協調型パワーアシスト

はじめに

 建設,流通,家庭,オフィスなどにおいて,ロボットにより人の作業を手助けする方法の開発が注目されている.こうしたシステムの一つとして,パワーアシストの研究を進めてきた.その代表的な一例は,人間が加えた操作力をロボットに装着された力センサで検知し,その操作力をロボットが増幅して重量物の運搬等を補助するシステムである.

 我々の日常生活で物体を運ぶ作業を補助する方法としては,この種の「手を添えて」力作業を補助するタイプの他に,例えば,物体の一部をそれぞれが持ち,互いに協調して運搬する方法も考えられる.長尺物や大きな物体を扱う際に,運搬対象が必ずしも重量物でなくても一ヶ所で支えて運ぶのは難しい場合がある.長い棒は,一人で中央付近を持って操作するよりも,二人で両端を持つ方が扱いやすい.実際に長尺物などは,二人以上の人間で負荷を分担して運ぶことが多い.このような際の補助者をロボットで代替し,人間とロボットが互いに離れた複数の点で物体を把持して運搬する方法が実現できれば有用である.

 そこで,人間同士が協調して物体を運搬するようなタイプの作業補助を「協調型パワーアシスト」と呼び,それをロボットで実現するシステムの研究を進めている.例えば,下図に示すように,ロボットが,人が持つ場所とは異なる物体の一端を持ち,人が移動させたい方向に物体を協調運搬することを考える.

 協調型パワーアシストの制御上の問題点は,操作者が物体を直接持って力を加えるため,ロボットが対象物に加える力と人間の操作力をそれぞれ別々に計測できないことである.このため,人間の操作力を増幅する従来の手法をそのまま協調型パワーアシストに適用することは不可能である.

 また,できるだけ簡潔なシステム構成による協調運搬を実現するために,ロボットアーム先端の力センサおよびアーム関節角の情報のみを用いて制御則を構築することを考えている.したがって,人間の意図の理解や作業計画のための知能的な処理を避け,また画像処理や音声認識などのための複雑なシステムを必要とする視覚情報や聴覚情報は利用しない.人間と同等な自律性を持たせることよりも,人間が単純な道具として使いこなせるアシストロボットの開発を目指している.

鉛直平面内における協調運搬

 まず,鉛直平面内における長尺物の昇降および水平長手方向の運搬を作業対象とする.人間同士が助け合って物体を運ぶ場合,対象物の質量・寸法や相手の人間が加えている力を正確に知らなくても相手を補助できる.この協調の仕組みをロボットの制御に応用するために,鉛直平面内で人間同士が協調運搬を行っているときの挙動を解析した.

 具体的には,二人の人間が一つの物体の両端を把持して鉛直平面内で持ち上げ,物体長手方向に運ぶ際の運動および力を測定する.得られた結果から人間がどのようなルールで動いているのかを解析し,それをもとにロボットの制御則を決定する.

 下図に実験システムを示す.二名の被験者のうち,操作者に相当する側(マスタ)は,ディスプレイに提示される目標位置に対して追従動作を行う.ロボットに相当する側(スレーブ)は,目隠しした状態で手先の力感覚のみをたよりにマスタの運搬作業を助ける.

 次に,この実験の結果から抽出された人間の協調挙動モデルに基づき,ロボットアーム先端の水平・鉛直方向並進および回転の3自由度の運動に関してそれぞれ制御則を構築した.ロボットアームは先端に加わる力を計測する力センサを備えるとする.

 水平方向の協調運搬におけるスレーブの挙動は,慣性と粘性摩擦からなるインピーダンス特性で表現できる.そこで,ロボットアームの水平運動に関してもインピーダンス制御を適用する.すなわち,アームに加わる力の水平成分に対して,あたかもアームがある仮想的な慣性・粘性摩擦をもつような運動を発生する.

 鉛直方向に関するスレーブの協調挙動は,対象物の傾きにほぼ比例する鉛直方向の手先速度を発生するものとなった.対象物のマスタ側が上下すると対象物はいったん傾くが,その傾きを減少させるようにスレーブはマスタと同じ向きに手先を動かす.この結果,対象物は水平を保ったままマスタの動きに追従する.そこでロボットの制御則として,対象物の傾き角に比例する鉛直方向の並進速度をアーム先端に与える.

 また,回転運動については,人間は対象物の把持点にトルクを加えず,自由に回転する状態としている.この場合もインピーダンス制御を用い,目標慣性モーメントと目標粘性摩擦を十分小さくして,わずかな力を加えただけでロボット手首部が自由に回るようにする.

 以上の制御則は対象物の質量・寸法などがわからなくても適用できる.また,把持点を自由回転としているため,対象物の重力負荷は重心からの距離に反比例して分配される.均一な質量分布をもつ長尺物の場合,重力負荷の半分がロボットによって軽減される.下図左に実験の様子,右に物体を持ち上げる際の運動を示す.

水平面内における協調運搬

 次に,水平面内における対象物の位置・姿勢の操作に注目した.この手法を前節の手法と組み合わせることで三次元空間内の運搬作業が可能となる.

 人間とロボットによる長尺物の協調運搬の手法としては,ロボットの手先に仮想的な慣性・粘性摩擦を設定し,人間が加えた力に対象物を倣わせるという方法がある.しかし,長尺物の一端には大きなトルクを加えにくいため,この方法では回転を含む動作で法線方向の横滑りが生じ,操作が難しくなる.

 一輪運搬車(いわゆるネコ車),リアカー,ショッピングカート,ベビーカー等の受動的な車輪を持つ台車に物体を載せて運ぶ作業は,人間が日常的にしばしば経験する.これらの例では,台車が運動可能な方向は車輪の方向によって制限される.すなわち,車輪と平行には台車を前後に動かせるが,垂直には車輪をスリップさせない限り動かせない.このような性質の運動制限を非ホロノミック拘束と呼ぶ.こうした運動制限にかかわらず,適切な軌道に沿って台車を押せば最終的に任意の目標位置・姿勢に持って行くことができる.この性質は数学的にも証明されている.また,人間は日常の経験からそれを実現する技能を一般に有していると言える.

 そこで,人間とロボットの協調運搬においても,対象物が台車と同様にふるまうようにすれば,人間は対象物の挙動を直感的に把握できるため,容易に目標の位置・姿勢まで対象物を運べると考えられる.そのためには対象物がロボット把持点で仮想的な車輪に支えられているような運動制限(仮想非ホロノミック拘束)を与えればよい(下図).すなわち,把持点で発生可能な並進速度ベクトルを長手方向のみに限定する.

 この手法により,対象物の横滑りが生じないため,手押し台車を扱う感覚で直感的に操作が行なえる.また対象物にトルクを加える必要がなくなり,並進力のみを扱えばよい.このため対象物には大きな曲げ応力がはたらかない.

 こうした挙動を実現するために,ロボットアーム先端の力センサで計測した力を,対象物の長手方向・法線方向の並進力成分および把持点まわりのトルク成分に分解する.長手方向の力とトルクに対してはそれぞれの方向にロボットを抵抗なく運動させる.一方でロボットの法線方向の運動は抑制する.

 これにより物体の把持点は長手方向にのみ並進することができる.また把持点まわりの回転も可能である.さらに,滑らかな曲線軌道に沿って進みながら進行方向を連続的に変えることもできる.物体の挙動はロボット把持点で長手方向を向いた車輪に支えられている場合と同様になる.したがって,人間は台車を押す場合と同じ技能を用いて,目標の位置・姿勢まで物体を運ぶことができる.この方法により人間とロボットが物体を協調運搬する際の運動の一例を下図に示す.

おわりに

 人間とロボットが長尺物の両端を把持して運搬する協調型パワーアシストの基本的な制御手法について紹介した.今後はこれらを統合して三次元空間内の協調運搬を実現するとともに,移動台車上にロボットアームを搭載して作業範囲の拡大をはかる予定である.

(ビデオ1) (ビデオ2)


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