マグマの発泡と火山の振動
〜気泡の出す波、なくす波〜

市原 美恵(東大・地震研)

はじめに
最初は、ビールでも買って来て、グラスに入れて眺めながら(飲みながら)このアブストラクトの構想を練るつもりだった。ところが、ここ数日のてんやわんやのおかげで、実物なしに書かなければならなくなってしまった。従って、ここで述べるのは、私の中でデフォルメされたビールであるかもしれない。次のポスターセッションの折りにでも確かめて頂きたい。
私のグラスは、空っぽの状態でたたくと、キンッという鋭い音がする。水をいれていくと、だんだんと音は低くなり、コンッという音に変わっていく。一方、ビールを入れてたたくと、カチャッとか、ガチャッとか、響きのない何ともなさけない音になってしまう。音痴の私の耳はあてにならないが、同じ量の水を入れた場合より、こころなしか音が低くなっている気がする。これは、Prosperetti という気泡学者から教わった、非常に印象的なデモンストレーション実験である。
ビールは同じ発泡性の炭酸飲料と比べて、静かな飲物である。コーラなどは、コップに注ぐと盛んに泡が出て表面で弾け、プチプチという音がする。ところが、ビールの場合は、出てきた泡は表面で安定なフォームを作り、あまり弾けない。表面で泡が弾けないことが、ビールの静かさの原因であると考えられるが、仮にコップの中で何かの音が発生しているとしても、表面のフォームのためにそれが伝わって来ない可能性もある。泡(フォーム)の消音効果は、工業的にも広く実用化されている。
我々が日常生活の中で耳にする音の中には、気泡によって作られたものが数多くある。海の波の音、やかんの沸騰する音、ストローでジュースを最後の一滴まで飲もうとする時の音。その一方で、気泡によって吸収されて、我々の耳に届いて来ない音がある。火山の下でマグマが発泡するとき、それはどんな音を発し、どんな音を地表から隠しているのだろうか。振動を伝える媒体として、そしてまた、振動源として、マグマの中の気泡の働きを考えてみたい。

気泡、モデル屋の御用達
火山の振動には、気泡のせいにすると都合の良い特徴がたくさんある。地震波のスペクトルに低周波のピークが見つかると、速度の遅い媒体、即ち発泡したマグマの固有振動だと考えられる (Chouet 1994)。ピークが消えると、気泡がマグマから抜けたためであるという (McNutt 1996)。地震波の減衰が激しいのは、気泡の消音効果だと考えれば良いし、発泡は火山の振動の強力なエネルギー源である。地震波とともに観測される空振は、マグマの表面で気泡が弾ける音だと解釈されている(Vergniolle ¥& Brandeis 1994, Ripepe et al. 1996)。
これらのモデルの背景には、ビールやコーラを入れたグラスの現象がある。つまり、媒体としての気泡流の特性(音速の低下と音の吸収)そして、気泡ができる時や消える時の音の発生である。確かに、これらの特性は、火山の振動を説明するのに都合がよい。しかしながら、これらは、気泡を含む、水のようにさらさらの液体において、常圧下で見られている現象である。高圧の高粘性流体に気泡を入れた時に何が起こるのか、研究例はほとんどない。

音の媒体としての特性
Figure 1 は、気泡を含む液体の中で、10m 離れた音源から発せられる10Hz の音を聞く場合の計算結果である。'Slow'、'Fast' は、時刻ゼロに音源を出た波が、それぞれ、低粘性気泡流の音速(低速モード)と、液体の音速(高速モード)で伝わった時の、観測点に到達する時刻の予測値である。液の粘性が上がるにつれて、波の伝播が低速モードから高速モードへと移行するのがわかる。また、その移行過程で、波の減衰が非常に激しくなるが、更に粘性を上げて、高速モードで伝わるようになると、振幅は回復している。気泡が、火山独特の振動を作ることができるのは、低速モードが存在する間だけである。高速モードになると、先に述べた、気泡流の都合の良さを失ってしまう。どのくらいの粘性のときに、どのくらいの周波数でモードの移行が起こるかは、次の式によって簡単に見積もることができる。

数式省略

ここで、Poは平均圧力、Roは平均気泡半径、sigmaは表面張力係数である。周波数がF よりも大きいと、高速モードになる。上の式で、気泡半径の寄与は表面張力項を通してしか入っておらず、一般にあまり大きくはない。この式によると、例えば、1000気圧下におかれた粘性10^7Pas マグマの場合、臨界周波数は1Hz になる。スペクトルにピークを作るためには、マグマの固まりが、これよりも低周波数の固有振動をするくらいに大きくなければならない。また、この臨界周波数くらいの波が他からやってきたとすると、それはこのマグマを通過する前になくなってしまう。

振動源としての気泡
はじめに、気泡がいろいろなところで音の発生源となっていることを述べた。その中で、これまでによく研究されているプロセスとして、次の4つが挙げられる。

1.気泡が潰れる時の衝撃波
2.収縮した気泡がリバウンドする時のジェット
3.液面で気泡が弾ける時の衝撃波
4.液面から気泡が取り込まれる時の音

火にかけたやかんから聞こえるのは、主に1で、これは気泡が発生する時の音よりもずっと大きいそうである。2は、気泡が大きい振幅で体積振動する時に見られる現象である。海中のノイズは、軍事目的でよく研究されているが、雨粒や波のしぶきがノイズを発生するメカニズムは4である(Prosperetti & Oguz, 1993)。

地下のマグマの中の気泡が音を発生するのは、1〜4ではなく、気泡ができる時の音だと考えられているようである。ところが、気泡が発生する時の音についての研究は、調べた限り、ほとんどない。マグマの発泡が、沸騰ではなく拡散支配の現象であること、マグマの粘性が高いこと、高圧のために気相の密度が比較的大きいことなどから、振動源は個々の気泡の発するパルスではなく、マグマ全体の緩やかな増圧であり、振動源自体も低周波なのではないかと考えている。

しかしこれは、まだまだ憶測の域を越えていない。

図と数式がみたい!(tex)


もどる