産総研

Dai Yoshitomi's Homepage

タイミング同期概説

  なぜタイミング同期が必要なのか?

たとえば、2種類の波長の光パルスを同時に照射するような実験をするために、 2台のフェムト秒レーザーを用意したとします。 ところが、このままでは、両レーザーから出射されるパルスのタイミングが常に一致し続けるという保証はありません。 仮に、周囲の温度変化などによって、両レーザーの往復共振器長の間にわずか1ミクロンの誤差が生じたと仮定しましょう。 これにより、共振器の往復時間は両レーザー間でおよそ3.3 fs(フェムト秒)ずれることになります。 パルス幅が100 fsであったと仮定すると、わずか30往復するだけで2つのパルスは100 fsずれてしまうことになり、 同時には当たらなくなってしまいます。 つまり、30発のパルスしか同時に照射することができないことになるわけです。 2台のフェムト秒レーザーを用いる場合には、タイミング同期 (synchronization) が不可欠になります。

タイミング同期は、このような2波長のポンププローブ分光に応用できるだけでなく、パラメトリック増幅の励起光とシード光の同期、 高精度なタイミングを遠隔地に伝送するクロック伝送、加速器施設などにおける複数のレーザーの精密な同期、高精度な分光計測に必要な広帯域光コム生成、 また我々がメインに研究している多波長パルスの電界合成による「光ファンクションジェネレーター」など 多岐にわたる応用において不可欠な技術となります。

  タイミング同期法の種類

2台のフェムト秒レーザーからのパルス列のタイミングを同期する方法には大きく分けて、 能動的タイミング同期法 (active synchronization) と受動的タイミング同期法 (passive synchronization) の2種類の方式があります。 能動方式では、両レーザーの繰返し周波数の誤差を電子回路で検出し、 一方のレーザー共振器の鏡にピエゾ素子などを取り付け、 誤差を補正するように共振器長を制御します。 この方式の利点は、堅牢で長期安定な同期が可能である点です。 しかしながら、高精度に同期するためには、非常に微小なタイミング誤差を検出し補正しなければならないため、 GHz帯域の複雑な電子回路による誤差検出技術と 高速な共振器長補正技術が必要となり、職人的な技術が必要となります。

一方、受動方式では、電子回路や能動制御素子を一切使わずに、光の非線形性だけを用いて同期します。 いわば、光自身に自らの誤差を補正させるという方式です。 共振器構成に少し工夫が必要となりますが、光の非線形性を用いるために、 高精度な同期が比較的容易に実現できるという利点があります。 しかしながら、共振器長の許容差が小さいため、長期安定性にやや難があることに加え、 同期点を自由に選べないため、その後の光路の環境揺らぎの影響を受けるという欠点があります。 我々は、これらの難点を克服するために、高精度な同期を可能とする受動方式に簡易的な能動制御を融合させた ハイブリッドタイミング同期法 (hybrid synchronization) を提案し、高精度かつ長期安定性の高い同期の実現に成功しました。

  受動的タイミング同期法の原理

それでは、高精度なタイミング同期を可能にする受動的タイミング同期法の原理について説明します[A1,R1,R2]。 最も単純なレーザー共振器の構成例を図1に示します。

受動的タイミング同期の最も単純な共振器構成。レーザー結晶中で両レーザー共振器の光路がほぼ同軸に交差する。
図 1  最も単純な受動的タイミング同期のレーザー共振器構成

レーザー結晶中で2つのレーザーの光路がなるべく同軸に重なるように共振器を配置します。 結晶中でパルス同士が時間的・空間的に重なると、結晶の非線形性により非線形効果が起きます。 主な非線形効果には自己位相変調 (self-phase modulation, SPM)、 相互位相変調 (cross-phase modulation, XPM) があります。 いずれも、光の電界の3次に比例する非線形効果によって、屈折率が光強度に依存して増大する効果(光カー効果)に起因して起こり、 屈折率 n は光強度 I に応じて、以下の式で表されます。 \[ n = n_0 + n_2 I \tag{1} \] 通常の物質では、n2 は正の値であり、光強度の増大とともに、屈折率は増加します。 光パルスは光強度が時間的に変化するため、それに応じて屈折率も時間的に変化します。 たとえば、パルス前半部で強度が増加する瞬間においては、屈折率は増加し、 逆に、パルス後半部で強度が減少する瞬間においては、屈折率は減少します。

ところで、結晶を通過した後の光の位相は、通過する前に比べて、 \[ \Delta \phi = - n k L \tag{2} \] だけ変化します(k は光の真空中における波数、L は結晶の厚さ)。 ここでは、ωt の符号を正と定義しているため、負号をつけていることに注意してください。 屈折率が時間的に変化するということは、式(2)に応じて、位相も時間的に変化することを意味します。 これが自己位相変調や相互位相変調です。 どのような変調を受けるかを見るために、式(2)を時間で微分してみます。 \[ \Delta\omega = \frac{d\Delta\phi}{dt} = -n_2 k L \frac{dI}{dt} \tag{3} \] 位相を時間で微分したものは、角周波数を表しますので、式(3)は角周波数の変化を表していることになります。 n2 > 0 であり、パルス前半部においては、dI/dt > 0 ですから、周波数は減少(レッドシフト)し、 パルス後半部においては、dI/dt < 0 ですから、周波数は増加(ブルーシフト)します。

2種類のパルスが存在するとき、この変調効果が自分自身の光強度によってもたらされる場合を自己位相変調と呼び、 他のパルスの強度によってもたらされる場合を相互位相変調と呼びます。 ここでは、受動的タイミング同期のメカニズムを理解するために、相互位相変調の方に着目します。

この方式では、あらかじめ、共振器内の群遅延分散 (group delay dispersion, GDD) が 負になるように、共振器を設計しておくことがポイントです。 群遅延分散とは、パルスの往復時間(群遅延)を角周波数で微分したもので、 群遅延分散が負であるということは、周波数が増加すると、往復時間が短くなる(群速度が速くなる)ことを意味します。 共振器内の群遅延分散は、プリズム対やチャープ鏡によって、調整することができます。

(左)パルス1がパルス2よりも時間的に遅れている場合。(右)パルス1がパルス2よりも時間的に進んでいる場合。
図 2 (左)パルス1がパルス2よりも時間的に遅れている場合。
(右)パルス1がパルス2よりも時間的に進んでいる場合。

いま、図2の左のように、パルス1がパルス2よりも時間的に遅れて重なっている状況を考えます。 前述のように、パルス1はパルス2の後半部の強度変化によって相互位相変調を受け、周波数がブルーシフトします。 一方、パルス2はパルス1の前半部の強度変化を受け、周波数がレッドシフトします。 群遅延分散が負であることから、ブルーシフトしたパルス1は往復時間が短くなります(速度が速くなります)。 一方、レッドシフトしたパルス2は往復時間が長くなります(速度が遅くなります)。 これらの効果によって、パルスが一往復した後には、パルス1はパルス2に少しだけ追いつくことになります。 これを繰り返すことにより、遅れていたパルス1は完全にパルス2に追いつくことができます。

今度は逆に、図2の右のように、パルス1がパルス2よりも時間的に進んで重なっている状況を考えましょう。 この場合は、パルス1がレッドシフトし、パルス2がブルーシフトすることが容易に分かります。 その結果、先ほどとはまったく逆のことが起きて、やはり、パルス2はパルス1に追いつくことになります。 このように、パルス1がパルス2に対して進んでいても遅れていても、その誤差を補正するように 自発的に負帰還動作が働くということが受動的タイミング同期の原理です。

  異波長パルスへの拡張

上の構成例では、2つのレーザーに共通のレーザー結晶を用いていたため、 同じ波長のパルスにしか適用できませんでした。 しかし、実際の応用を考えた場合はむしろ、単一レーザーでは直接発生させることができない異なる波長のパルスへの適用が望まれるところです。 我々のグループでは、異なるレーザー結晶を用いた異なる波長の2台のフェムト秒レーザーに 同じ原理が適用できることを見出し、初めて実証しました(産総研特許 [P1, P2])。

異なる2波長パルスの受動的タイミング同期の共振器構成。
一方のレーザー結晶中で両レーザー共振器の光路がほぼ同軸に交差する。
図 3  異なる2波長パルスの受動的タイミング同期の共振器構成

図3に典型的な構成例を示します。 一方のレーザー結晶中で2台のレーザーの光路がほぼ同軸に重なるように 両レーザー共振器を配置します。 図1との大きな相違点は、レーザー2のレーザー結晶は別のところにあるため、 異なる波長のレーザー媒質でもかまわないという点です。 レーザー2に波長の長い方のレーザーを選ぶことにより、 レーザー2の光はレーザー1の結晶中でほとんど吸収を受けることがなく、 レーザー発振を十分維持できるということがポイントです。

この方式を用いて、我々のグループでは、中心波長800 nmのTiサファイア(Ti:sapphire, TiS)レーザーと 中心波長1250 nmのCrフォルステライト(Cr:forsterite, CrF)レーザーの 高精度な2波長受動的タイミング同期を実証しました[A2]。 さらに、レーザーから出射された後の光路の揺らぎを補正するための簡易的な能動制御を追加したハイブリッド同期法により、 発表当時世界最高の 0.1 fs (100 as) の精度で同期することに成功しました[A3]。詳細については、以下の記事をご参照下さい。

  • TiサファイアレーザーとCrフォルステライトレーザーの高精度タイミング同期 (作成中)

  ファイバレーザーへの適用

受動的タイミング同期の手法は、ファイバレーザーにも適用することができます[R3]。 ファイバレーザーの場合は、ファイバー中での非線形効果を利用することによって、 相互作用長を十分に取ることができるため、比較的弱い光強度でも同期を起こすことが可能であり、 一方のレーザー光をファイバレーザーのファイバー中に注入するだけで、タイミング同期を行うことができます。

我々は、この方法を用いることにより、CrフォルステライトレーザーとErファイバレーザー[A4]、 TiサファイアレーザーとYbファイバレーザー[A5]の間で数フェムト秒の高精度なタイミング同期が 実現できることを実証しました。 また、これらの技術を用いて、高精度なクロックを通信波長帯のファイバレーザーで 遠隔地まで伝送するクロック伝送装置に応用できることを提案しました(産総研特許 [P3,P4])。 また、ファイバレーザーを温度安定化制御することにより、外部基準で安定化されたTiサファイアレーザーとの間で 0.75 fs (750 as)の高精度(1秒の短期精度)かつ6時間以上持続する長時間安定なタイミング同期を実現しています[A6]。 これらの詳細については、以下の記事をご参照下さい。

  • 光注入によるファイバレーザーの高精度タイミング安定化(作成中)
  • 温度安定化制御による高精度長時間タイミング同期の実現(作成中)
  • 3波長フェムト秒パルスのパラメトリック増幅(作成中)

  文献

本記事に関連する産総研の論文

  • [A1] Zhiyi Wei, Yohei Kobayashi, and Kenji Torizuka, "Passive synchronization between femtosecond Ti:sapphire and Cr:forsterite lasers," Applied Physics B Vol. 74 pp. S171-S176 (2002).
    doi: 10.1007/s00340-002-0881-0
  • [A2] Zhiyi Wei, Yohei Kobayashi, Zhigang Zhang, and Kenji Torizuka, "Generation of two-color femtosecond pulses by self-synchronizing Ti:sapphire and Cr:forsterite lasers," Optics Letters Vol. 26, Issue 22, pp. 1806-1808 (2001).
    doi: 10.1364/OL.26.001806
  • [A3] Dai Yoshitomi, Yohei Kobayashi, Hideyuki Takada, Masayuki Kakehata, and Kenji Torizuka, "100-attosecond timing jitter between two-color mode-locked lasers by active-passive hybrid synchronization," Optics Letters Vol. 30, Issue 11, pp. 1408-1410 (2005).
    doi: 10.1364/OL.30.001408
  • [A4] Dai Yoshitomi, Yohei Kobayashi, Masayuki Kakehata, Hideyuki Takada, Kenji Torizuka, Taketo Onuma, Hideki Yokoi, Takuro Sekiguchi, and Shinki Nakamura, "Ultralow-jitter passive timing stabilization of a mode-locked Er-doped fiber laser by injection of an optical pulse train," Optics Letters Vol. 31, Issue 22, pp. 3243-3245 (2006).
    doi: 10.1364/OL.31.003243
  • [A5] Dai Yoshitomi, Xiangyu Zhou, Yohei Kobayashi, Hideyuki Takada, and Kenji Torizuka, "Long-term stable passive synchronization of 50 μJ femtosecond Yb-doped fiber chirped-pulse amplifier with a mode-locked Ti:sapphire laser," Optics Express Vol. 18, Issue 25, pp. 26027-26036 (2010).
    doi: 10.1364/OE.18.026027
  • [A6] Dai Yoshitomi, and Kenji Torizuka, "Long-term stable passive synchronization between two-color mode-locked lasers with the aid of temperature stabilization," Optics Express Vol. 22, Issue 4, pp. 4091-4097 (2014).
    doi: 10.1364/OE.22.004091

本記事に関連する産総研の特許

  • [P1] 日本国特許 第3837499号 「パルスレーザーの時間同期装置および任意波形生成装置」.
  • [P2] US Patent 6628684 "Timing synchronization device of a pulsed laser and an optical synthesizer".
  • [P3] 日本国特許 第4478800号 「クロック伝送装置」.
  • [P4] US Patent 7508851 "Clock transfer device,".

参考文献

  • [R1] C. Furst, A. Leitenstorfer, and A. Laubereau, "Mechanism for self-synchronization of femtosecond pulses in a two-color Ti:sapphire laser," IEEE Journal of Selected Topics on Quantum Electrononics Vol. 2, No. 3, pp. 473-479 (1996).
  • [R2] A. Leitenstorfer, C. Furst, A. Laubereau, "Widely tunable two-color mode-locked Ti:sapphire laser with pulse jitter of less than 2 fs," Optics Letters Vol. 20, Issue 8, pp. 916-918 (1995).
  • [R3] Matei Rusu, Robert Herda, and Oleg G. Okhotnikov, "Passively synchronized erbium (1550-nm) and ytterbium (1040-nm) mode-locked fiber lasers sharing a cavity," Optics Letters Vol. 29, Issue 19, pp. 2246-2248 (2004).