運動学計算を行い,パイプを通す口金を数値制御しながら直動機構でパイプを押し出すことで,自在な形状にパイプを曲げることができる.こうした原理のCNCパイプベンダーは電気通信大学で考案され,日進精機鰍ェ製造販売している.また葛e池製作所は口金の駆動を6軸パラレルリンク機構で行う成形機を製品化した.一方,ロボットアーム先端にパイプ曲げ用のエンドエフェクタを装着し,ハンドリングと曲げを同時に行うタイプのロボットベンダーも潟Iプトンから発売されている.
また,典型的な塑性加工の一つにプレス加工がある.金型を上下して,間に挟んだ金属板などの素材を立体的な形状に成形したり,所定の形に打ち抜いたりする技術である.このジャンルでも近年「サーボプレス」と称してプレス機械の知能化が進んでいる.従来のプレス機械はリンク機構や油圧シリンダーでメカニカルに金型を駆動していたが,サーボプレスではサーボモータを使って金型の上下動を精密に数値制御する.多軸協調制御を行い,リニアスケールのフィードバックで金型の下死点や平行度を高精度に制御する.あるいは加減速曲線を調整することにより加工時の騒音低減や複合加工を行い,さらには力フィードバック制御で金型を押し付ける力を制御する場合もある.内容的にはまさしくロボットと呼んでもよい多様な制御を駆使している.サーボプレスも1990年代に日本で発祥した技術で,塑性加工分野では産学を挙げてこれを利用したプレス加工の高度化に取り組んできた.世界的にも従来プレスからサーボプレスへの置き換えは急速に進みつつある.
このように塑性加工分野のロボット技術は,塑性加工分野の研究者がロボット分野のコミュニティの手を借りずに独自に研究開発を行ってきた.しかも単なる研究で終わらず産学連携により製品化まで進んだものも多い.ロボット分野の研究者は,日本国内で立ち上がった技術であっても,そういう技術動向があることにさえ気づかなかった.ロボット分野にとっては社会貢献のチャンスを見逃し,取りこぼしてきたと言える.
こうしたロボット分野の取りこぼしは塑性加工に限らず製造業分野では少なからず見られる.現在進行形で今まさに取りこぼしつつある,本質的にはロボット技術なのにロボット研究者が出遅れている分野として,3Dプリンタがある.プリンタという名前には騙されがちで,ロボット分野ではせいぜいユーザーとしての視点からしか3Dプリンタを見ていない.しかし素材を積層して形状を作る上で精度や加工時間の鍵となるのはエンドエフェクタの運動制御であり,実質はマニピュレーション技術である.したがってロボット技術の成果を適用できる可能性は大きいと言える.金属粉末の焼結による金属製品の3Dプリンタを金属積層造形と呼ぶ.その中でも金属粉末を不活性ガスで吹き付けながら焼結する指向性エネルギー堆積法は,溶接ロボットとも技術的に近い.素材がプラスチックであれ金属であれ,3Dプリンタはいまだ発展途上の技術であり,実用上の問題点は山積している.それらの解決にロボット技術が寄与できる余地は大きいのである.
上記のようないくつかの例に基づき,製造業分野でのロボット技術の研究開発について,大学や研究機関へ向けて次の三つの提言を行いたい.
* 製造業におけるロボットの概念を産業用ロボットの枠を超えて拡大する
* ものづくりの付加価値の核心部分となる作業にロボット技術を導入する
* エンドエフェクタの先で起こる物理現象に注目する
前章で述べたような製造業分野での取りこぼしを減らし,本来ロボット技術の蓄積が役に立つことができる場面ではきちんと役に立つようにしたい,というのが基本的な観点である.
製造業分野におけるロボット技術は,産業用ロボットだけではない.ロボット研究者は,製造業でのロボット学の守備範囲は産業用ロボットと周辺機器までであると考えがちだが,それだけでは製造業は回ってゆかない.実際には図1上で言うと産業用ロボットの枠の外側では,工作機械,鍛圧機械,射出成型機,3Dプリンタ等の様々なロボット的なシステムが活躍し,むしろ製造業の主役はこちらである.前章で挙げた例はほとんどが枠の外側に位置する.
ところがロボット研究者には心理的な障壁があり,枠の内側しか目に入らないために,取りこぼしが生じていると言える.しかし枠の外側の種々の装置は技術的には産業用ロボットに非常に近い.構成要素はほぼ共通しており,産業用ロボットがロボットであるならば,これらもロボットと呼んで差し支えないはずである.そこでロボット研究者に頭の中のリミッターを外して貰って,これら全体をロボット学の研究対象にするということを想像してみたい(図1下).工作機械は切削・研削ロボット,鍛圧機械は金属成形ロボット,射出成型機は樹脂成型ロボット,3Dプリンタは積層造形ロボット等々とみなすということである.
現在,産業用ロボットの年間受注額は約6000億円で,数年内にそれを2倍に伸ばすのが政府の目標と言われる.しかし枠の外側の拡大された製造業ロボットは,合計すれば数兆円以上の市場規模をすでに持っている.現在これらが製造業の現場で稼働している,ということは新たな技術課題が日々生まれ続けていることを意味する.こうした技術課題の解決のためにロボット学で培った技術を波及し,さらには多彩なセンシング機能,認識・学習能力や人工知能を取り込んでこれらの自律化を推し進めることができれば,産業用ロボットにとどまらず製造業全体にわたるインパクトが生じ,生産性の向上など大きな経済効果がもたらされると期待できる.
何もこれは目新しいことを言っているわけではない.ロボット概念の拡大は,「ロボットからRTへ」というスローガンとして,我が国における最近十数年のロボット研究開発戦略の基調だったと言える.その起点となった「21世紀におけるロボット社会創造のための技術戦略調査報告書」(日本ロボット工業会,2001)では,ロボットから形の拘束をはずし,ロボットを「ロボット技術を活用した,実世界に働きかける機能を持つ知能化システム」として広くとらえることで,もっと多彩多様なロボット技術の発展形態と産業応用が考えられるようになる,と述べている.このコンセプトは,サービス,生活支援,医療,福祉,インフラ整備など非製造業分野の次世代ロボットに浸透した.また自動車や情報家電をRT組込製品として扱うことも主張されている.しかし非製造業分野のみでは片手落ちであって,製造業分野のロボット概念にもそれを適用すべきである,という点だけが本稿の主張である.
近年はロボットを専門とする学科やコースを持つ大学が全国で増加している.しかし卒業者数と比べてロボットを扱う企業が少なくて採用枠が狭いため,そのままロボットに関わる職業に進める学生はそれほど多くない.人材の育成と有効利用という見地から言えば,拡大した製造業ロボットを扱うための知識は,そうしたロボット関連学科のカリキュラムとほぼ過不足なく適合していると言える.すなわちこうした分野は,狭い意味でのロボット産業から溢れたロボット系人材の受け皿として有望である.市場規模の大きさから言って,実際これまでも多くの学生がロボット系の学科からこの分野の企業に就職してきたと推測される.したがって大学の側でも拡大した製造業ロボットを研究テーマとして採用すれば,より実戦的な職業訓練の場を学生に提供できるのではないだろうか.
非常に単純化したラフな議論ではあるが,工場の作業は付加価値となる作業とコストになる作業に分けられると思う.図2のような,ロボットによる一連の作業を考えてみよう.ロボットAはベルトコンベアで流れてくる素材を取り上げてロボットBに装填する.ロボットBは図1で言えば拡大された製造業ロボットであって,素材を加工して部品にする.ロボットCはロボットBから部品を取り出してパレットに並べる.
そうすると,ロボットA,Cは右から左にモノを移すだけでモノ自体は変化しない.つまりこの場面では運ばれるモノの値段は変わらず,価値は上がらない.ロボットの購入代金,保守料,電気料は全てコストとなり,最終製品の価格に上乗せされる.
図2の作業での付加価値はロボットBで生じる.付加価値が発生するということは,製品競争力の源泉となることを意味する.作業の結果に対する要求事項は,精度の向上,軽量化,複雑化など次から次へと高度化,多様化してゆく.差別化のために企業独自のノウハウを開発してブラックボックス化する場合も多い.ものづくりの企業としてはこの部分に社運がかかっているとも言えるわけであって,設備投資や研究投資の意欲も一般に強い.
一方でロボットAやCの作業,コストのみの作業では,要求は安く/速くの2つの評価軸だけに集約されることになる.作業に独自性がないため代替手段への置き換えが容易である.したがって厳しい価格競争にさらされ,近い将来には海外の廉価なロボット製品に対抗する必要も生じる.ロボット自体は節減の対象となり,たとえばロボットAとロボットCの作業を1台のロボットでまかなえないか,というような話も出てくる.
さてここで,ロボット分野の研究者が産学連携を志向するとき,企業のスポンサーを見つけて研究成果を社会に役立てるには,どちらのタイプのロボットをターゲットとするのが有利であろうか.またセンサなどに最新の高機能デバイスを用いて,結果的にロボットの価格が高くなったときに,採算を取ることが可能なのはどちらのタイプだろうか.これらの点でロボットBを狙う方が有利であることは議論の余地がないだろう(A,Cのようなロボットが安価な労働力として豊富に供給されることが製造業全体の活性化に有益であることは否定できないとしても).前章で挙げた塑性加工分野のロボットに産学連携による実用化例が多いのも,こうした理由によると思われる.
高い付加価値を生み出す作業とは,端的に言えば「ものの形状・性質を変える」作業である.従来の産業用ロボットでは溶接,塗装,研磨,精密組立などがこうした作業に相当する.しかし狭義の産業用ロボットでは機構上の問題点もあって,作業の種類を積極的に増やすことはあまり行われてこなかった.ロボットが担う,ものづくりの核心的な作業のバリエーションを,切削,研削,切断,成形,変形,接合,造形,注型,…とさらに増やしてゆくことが,図1に描いた製造業ロボットの拡大にほかならない.
ロボットの仕事は手首までで終わりではない.エンドエフェクタの先の,ワークへの作用こそが重要である.なぜならば付加価値が発生するのはまさにその点だからである.ユーザーの立場からすれば,たとえば「加工ロボット」より「ロボット加工」が重要である.主役はロボットではなくて機能である.
筆者が取り組んでいるスピニング加工では,当初はロボット制御技術の加工への適用ということに研究の主眼を置いていた.しかし研究が進み実用段階が近付くにつれ,加工対象の材料特性の知識などが不可欠となっていった.このような展開について,大学などの場合は,学科の縦割りによって生じる専門性のハードルの問題を危惧される向きもあるかも知れない.ロボット関連学科のカリキュラムを超えて,異分野の専門知識を要求される研究テーマは,敬遠される傾向にあると言える.産業用ロボットのうちでも,溶接ロボットの研究が大学ではほとんど見られない(日本ロボット学会誌で溶接ロボットに関する論文は創刊以来で3件しかない)のも,こうした心理が背景となっていると推測される.
しかし,筆者の経験からすれば,こうした心配は杞憂であり,一種の食わず嫌いと言って良いかも知れない.スピニング加工については,ここ数年来,筑波大学との連携大学院制度で大学院生を指導しているが,ロボット分野と塑性加工分野をまたいだ研究を行うことが指導上の支障となったことは皆無である.大学教員にとって最も気になる点をありていに言うと,二つの分野の学会を注意して使い分ければ,学術論文はむしろ書きやすく通りやすい.ロボット分野の学会では競合する類似研究がほとんどないため,さほど苦労せずにオリジナルの研究テーマが見出せる.ロボット研究としての位置づけに説得力を持たせることが唯一の注意点である.一方,塑性加工関連の学会でも,分野プロパーの研究者には見られない発想の研究であり,運動制御技術を基本的スキルとして押さえていることが独自の強みとなって高い評価を得ている.ただし,研究が深まるにつれて「エンドエフェクタの先」の現象を扱うことが多くなり,研究をアピールしたいユーザー層も考慮して,後者の学会での発表の比重が大きくなりつつある.
このように,食わず嫌いせずに異分野に飛び込めば新たな局面が開けるということは製造業分野に限った話ではなく,たとえば医療分野のロボットも同様であったと思われる.また研究フェーズの進行に伴って,内容がロボット分野から離れてゆく傾向にある点も共通であろう.
最近,産業界で求められている人材のタイプとして,π(パイ)型人材ということが言われる.2つの専門分野と幅広い知識をちょうどπの字のように併せ持つ人材という意味である.製造業ロボットにも図3のようにπ型人材の育成が望ましい.ロボット系人材も,最初はロボット学基礎を足場としてシステム構築を行い,研究しながらものづくりコア技術の知識を育てることで,π型となりうる.2つの専門分野を持つことで,各分野内のみにとどまる研究者では得られない発想が可能となり,双方の分野への新たな貢献をもたらすだろう.
経済産業省主催による2014年の第6回ロボット大賞は,富士機械製造鰍フ電子部品実装機NXTVが受賞した.これも電子産業における付加価値の核心部分を担う,拡大した製造業ロボットの一つと言える.製造業分野においてロボット概念が産業用ロボットの枠を超えて広がる機運を示すものとして喜ばしく思う.2015年1月にロボット革命実現会議から発表された「ロボット新戦略」では,ものづくり分野のロボットの市場拡大にも中期的な数値目標が設定された.付加価値の低い軽作業用の産業用ロボットを主に想定している点ではやや物足りないものの,長年ロボット関連政策をウォッチしてきて,陽の当たることが少なかった製造業分野にこれだけの比重が置かれるようになったのは画期的なことと感じる.
他の人と同じような仕事ばかりしていても仕方が無いのが研究者という職業だと思う.筆者から見れば,製造業の現場にはロボット学にとっては未踏の新領域が広がっていて,尖った仕事をして一旗揚げるチャンスがいくらでもある.この挑戦的な分野にこれから新たに乗り出す野心的なロボット研究者にとって,本稿が何らかのヒントとなれば幸いである.