秒の定義 - 時間に関する薀蓄

2004/07/07 作成

秒の定義ってどんなもの?

時間の基本単位=「秒」

時間を計量単位としてみたとき、その基本単位は「秒」である。

日本語でいうこの「秒」という漢字はのぎへんに小さいを意味する「少」を組み合わせてできており、「イネの穂の先の部分」というのが元々の意味で、「極めて小さいもの」「かすかにしか感じられないもの」をあらわす言葉であるらしい。確かに、「1秒」といわれると一瞬であると感じる。他方、英語では秒はsecondであるが、これは元々second minuteと呼んでいたものらしい。minute(分)では大雑把だから、それを補助する単位がsecond (minute)というわけである。minuteも「分」も「小さく分けた部分」という意味では日本語英語で共通しており、単位の成り立ちの歴史という意味においては「時」を分けたものである「分」をさらに小さく分けたものが「秒」であったのだということがそこから読み取れる。

ところが現在は「秒」が基本単位であり、時間は「秒」で定義でされている。「秒」が決まらないと「分」も「時」も決まらないという構造になっている。いったい「秒」はどのように定義されているのだろう?

秒の定義

「秒は、セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9 192 631 770倍の継続時間である。」

何を言ってるのかよくわからないかもしれないが、これが1967年に第13回国際度量衡総会(CGPM)で決議され、現在も用いられている秒の定義である。がんばって一つ一つ租借してみよう。

  1. 秒の定義にはセシウムという原子が使われている
  2. セシウム原子には基底状態に二つの準位がある
  3. 一方の準位からもう一方に状態が変化する(=遷移する)ことがある
  4. 遷移するという現象において放射というものが何がしか関係する
  5. 9 192 631 770回繰り返す間にかかる時間が1秒である

セシウムという原子

原子番号55番のアルカリ金属原子。自然には質量数133のものしか存在しない。常温では銀色をした金属だが、その融点は摂氏28度と低い。元素記号はCs。

原子番号や質量数は「そういうものだ」と思ってもらうしかないのだが、融点の低さは写真を見てもらえれば納得してもらえるだろう。

「セシウム」は通常
このようなアンプルに
入っている
手で握って熱を加えると 容易に液体になる

この原子がアルカリ金属(I族の原子)であるということからも想像できるかと思うが、非常に反応性が高い。(写真にあるような)こんな量であっても、空気に触れれば空気中の水蒸気と反応し、タイヘンなことになる…らしい。

セシウムのエネルギー準位

右の図はいわゆるセシウムのエネルギー準位図というものである。量子力学をかじったことが無い人にはなじみが薄いかもしれないが、原子分子がとることができるとびとびのエネルギーの状態(準位)を図にしたものである。例えば、セシウムには主に基底状態としてF=3とF=4、励起状態としてF'=2, F'=3, F'=4,そして,F'=5の6つの状態があることがわかる。茶色で描いた横線がその状態を表している。

この図には251MHzや201MHzといったそれぞれの準位間のエネルギー差に相当する数値も書き入れている。が、その単位がHzと周波数(振動数)になっているのは何故だろう?それは次のような量子仮説が成り立つことによる。

振動数がνの放射のエネルギーは

h=6.6260755×10-34J・s (プランクの定数)

として、hνの整数倍に限られる。

乱暴に言ってしまうと、原子分子はとびとびの値のエネルギーしか持つことができなくて、その「とびとびの」差は周波数(振動数)の単位を使って表すことができる、ということである。

余談だが(余談だからこのパラグラフは読まなくてもいいですよ)、よく見ると左の方に852.1nmと今度は長さの単位がでてきている。これは光速度c=299 792 458m/sを介して周波数と長さが表裏一体であることによるもので、351.8THzの周波数をもつ電磁波の波長を表したものである。この領域の電磁波は光である。いわゆる可視光線という光の波長が380nm〜780nmであるから、ぎりぎり可視ではない。近赤外と表現されるが、目の構造には個人差があるから世の中にはたまに「見える」人がいるらしい。(わたしには残念ながら(?)見えない...。)一方、9193MHzなどはマイクロ波と呼ばれる。同じ電磁波でもマイクロ波は周波数で、光は波長で表現するのがこの世界のしきたりなのだ。「どっちかに揃えろ」という文句はわたしに言わないでほしい。わたしだってそう思っているのだから。

9 192 631 770という数字

乱暴ついでに言ってしまうと、放射とは電磁波を意味する。例えば、準位図でいうところの上の二つF'=5とF'=4の間に着目すると、251MHzと書いてある。セシウム原子がF'=5の状態からF'=4の状態へ遷移するときには251MHzの電磁波を放出し、F'=4からF'=5へ遷移するときには251MHzの電磁波を吸収するのである。現実にはFにダッシュ(')がついているのは、励起状態を表すので、この例はあまり適当ではないが、要となる考え方はこうだと思ってもらいたい。

さて、肝心のF=3とF=4という二つの基底状態の差は9192.631770Hzである。つまり、この状態を原子が行き来するときにはこの周波数に相当する電磁波を放出したり吸収したりするのだ、と思ってもらえればいい。この現象を使って定義を言い換えると、

セシウムの二つの基底状態のうち、F=3の原子がF=4になる際に吸収する電磁波(マイクロ波)の周波数は9 192 631 770Hzである。

と表現できる。

ちょっとはわかった気になってもらえただろうか?

よくある質問

何故セシウムなの?

誰だって真っ先に思いつく質問である。わたしは残念ながらセシウムによる定義が採択されたときにはまだ生まれていなかったので、先輩などから見聞きしたことを総合して想像するしかないのだが、主に次の3つが大きく関係するらしい。

ここらへんの事情について、定義への採択レースでセシウム(Cs)と最後まで争ったルビジウム(Rb)と比較してみよう。

Csがおよそ9.2GHzなのに対して、Rbの放射は6.8GHzとちょっと低い。周波数が高い方が精密計測に向いているし、原子の放射を得るための装置の一部である共振器と呼ばれるパーツが小さく作れる。しかし、あまり周波数が高すぎると、逆にデバイスがついていけず、計測できない。そこで9.2GHzはちょうどいい塩梅というわけである。

Csには同位体が存在しないのに対してRbには原子数85のものと87のものが存在する。Rbを使って定義を実現する装置を作ろうとしたならば、その分離を行うことに対して何らかの工夫が必要となる。

最後はRbも同様であるが、Csの物理的性質を明らかにするため、多くの研究者が多くの時間をかけてこの問題に取り組んだ。先人の努力のおかげで明らかになった性質を取り入れることで、現在では誰でも(頑張れば?)セシウムによる秒の定義を実現することが可能な状況にある...はずである。

9 192 631 770って数字が半端なんですけど?

いっそのこと、10 000 000 000にしてしまえばいい、と思うかもしれないが、そうはいかない。それまでの1秒と長さを合わせるためにこのように中途半端な値になっているのである。例えば10 000 000 000にしてしまったら、現在3 600秒(=60×60)である1時間はおよそ3 309秒になってしまう。どこかでこの食い違いを吸収しないと同じ時刻でも昼夜逆転が容易に起こってしまうのである。

定義変更前後における1秒のつじつま合わせのための精密計測に払われた、当時の研究者の根気や忍耐あるいは根性といったものが、この数字に詰まっていると読むべきなのである。

それまでの定義は?

じゃあ、それまでの定義は何だったかというと、以下のとおりである。

「秒は、暦表時の1900年1月0日12時に対する回帰年の1/31 556 925.974 7倍である。」-CGPM, 1956

困ったことにまた日本語が難解である。しかもまた数字が半端である。

簡単に言うとこれはつまり、1年の長さを基準に1秒を作りましょう、ということである。しかし簡単に言わないのは、定義は正確で誤解が生じる余地がないようにしなければならないのであり、そのためにこのような難解な表現になっているのである。

ところで、ものの本にはよく、「(セシウム原子で決められる)以前は地球の自転(1日の長さ)を基にしていた」とあるが、SI(国際単位系)で定められた秒の定義はもともとこのように、地球の公転(1年の長さ)が基になっている。実は地球の自転(1日の長さ)を基にした秒の定義は、SIでは採択されたことがないのだ。平均太陽時、つまり、1日の長さの86 400分の1を1秒とする定義は、暦表時による定義が採択される1956年以前に、実質的に使われていたというに過ぎない。例えば、1820年までにはフランス科学者委員会(Commission of French Scientists)が「秒は平均太陽時の86 400分の1」と定めていたという風に各国で勧告や採択がなされていたのである。

「時間」ではなくて「時刻」の定義は?

時刻の場合、定義に相当するものはなく、協定世界時がその役割を果たしている。日本の標準時はこの協定世界時に9時間を加えたものと定められている。ただし、協定世界時の元となる国際原子時は次のように「定義」されている。

「国際原子時は 、回転するジオイド上で実現されるSIの秒を目盛の単位とした、地心座標系で定義される座標時の目盛である。」-CCDS, 1980

国際原子時と協定世界時の関係はまた別の機会に書きたいと思う。

なんでわざわざ定義を変えたの?

ここでは大きく取り上げないが、時刻のおおもとは協定世界時であり、秒の定義から得られる時刻目盛りである国際原子時をもとにして、天体観測により、地球の自転とつじつまが合うようにうるう秒の補正を施したものである。

では、結局最終的に地球の自転に合わせて時刻を決めるのだったら、定義は1日の長さを基にすればいいのではないか?という疑問もあるだろう。何故そうなったかというと、地球の自転の速さが一定ではないことが明らかになったからで、精密計測の技術の発達で、この分野では地球の自転の速さ、つまり、1日の長さが時間や周波数の基準となりえなくなってきたからである。地球の自転が変動する要因として、

といったものが挙げられる。

それなら、何故1年の長さではいけなかったか?というと、やはり1年の長さ、つまり、地球の公転速度も一定ではないということと、定義と照らし合わせて1秒の長さや瞬時の周波数の値を決めるためには、天体の運動の長期的な観測が行われなければならない、という実際に使う上での不便さがもとになっている。

誰もが瞬時に実際の測定に必要なだけの精度で時間や周波数が得られるというメリットの方が優先されたのである。