研究のページ
日本列島の基盤岩のほとんどは,海溝にたまった土砂などが陸側に押しつけられて出来た「付加体」(下図)という地質体から成っています. 私は,その付加体を研究対象として,日本列島が過去5.5億年(顕生代)にわたり,どのような過程を経て現在の姿に至ったかを解明する研究をしています.
特に,東北日本の北上山地に分布する根田茂帯の前期石炭紀付加体及び前期三畳紀付加体を対象として,中古生代の島弧海溝系テクトニクスについて研究しています.
詳細な野外調査をベースに地質図を作成し,野外で収集してきたサンプルを実験室で分析します. 室内では岩石鑑定はもちろんのこと,微化石の同定,変形解析,化学分析,砕屑物組成解析,ジルコン年代測定など様々な手法を用いて, 地質体の性状を明らかにしていきます.
一般に,種類や形成過程など,ある同じ特徴を持つ地質体が広範囲にまとまって分布する場合,「○○帯」という 地(質)帯名が付与されます.日本列島には付加体(変成岩も含め)を始めとして,幾つかの地帯があり, 秩父帯,四万十帯,三波川帯などが有名です.
根田茂帯は,岩手県盛岡市から南東に向かい,幅約10 km,長さ約40 kmの狭長な分布を示します.根田茂帯は,全体的に海洋性玄武岩類と泥岩珪長質凝灰岩互層(図a)に富むことを特徴とします.そして,南東部には綱取ユニットが,北東部には滝ノ沢ユニットが分布しています.
根田茂帯の付加体の時代は長らく不明なままでしたが,内野ほか(2005)によって綱取ユニットの泥岩から放散虫化石が発見され(図b)),日本列島において化石年代としては最も古い前期石炭紀の付加体が存在することが判明しました.また,Uchino(2021)による砕屑性ジルコンのU-Pb年代測定の結果,滝ノ沢ユニットが前期三畳紀に形成されたことが分かりました.
根田茂帯は,オルドビス系~ジュラ系までほぼ一連に産する南部北上帯とジュラ紀付加体からなる北部北上帯の間に位置しており,これらの地質帯を包括的に研究していくことは,中古生代におけるアジア東縁域の島弧海溝系テクトニクス(日本列島の形成過程)を明らかにする上で重要です.
a) 根田茂帯に特徴的な泥岩珪長質凝灰岩互層.
これほど多量の珪長質凝灰岩が産するという特徴は,他の付加帯では類をみません.また,南部北上帯の下部石炭系は火山岩に富むので,前期石炭紀には活発な火山活動が島弧側であり,綱取ユニットに関しては,その影響が海溝域にも及んでいると考えられます.
b) 泥岩から見出された放散虫化石(Palaeoscenidium cladophorum).電子顕微鏡写真.
この発見により,根田茂帯の付加年代が初めて明らかになりました.
c) 玄武岩中の藍閃石.Namの一部が藍閃石.
滝ノ沢ユニットの粗粒玄武岩からは,極めて微細ですが藍閃石が見出されました(内野・川村,2010b).本玄武岩は共生する鉱物組み合わせから青色片岩相の緑れん石青色片岩亜相の高圧型変成作用を被ったと考えられます.なお周辺のドレライトからもマグネシオリーベック閃石が見出されいます(内野・川村,2010a).
380Ma低温高圧型変成岩
上述したように,綱取ユニットの玄武岩は一部で緑れん石青色片岩亜相の低温高圧型変成を被っていますが,それとは別に,変形度・再結晶度のより高い苦鉄質片岩とざくろ石泥質片岩(建石片岩類)が,綱取ユニットと滝ノ沢ユニットの境界に産します(内野・川村,2006).両片岩中に含まれるフェンジャイトのAr-Ar年代測定がともに,付加年代よりも有意に古い約380 Maを示すこと(Kawamura et al., 2007)や両片岩が構造ブロックとして産することなどから判断して,北上山地に分布する母体-松ヶ平帯の高圧型変成岩が,後生の断層運動によって根田茂帯中にもたらされたと解釈されます.また,この境界域に産する石英閃緑岩からは約480 Maのジルコン年代が得られており(内野,2022),石英閃緑岩や角閃石斑れい岩も同様の構造ブロックと判断されます.
A:苦鉄質片岩標本の研磨片,B:苦鉄質片岩の薄片写真(直交ポーラー),C:苦鉄質片岩中の藍閃石.内野・川村(2006),内野ほか(2008)より転載.
根田茂帯に取り込まれた建石片岩のテクトニックスキーム 建石片岩類は変成年代的に母体-松ヶ平帯の松ヶ平変成岩類や山上変成岩類に相当する.
特異な礫岩
根田茂帯から高圧型変成岩礫や超苦鉄質岩礫を特徴的に含む礫岩が発見し,礫の堆積学的・岩石学的検討を行いました(Uchino and Kawamura, 2010). 低温高圧型変成岩礫の主要構成礫である含ざくろ石フェンジャイト片岩礫は,フェンジャイトAr-Ar年代 (347-317 Ma:内野ほか,2008a)・ざくろ石組成・鉱物組み合わせから判断して,本変成岩礫は蓮華変成岩や母体-松ヶ平帯の山上変成岩に 相当すると考えられます.超苦鉄質岩(緑泥石岩)礫は,クロムスピネル組成からオルドビス紀 島弧型オフィオライトである宮守-早池峰超苦鉄質岩コンプレックスに相当すると考えられます.島弧(南部北上帯)起源の 火山岩・砕屑岩・深成岩などの礫が亜角礫~超円礫であるのに対し,低温高圧型変成岩礫や超苦鉄質岩礫は角礫~亜角礫を示します.この円磨度の 差は,後者の母岩が堆積場(海溝域)により近い位置に露出していたことを示唆します.このことに加えて,島弧浅海域で堆積した南部北上帯の礫岩には後者の礫がほとんど含まれていないことから,低温高圧型変成岩礫や超苦鉄質岩礫の母岩は海溝に近い前弧域に露出していたと考えられます.
「建石礫岩」.淘汰は非常に悪く,ときに火山岩の大礫が認められます.
(上)含ざくろ石泥質片岩の薄片写真(単ポーラー).フェンジャイト40Ar/39Ar年代は約347-317 Maを示しています.ざくろ石はグロシュラー成分に富むアルマンディンです.
(下)含クロムスピネル緑泥石岩.クロムスピネルは低Ti,低Mg#,高Cr#を示し,前弧域の超苦鉄質岩の特徴を示します.メッシュ組織やバスタイトが確認されることから,もともとは蛇紋岩であったと考えられます.