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走査トンネル顕微鏡 (森田 博士論文より改訂)

1 まえがき
 本章では、走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscopy: STM)の原理およびSi表面観察に使用した超高真空走査トンネル顕微鏡(Ultrahigh vacuum STM: UHV-STM)装置の説明を行う。

2 STMの原理
 STMは原子の配列を実空間で観察できる顕微鏡の一種で、真空中のみならず、大気中、水中でも動作するので、原子尺度の構造観察をはじめ、電子分光、原子・分子操作などへの応用が考えられている。その動作は電子のトンネル現象に基づいている1)
導電性物質の代表例として金属試料を考える。距離zだけ難れた二つの金属の間に、仕事関数φより低い電圧Vを加えると、電子はその波動性からポテンシャル障壁をトンネルすることができる。トンネル電流密度Jtは自由電子近似で

Jt =(βV/2πλz)exp(-2z/λ) (1)

と書ける2)。ここでλ = ħ/(2mφ)1/2は波動関数の金属の外の真空中または大気中での減衰距離、ħはプランク定数hで割った値、mは電子質量、φは仕事関数、β=e2/h (eは電子電荷)は金属の種類に左右されないコンダクタンス定数である。通常の金属の清浄表面ではφは1〜5 eVであるからλは1〜2 Åとなる。このようにトンネル電流は原子尺度の距離変化に対して極めて敏感である。
 表面の原子ステップや表面凹凸等の構造を原子オーダーの分解能で観察するには、図1のように金属探針と圧電体微動素子を用いて、電流Jtを一定に保つように距離zを調節しながら金属の表面を走査する。  1〜10 nA程度のトンネル電流は1%より良い精度で検出・制御できるので、垂直方向の分解能は0.1 Å程度になる。面内の分解能は、探針の先端が鋭いほど高くなる。図1において、金属探針先端の曲率半径R、距離をzとした模型計算によれば、面内の分解能は[2λ(R+z)]1/2となる。針の先端が原子一個であればRは1 Å、面内の分解能は3 Å程度になり得る。加える電圧は、トンネル現象に係わる電子のエネルギーを決めるので、複雑な電子構造を持つ物質では、得られるSTM像が電圧に依存する。また、電流値を大きく設定するほど探針が試料表面に近づくことになるので、鮮明な波動関数分布と原子像がえられることになる。
 以上の原理に加え、実際のSTM測定では、
(1) xyz微動技術
(2) xyz粗動技術
(3) 除震技術
(4) 計測制御技術
(5) データ処理技術
(5) 探針作成技術
等が必要となる。また、超高真空装置と複合化したUHV-STMの場合さらに、
(6) 真空技術
(7) 真空中での試料、探針移送技術
(8) 試料、探針処理技術
等が必要となる。

3 UHV-STM装置の概要
 図2に今回の実験でおもに使用したUHV-STM装置の構成図を示す3)。試料及びSTM探針を一度UHVチャンバー内へセットした後は大気に曝すことなくUHV中を搬送できるもので、試料探針導入用Load-Lockチャンバー、STMチャンバー、試料探針処理用チャンバーの3真空チャンバーから構成されている。すなわちSTMチャンバーをUHVに保ちながら試料及び探針を大気中よりLoad-Lockチャンバーに導入し10-10 torr台に到達後STMチャンバーに搬送する。
 STMユニットは二段ばね除震機構、電磁誘導渦電流ダンパー、差動ねじによる探針粗動機構、円筒形ピエゾスキャナーより構成されている。装置全体は床面の振動の侵入を防ぐため空気バネ除振台(固有振動数は垂直方向、水平歩行ともに2 Hz)上に設置している。


Fig.1 STMの測定原理図。金属製の探針と導電性試料との間に電圧Vを加え、流れるトンネル電流をJtを一定に保ちながら表面を走査する。



Fig.2 本研究で使用したUHV-STM複合装置の外観図。

参考文献
1) G. Binnig, H. Rohrer, Ch. Gerber, and E. Weibel, Phys. Rev. Lett., 49, 57 (1982).
2) J. Tersoff, and R. Hamann, Phys. Rev. B31, 805 (1985).
3) 徳本洋志、岡山重夫、三木一司、村上寛、岡野眞、坂本邦博、坂本統徳、川浪仁志、鈴木英一、脇山茂、安藤和徳、大村研二、渡辺和俊、本間昭彦、石原健一郎、井上明、坂井文樹、小林好行、渡辺眞二、松本文雄、電子技術総合研究所彙報、54、136 (1990).



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