時刻と暦の謎

うるう年って4年に一度じゃないの?

 知ってのとおり西暦で数えた年が4で割り切れる年はうるう年である。ところがそのうち100で割り切れる年はうるう年ではなく(例外1)、さらに400で割り切れる年はやっぱりうるう年になる(例外2)という。
 何故こんなややこしい規則になっているのか。それは、地球の自転と公転の間に単純な関係がないからである。

 もし、公転の周期が自転の周期の整数倍で表されるような単純な関係―例えば1年がちょうど365日であるなどという―があるならば、うるう年は必要ない。しかし、残念なことにそうはなっておらず、およそ365と1/4日であったことから、4年に1度の割合で1日多い年を作ることになった。
 さらに残念なことに、1年がきっちり365.25日というわけにもいかなかった。観測データから365.24219という数字が導き出されてきたのである。この数字から先の「例外規則」を作ることになった。
 実際に計算してみよう。

一年の平均日数
4年に1回だけうるう年365 + 1/4 = 365.25
100年に24回うるう年(例外1)365 + 24/100 = 365.24
400年に97回うるう年(例外2)365 + 97/400 = 365.2425

 ううむ。これだとまだちょっと365.24219とは違う…。1600で割り切れる年はうるう年ではないとする、などという「例外3」が必要なのか!?
 だとするとそれは3200年…。その頃まだ人類は生きているのか?そもそも地球はあるのか?あまりに先の話をしても仕方がないので、「例外2」で打ち止められているのだろうか?それもあるかもしれない。
 しかし、現在、地球の自転速度は年々遅くなっており、それに伴って、1年の長さも自転で考えると相対的に短くなってきているという。1000年以上先には365.24219日ではなくなっていると考えると自然なようだ。そんなわけで、とりあえず現在は例外規則は「2」までしかない。

 余談になるが、2000年が「例外2」にあたる年だったから、「第2の2000年問題」とかいわれていたが、2000年をうるう年にしないプログラムというのは、例外1だけを知ってて例外2を知らなかったという、中途半端に博識なプログラマの仕業ということになり、個人的には非常に不可思議な印象である。単にうるう年そのものの存在を忘れていただけの「うるう年問題」ではないのか?と思えてしまう。

お昼の12時30分は、午前?午後?

 「お昼の12時30分は、午前12時30分なのか午後12時30分なのか?」―。
 非常によく寄せられる質問である。にもかかわらず、実のところ、どちらが正しいともいえない。

 12時間制の採用と午前、午後を定義している法律は、明治5年(1872年)11月9日に出された太政官布告第337号(改暦の布告)で、この法律が改廃された記録が残っていないことから、時間関係者の間では現在も生きていると考えられている。

    一 時刻ノ儀、是迄昼夜長短ニ随ヒ十二時ニ相分チ候処、今後改テ時辰儀時刻昼夜平分二十四時ニ定メ、子刻ヨリ午刻迄ヲ十二時ニ分チ午前幾時ト称シ、午刻ヨリ子刻迄ヲ十二時ニ分チ午後幾時ト称候事
とある文章を読めば、午後に分類されるように思われる。
 しかし、この法律の付録に時刻表があり、午前は零時即午後12時から12時まで、午後は1時から12時まで、と分けられているのである。つまり、正午から午後1時まではどちらに入るか書かれていないのである。午前零時はあるのに、午後零時はないということで、混乱があるようだ。


零時即午後十二時 子刻 一時 子半刻 二時 丑刻 三時 丑半刻
四時 寅刻 五時 寅半刻 六時 卯刻 七時 卯半刻
八時 辰刻 九時 辰半刻 十時 巳刻 十一時 巳半刻
十二時 午刻

一時 午半刻 二時 未刻 三時 未半刻 四時 申刻
五時 申半刻 六時 酉刻 七時 酉半刻 八時 戊刻
九時 戊半刻 十時 亥刻 十一時 亥半刻 十二時 子刻

 その混乱を避けるには、24時間表示が良いのだが、従来からの慣習と深く関連するので、表示方式の規正統一をはかることは話題になっていいない。

春分の日と秋分の日には昼夜が同じ時間になる?

 早速、国立天文台のホームページ(http://www.nao.ac.jp/index_J.html)で調べてみると、今年(2002年)の春分の日である3月21日は日の出が5時44分で日の入りが17時53分だとある。昼の時間が12時間9分と、夜の時間よりちょっと長い

 これは日の出と日の入りの時刻の定め方によって起こる現象である。
 明治35年(1902年)の文部省告示第165号に「太陽面最上点ノ地平線ニ見ユル時刻ヲ以テ日出入時刻ト定ム」とあることから、地平線に太陽がちょっとでも見えれば日の出であり、地平線に太陽がちょっとでも残っていれば日の入り前、と決まっているのである。
 太陽の大きさを考えると、そのちょうど半分が地平線の上に出たときを日の出とするようにすればいいような気がするがそうはなっていない。

 問題はもう一つあって、地平線近くの物体は空気の屈折のために浮き上がって見えるのである。つまり、まだ地平線より下にある太陽が見えてしまうので、「昼の時間」はますます長くなるよう計算されるのである。

なぜ春分の日と秋分の日って年によって違うの?

 2002年の春分の日は3月21日だったが、2001年は3月20日がそうであった。春分の日が年によって違うのは一体どうしてだろうか?

 まず考えるべきは「いつが春分の日なのか?」ということである。禅問答のようであるが、春分の日は春分日と決まっている。春分日とは天文用語で、ここで解説するべき範疇からはずれるが一応簡単に紹介しておくと、次のようになる。
 地球の赤道を天にまで延長したものを「天の赤道」というが、これと太陽の通り道である「黄道」が交わる場所を地球は年に2回通過する。その点のことを春分点・秋分点といい、そこを通過する瞬間を春分・秋分という。そして、その瞬間を含む日のことを春分日・秋分日というのである。
 ピンと来なければ、いささか乱暴ではあるが、「赤道上で太陽が真上で南中する日」としてしまっても間違いではなかろう。

 さて、春分の日、すなわち、春分日が年によって違う理由は、1年が1日の整数倍ではないことによる。具体的には2000年ごろは、うるう日の挿入される4年周期で3月20日と21日が交互に春分の日となっている。
 ところで、天体観測からかなり先までの春分日・秋分日は予測できるが、実際にある年の春分の日・秋分の日は、その前年の2月1日に「暦要項」が官報に掲載されて初めて決まる。少なくとも翌々年以降の春分の日・秋分の日がいつになるのかは「わからない」はずである。
 そうはいっても、先のことが知りたいときは、天文台に問い合わせる(ホームページで調べる)という方法があるが、その他にも有名なZeller(ツェラー)の公式というものがあり、それを利用するという方法もある。これはコンピュータプログラムで「万年カレンダー」を作るときに便利であろう。

春分日(3月X日のXが答えとして得られる)
X=int(20.8431+0.242194*(yyyy-1980)-int((yyyy-1980)/4))
秋分日(9月X日のXが答えとして得られる)
X=int(23.2488+0.242194*(yyyy-1980)-int((yyyy-1980)/4))
 ただし、この公式は2099年まで有効とのこと。それはおそらく、2100年がうるう年の例外の年であることによるのだろう。

 他にも春分の日などについての疑問は多くあるが、参考までに、2002年の東京の日の出と日の入りの時刻、それと、昼の時間をグラフにしてみた。例えば、夏至は「日の出が一番早い日」でもなければ「日の入りが一番遅い日」でもない、などということがわかる。これから他にどんなことが読みとれるだろうか?