ロボティクスにおけるブリコラージュ 〜 研究/技術/教育 〜

荒井 裕彦 (独立行政法人 産業技術総合研究所)

日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会2012 予稿

[ブリコラージュとは何か]

クロード・レヴィ=ストロース (仏,文化人類学) 「野生の思考(1962)」
“bricolage” (仏語) 「器用仕事」 「日曜大工」
… 創造的な思考活動の原初的な一形態

手持ちの道具や材料を工夫して組合せ,自分の手で新たなものを作り上げること

 ・ 「持ち合わせ」 = いま持っている道具や材料で何とかする (⇔ 近代科学:計画に即した道具や材料を用意)
 ・ 「持ち合わせ」の内容構成: 計画と無関係,偶然の結果
 ・ 道具や材料と一種の対話 … 問題に対する可能な解答を並べだして選ぶ (本来の用途と違う使い方も)

「具体の科学」 未開部族による知識体系 … 精緻な秩序 (西欧近代科学とは異なるが,独自の価値を持つ)
  ブリコラージュ: 現代に生きる「具体の科学」の思考形態

[著者自身の経験]

実験室のブリコラージュ
 ・ 装置の残骸から取り出した部品 → 実験装置の組立や改造
 ・ プログラムや制御則等: 過去の研究に由来する,手持ちの素材を改造して流用

アイデアのブリコラージュ
 ・ 研究テーマとは無関係に持ち合わせていた知見を組み合わせる → 新たな手法,研究の中心的なアイデア

関連文献:「ロボット技術を用いたスピニング加工(へら絞り) − 手作りの現場密着型ものづくり −

研究の現場での活動そのもの,創造的行為の根幹に関わる部分 = ブリコラージュにほかならないという実感

[ブリコラージュの事例1: 模型用サーボによるヒューマノイド]

ホビー,教育,研究等の場面で広く普及 … 現在は標準的なロボットの作り方の一つ
当初はラジコン自動車や飛行機用のサーボを流用 = 典型的なブリコラージュ

リモートブレインロボット Apelike(東京大学, 1993) … 模型用サーボによる最初のヒューマノイド
  ・ 研究室用の知能ロボットプラットフォーム … ラジコン模型用の無線制御と計算機の結合
  ・ 特注品ではなく,市販品のレベルで試作でき,交換可能なモジュールでシステムを構成
   → 低価格で入手しやすい様々な市販部品のブリコラージュでロボットを製作

模型用サーボ採用のメリット
  ロボット製作に機械加工や回路設計の高い技能が不要に  → 人間型ロボットの技術的なハードルが一気に下がる
  産業規模の大きな市販製品(ラジコン模型)から部品を流用 → 価格抑制に大きな効果

 ◎ホビーとしての草の根的な広がりを誘引 〈ROBO-ONE第1回大会(2002): ほとんどが模型用サーボ使用〉
  → 企業がロボットキットやロボット用部品の製造販売に乗り出す

   模型用サーボによる廉価版ヒューマノイド
     KHR-1 (近藤科学, 2004) = 12万6千円
   ⇔ カスタマイズ設計された小型ヒューマノイド
     SDR-3X (SONY, 2000) = 乗用車1台分(仮に販売すれば)
     HOAP-1 (富士通, 2001) = 575万円

 ブリコラージュによる発見 「模型用サーボでヒューマノイドが作れる」
              ↓ (重大な技術的意義)
   小型ヒューマノイドが商品ジャンルとして定着,ホビー・教育ロボット産業の成長

[ブリコラージュの事例2: 原発災害対応ロボット]

災害等の緊急事態への対応: 限られた時間,手に届く資源で目前の問題を解決 … 適切なブリコラージュが必須

福島第一原子力発電所事故
 ・ 発生時点では原子力災害に対応可能なロボットは存在しなかった

Quince (千葉工業大学/国際レスキューシステム研究機構/東北大学)
 元来は原子力災害対応用ロボットではない手持ちのレスキューロボットを改造
 現場の知恵: リバースモード,カメラレンズの曇り防止…
「現実の環境に出来るだけ近いところで走らせない限り,全く問題解決はできない」(小柳)

JAEA-2号, JAEA-3号(日本原子力研究開発機構)
 JCO事故(1999)後に作られた原子力災害支援ロボットRESQ-Aを修理改造
 改造には多くの障害: 現場での使用経験がなく,開発にフィードバックされていなかった
  ・ 贅沢な設計…簡単には手に入らない部品
  ・ 本体の設計がギチギチ,パーツを入れ替える余裕が不足,電池すら交換が難しい
  ・ 制御系が海外製部品でブラックボックス同然

災害の現場では人間の想定を越えた事態 → 災害のシナリオを完全に描くことは不可能
特定のシナリオのみに対応したロボットは条件の変化に脆い

 「事故現場は様々で,全てに対応できるロボットを開発するのは非現実的.
複数のプラットフォームとツールを用意しておき,事故現場にあわせて臨機応変に組合せを変えて改造ができる即応性が必要.
入手しやすい国産の汎用部品を用い,特注品はストックを用意」(川妻) 

改造を前提としたロボット設計 + 現場の状況と要請に応じた迅速なブリコラージュ

[ブリコラージュの事例3: ロボット教育とコンストラクショニズム]

教育者側のブリコラージュ (ロボット教材の製作)
  ロボットキットではなく手作り教材を用いる場合
  価格抑制と教育効果の両立 … 身近に手に入るものをロボット教材の材料として利用

学習者側のブリコラージュ (ロボット課題の解決)
  ロボットコンテスト: ロボットの資材に金額や種類の面で限定
  資源の限定 → ロボット作りにおいて学習者がブリコラージュ (創造性や問題解決能力の涵養)
     ロボット「を」教える (ロボットに関する工学教育)  ⇔  ロボット「で」教える (ロボットを題材として創造的人材を育成)
     ・ 後者ではマニュアルに沿ったキット組立よりも,自由度が高く目標志向的な課題設定 (学習者のブリコラージュを誘発)

レゴ マインドストーム … 低年齢層のロボット創造教育に広く適用
コンストラクショニズム constructionism」 (S. Papert) 製品コンセプトの基本理念
 「人が行動する(特に何かを作る)過程で,周りにある材料を使って様々な概念や知識を自ら学び取るという,主体的・積極的な学習観」

問題解決過程で学習者が行うブリコラージュの重要性

認識論的多元主義と具象の再評価」 (Turkle & Papert)  … ロボットやプログラミングの学習者に2通りの思考様式
  ・ 伝統的な構造化プログラミングに適合した分析的・計画的なアプローチ
  ・ 「ブリコラージュ」スタイル: 慣れ親しんだ具体的な要素を組み合わせ,下からの積み重ねでプログラミング
  後者では学習者が心に描くイメージが重要な役割,芸術家と似たような漸進的なやり方
  ジェンダーとの関係 (前者は男性,後者は女性に多い)

[まとめ]

ブリコラージュの効用
 ・ 既存かつ有限の資源の属性を読み替えて,意図された機能とは異なる機能を引き出すことで,新たな価値を創造
 ・ 使い慣れた手に入りやすい構成要素を使う → 信頼性が高く低価格で実用化の敷居の低い技術

ロボティクスとブリコラージュの親和性
 ・ 本質的にはローテク: 初期投資が小さく,高度な専門知識を必要としない(⇔ナノテク,バイオ)
 ・ 実用上は場面に応じた創意工夫が重要
 ・ 設備投資よりもマンパワー,人間臭い手作りの技術
 「いわゆるハイテクとは逆の方向,最先端の科学というより,地道に積み上げることによって成果が生まれて来るという性格」(油田)

ブリコラージュ: ロボティクスにおける創造活動の源泉

 「ロボットを創る」という行為に研究者/技術者/教育者/学習者が人間として向き合う場面
  原初的で人間の本性に根ざした創造活動

ブリコラージュ関連文献リンク(英文)

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