日本海側の地域において、wet-onlyサンプラーにより採取される降水サンプル中の
nss.SO42-濃度は北東季節風が卓越する冬季に増大するなど、
大陸からの汚染物質の流れ出しの影響を間接的に伺わせる観測例が存在することは
よく知られている。しかし、実際に大気中の汚染物質濃度を漫然と測定してみても、
ベースライン的な濃度以上の物質がいつでも観測されるというものではない。筆者
らは、このような冬季の汚染物質の輸送が、季節風とどのような関係を持ち、どの
ようなメカニズムで生じているのかについて、1991年から1994年の毎冬(1月下旬〜
2月上旬)、東シナ海北部から日本海西部にわたる海域において、航空機や観測船を
用いた集中観測を行い、興味深い現象を捉えることができた。右図に1993年の航空
機(破線)および観測船(実線)による観測経路を示す(1992年もほぼ同様な経路で観測
を実施している)。航空機はCessna-404を、観測船は(財)金属鉱業事業団所有の第二
白嶺丸を使用した。なお、本研究の実施に当たっては(財)地球環境産業技術研究機
構および(財)電力中央研究所の御協力を頂いた。 |
a)「冬型気圧配置初期・パフ状」汚染気塊
地上気圧配置がある特定のパターンで変化するとき、東シナ海北部で特徴的
な幅広の汚染気塊が現れることがある。右図下段に示されるように、1993年1月の観測
航海では、大きくみて三回のSO2のピークが観測された。このなかで注目さ
れるのは、27日未明から早朝、東シナ海の済州島南方約500kmの地点で測定された5ppb
を越すピークである。このとき、●で示されるblack carbon濃度はSO2の
ピークに同期して6.7ugCm-3の最大値を示し、また、図中には示されてい
ないが、nss.SO42-も20ugm-3を超える濃度を示し
ている。この汚染気塊が観測されたのは、右図上段に示されるように、気温が急低下
した直後、風速が急上昇する直前のときである。27日の地上気圧配置は、本州付近が
気圧の谷に入り、九州西方の東シナ海上は弱い冬型であったが、翌日になると関東南
方海上の低気圧が急激に発達して北上し、日本付近が強い冬型気圧配置に入った。
すなわち、冬型気圧配置が形成される直前、大陸上の冷たい気団が東シナ海上の測点
に流れ込んでくると同時に汚染物質濃度が急上昇していたことがわかる。また、下段
に示されるように、オゾン濃度もこれに同期して極大値を示していることが注目され
る。 |
b)「冬型気圧配置安定期・プルーム状」汚染気塊
冬型気圧配置が数日間継続し、日本海西部で10ms-1以上の西〜北西風が続
く際に、対馬から隠岐にかけての海上で複数日間にわたって幅の狭い汚染気塊が観測されるこ
とがある。右図に1993年1月30日に日本海西部〜東シナ海北部で行われた航空機観測により測定
されたSO2濃度を示す。幅の狭いSO2濃度のピーク域が多数見られ、
そのうち最大のものは10ppbの測定レンジを超えていた。また、これは船舶観測でみられた
三番目のSO2ピークと同一のものであり、この現象は少なくとも三日間は連続し
て出現していたことがわかる。 |
c)”古い”気塊,”新しい”気塊 〜蓄積と流れ出しのサイクル
「冬型初期・パフ状」汚染気塊は、SO2濃度に比較してエアロゾル状
nss.SO42-成分濃度が高く、「冬型安定期・プルーム状」汚染気塊
ではSO2濃度が飛び抜けて高い割にはnss.SO42-はさほ
ど上昇せず、Sの〜10%(mol)を占めるに過ぎない。また、前者ではNOは測定限界程度の濃度
しか検出されないが、後者ではppbレベルのNOが存在し、図中に示されるようにO3
の減少も痕跡として残っている。これは、前者が、化学的に"古い"気塊であり、
後者が"新しい"気塊であることを示唆している。「冬型初期」のパターンは、大
陸上の高気圧下で数日間にわたって停滞していたものが、日本の東海上での低気圧の発達に
ともなって一気に海上に流れ出してきたものである。すなわち、地表付近から排出された汚
染物質の蓄積が数日間進行し、その中で化学反応が進行することによって、「濃く、古い」
汚染気塊が形成されたと考えられる。この蓄積と流れ出しのサイクルは、GCM出力の風データ
を用いた解析からKitada(1992)によって指摘されていたものであるが、観測的に捉えられた
ことによって、アジア大陸より太平洋上への汚染物質の輸送の一つのパターンが明らかにさ
れた。 |