希土類元素の物理化学 その2

K殻、L殻、M殻を卒業した次は、いよいよ希土類元素の電子配置について説明していきます。

第2回:希土類元素の電子配置

2.1.典型元素・遷移元素の電子配置

希土類元素の電子配置の説明に入る前に、遷移金属の電子配置を説明しておきましょう。えっ?なぜ?まあ、とにかく聞いてください。

2.1.1 典型元素・遷移元素の電子配置

電子が軌道に入る法則には次のような決まりがあります。

bullet

典型元素:一番外側の電子軌道に電子が一つずつ入る。

bullet

遷移元素:原子番号が増えても、一番外側の電子軌道ではなく、内側の電子軌道に電子が一つずつ入る。

私は、高校生の時、遷移元素とはなんとひねくれた元素だろうと、妙に親近感を持っていました。典型元素と遷移元素の電子の入り方の違いは、原子の化学的な特徴に非常に大きな影響を与えます。典型元素は原子番号が一つでも違うと化学的な性質が大きく変わります。鈴木さんの本でも述べてい ますが、炭素と窒素は周期律表の隣同士ですが、自然界では、片や固体片や気体です。これに対して、遷移元素は鉄もコバルトもニッケルも銅もみんな金属になりますし、化学的な性質も典型元素ほど変わりません。なぜか?それは、原子の性質は一番外側の電子軌道に入っている電子の数が決めているからです。 では次に、典型元素と遷移元素の電子配置の例を見てみましょう。

 

典型元素の電子配置 例

典型元素では、原子番号が増えるに従って一番外側(最外殻)の電子軌道に電子が入ってい きます。しかし、所々で例外が見られます。例えば、Ar(アルゴン)の次のK(カリウム)では、3p電子軌道の次である3d電子軌道ではなく、4s電子軌道に電子が入ります

元素

原子番号

1s

2s

2p

3s

3p

3d

4s

Na

11

2

2

6

1

 

 

 

Mg

12

2

2

6

2

 

 

 

Al

13

2

2

6

2

1

 

 

Si

14

2

2

6

2

2

 

 

P

15

2

2

6

2

3

 

 

S

16

2

2

6

2

4

 

 

Cl

17

2

2

6

2

5

 

 

Ar

18

2

2

6

2

6

 

 

次のK(カリウム)では3pの次の3d電子軌道ではなく、4s電子軌道に電子が入ります

K

19

2

2

6

2

6

 

1

Ca

20

2

2

6

2

6

 

2

 

第一遷移元素の電子配置

最外殻電子軌道(4s)にはすでに2つずつ電子が入っていて、その内側の3d電子軌道に原子番号が増えるに従って電子が一つずつ入っていきます。共通した最外殻電子数を持つことから、これらの元素はいくつかの共通した性質(金属である、合金を作る、堅い、電気を通すなど)を持つのです。

元素

原子番号

1s

2s

2p

3s

3p

3d

4s

Sc

21

2

2

6

2

6

1

2

V

22

2

2

6

2

6

2

2

Ti

23

2

2

6

2

6

3

2

Cr

24

2

2

6

2

6

5

1

Mn

25

2

2

6

2

6

5

2

Fe

26

2

2

6

2

6

6

2

Co

27

2

2

6

2

6

7

2

Ni

28

2

2

6

2

6

8

2

Cu

29

2

2

6

2

6

10

1

Zn

30

2

2

6

2

6

10

2

Znは遷移元素ではありません。

いかがでしょう。だいたいイメージがつかめたかと思いますが、いくつか疑問点が出てきます。

  1. Ar(アルゴン)の次の元素である K(カリウム)の電子は、どうして3p電子軌道の次の3d電子軌道に入らず、いきなり4s電子軌道に入るのでしょうか?

  2. Cr(クロム)と Cu(銅) の電子配置が規則からずれています。Cr(クロム)はTi(チタン)の次ですから、3d電子軌道には電子が4個入って欲しいところですが、その代わり最外殻電子から電子を一つ奪って5個入っています。同じようにCu(銅)は3d電子軌道には電子が9個入って欲しいところですが、その代わり最外殻電子から電子を一つ奪って10個入っています。

 

2.1.2 3d電子軌道を抜かして4s電子軌道に電子が入る理由は?

ではまず下の図を見てみましょう。これらの図は多電子原子(水素原子以外)の1sから4sまでの各軌道について、原子核からの距離と電子軌道のエネルギーを表しています。

この図から分かる事は、原子核からの距離の順番と、エネルギーの順番が3d電子軌道と4s電子軌道で逆転しているということです。これは、詳しくは量子力学をきちんと勉強する必要があります(交換積分:電子間の相互作用エネルギーを考慮 しなければならない)。簡単に述べるなら、電子がどの電子軌道へ入るかは、個々の電子軌道のエネルギーの高い低いだけで決まる訳でなく、原子全体としていかにバランスよく電子配置するかという観点で最終的に配置されるからです。

そのため、K(カリウム)の最外殻電子は距離的に近い3d電子軌道ではなくエネルギーの低い4s電子軌道に入ります。4s電子軌道が埋まったCa(カルシウム)より後の元素で 、ようやく3d電子軌道に電子が入るのです。多少駅からの距離は遠くとも、賃貸物件の家賃(エネルギー)が安ければ、そちらの方を選ぶのが人情ならぬ電子情というところでしょうか?

 

2.1.3 なぜ4s電子軌道から3d電子軌道へ電子が移るのか?

次に、3d電子軌道の増える数が途中でおかしくなることについて見ていきましょう。下の図は、問題となっているCr(クロム)と Cu(銅) の電子配置を示したものです。

  

3d電子軌道には全部で5つの電子軌道があります。電子はわがままで 、同じスピンを持つ電子が同じ軌道に入ることを非常に嫌がります。そのため、スピンの向きを揃えて別々の軌道に入っていきます(フントの規則といいます)

しかし、Cr(クロム)のように、3d電子軌道中の電子の数が4つまで増えてきますと、中途半端に電子を4つ埋めるよりも、5つの3d電子軌道をみんな埋めてしまった方が全体のエネルギーとしては安定するのです。ということで、無理矢理 4s電子軌道から電子を奪ってしまうのです。同じ事がCu(銅)でも起きています。3d電子軌道に電子に電子を9個のままにしておくよりは、全部埋めた方が良い!ということで、4s電子軌道から電子を奪ってしまうのです。

また、興味深いことに、Cr(クロム)と Cu(銅)の最外殻電子が1つしかなくても、他の遷移金属元素と全く違う挙相をする訳ではありません。これは、遷移元素は最外殻電子(ここでは4s電子軌道)だけでなく、内側の電子軌道(ここでは3d電子軌道)に存在する電子も化学結合 などに積極的に関わるためです。これが、典型元素とは大きく異なる点です。

 

2.1.4 電子軌道の略式表現

これまで、各原子の電子配置を表にまとめてきましたが、電子配置を説明するのにいちいち表を持ち出していたら大変です。通常、文章表現では電子配置を「電子軌道名電子の数と言う形で表します。例えば、

Sc(スカンジウム)の電子配置 1s22s22p63s23p63d14s2

と表します。しかし、原子番号が小さい元素はこれでよろしいのですが、原子番号が増えてくると、電子軌道も増えて表現式は長くややこしくなります。何とかならないでしょうか?そこで用いられるのが、 自身よりも原子番号が小さい希ガスの電子配置を用いて略式で表す方法です。希ガスは、He(ヘリウム), Ne(ネオン), Ar(アルゴン), Kr(クリプトン), Xe(キセノン)などがあり、全ての電子軌道が埋まっていることから大変安定で、化学的にも安定です(つまり、化学反応をほとんど起こさない)。Sc(スカンジウム)を例に見てみましょう。

Ar(アルゴン)の電子配置:        1s22s22p63s23p6
Sc(スカンジウム)の電子配置:  1s22s22p63s23p63d14s2

どうでしょう。ここでは、1s22s22p63s23p6が共通式として現れていることが分かります。そこで、 共通項を取り除いて、

Sc(スカンジウム)の電子配置:    [Ar core] 3d14s2

と簡単に電子配置を表すことができます。

 

2.2.希土類元素の電子配置

では、いよいよ希土類元素の電子配置を見ていきましょう。

元素

原子
番号

1s

2s

2p

3s

3p

3d

4s

4p

4d

4f

5s

5p

5d

6s

Ar

18

2

2

6

2

6

                 

Sc

21

Ar core

2

           

 

 

Kr

36

2

2

6

2

6

10 

2

6

           

Y

39

Kr core

1

 

2

   

 

 

Xe

54

2

2

6

2

6

10 

2

6

10 

 

2

6

   

La

57

Xe core

 

Xe core

1

2

Ce

58

Xe core

1

Xe core

1

2

Pr

59

Xe core

3

Xe core

 

2

Nd

60

Xe core

4

Xe core

 

2

Pm

61

Xe core

5

Xe core

 

2

Sm

62

Xe core

6

Xe core

 

2

Eu

63

Xe core

7

Xe core

 

2

Gd

64

Xe core

7

Xe core

1

2

Tb

65

Xe core

9

Xe core

 

2

Dy

66

Xe core

10

Xe core

 

2

Ho

67

Xe core

11

Xe core

 

2

Er

68

Xe core

12

Xe core

 

2

Tm

69

Xe core

13

Xe core

 

2

Yb

70

Xe core

14

Xe core

 

2

Lu

71

Xe core

14

Xe core

1

2

Sc(スカンジウム)は2.1章で述べたとおりです。Y(イットリウム)もSc(スカンジウム)同様の理由で、最外殻電子である5s軌道に電子が2個入った後で4d電子軌道に電子が入ります。 ただし、4d軌道と5s軌道の間にある4f電子軌道には電子は入りません。ここに電子が入るためにはさらに、原子番号で16もの後、すなわちランタノイド系列まで待つ必要があります。

ランタノイドの電子配置を見てみると、非常に面白い特徴が挙げられます。
        1.4f電子軌道の外側にある、5s, 5p, 6s軌道に先に電子が埋ま り、その後に4f電子軌道に電子が入る
        2.第一遷移金属元素のように、4f電子軌道に電子が1個から14個と順序よく入らない
        3.La(ランタン)、Ce(セリウム)、Gd(ガドリニウム)、Lu(ルテチウム)のみ5d電子軌道に電子が入る
Sc(スカンジウム)やY(イットリウム)に比べ、明らかに挙動不審です。まず1と2については、すでに遷移金属元素の特徴として述べたとおり、つまり下の図のように 、原子核からの距離とエネルギーの高低に大きな違いが見られることが原因です(分かり易いように主量子数4以上、つまりN殻以上を見てみました)。

この図からも分かるように、第一遷移金属元素に比べ、エネルギーの順序が遙かにぐちゃぐちゃになっていることが分かります。ここで注目したいのが、4f, 5d, 6s電子軌道は、原子核からの距離はずいぶん違うのに、そのエネルギーは比較的似通っていることです。 ランタノイドに拘わらず、電子の数が増えてくると、原子核からの距離とエネルギーの高低の順序に大きな食い違いが見られます。

また、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Gd(ガドリニウム)、Lu(ルテチウム)のみ5d電子軌道に電子が入るという問題については、2.1.2-2.1.3章で述べた事と同じ事です。つまり、電子はスピンの向きを揃えたがる性質と、できるだけ離れた電子軌道に入ろうとする二つの重要な性質があり 、最終的に原子全体としていかにバランスよく電子配置するかという観点で電子を配置します。この性質のため、La(ランタン)の場合でしたら、4f電子軌道に中途半端に電子を一つ入れるよりも5d電子軌道に電子を入れた方が安定するのです。また、Ce(セリウム)では、4f電子軌道に電子が2個あるいは5d電子軌道に電子が2個入った方が良さそうですが、電子の事情からすると4f電子軌道と5d電子軌道に電子が一つずつ入った方が結果として安定なのです。Gd(ガドリニウム)やLu(ルテチウム)も同様です。4f電子軌道は全部で7つ軌道があるので、それぞれの電子軌道に 電子がスピンの向きを揃えて一つずつ(7個)、またはペアをつくって二つずつ(14個)入っている状態は大変安定な状態なのです。そのため、余分な電子は4f電子軌道ではなく、エネルギーが比較的近い5d電子軌道に入っていきます。

Sc(スカンジウム)やY(イットリウム)では、最外殻電子軌道(4sまたは5s)とその次に外側にある電子軌道(3dまたは4d)に電子が入り、この電子が元素の性質を決めています。つまり、これら二つの外殻電子軌道に入っている3つの電子は積極的に化学結合に参加するのです。 一方、ランタノイドシリーズでは、4f電子軌道はSc(スカンジウム)やY(イットリウム)とは全く異なり、遙かに内側に存在する内殻電子軌道です。4f電子軌道の外側には、5s, 5p, 6s電子軌道がしっかり電子を抱え込んでいることから、4f電子軌道に入っている電子が、化学結合などに寄与する割合は、Sc(スカンジウム)やY(イットリウム)に比べ遙かに小さくなります。海水・石灰岩・マンガン団塊などの 希土類元素存在度パターンを見たときに、Y(イットリウム)がランタノイドシリーズとは異なる挙動を示す理由は、まさにこの点にあるといえます(希土類元素の地球化学 その3参照)。

 

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