国立研究開発法人産業技術総合研究所 電子光基礎技術研究部門 分子集積デバイスグループ 則包恭央

研究テーマ

研究テーマの概要

光に応答して物質の性質が変化する有機材料の開発や、光刺激で「動く」現象の研究を中心に行っています。 特に、アゾベンゼンの光異性化を利用した、光によって固体と液体の間で可逆的に相転移する現象について、分子設計、有機合成、光化学的な物性評価を行っています。 この現象は、下図に示すように様々な応用展開が期待されており、それらに関する研究も進めています。 さらに私たちが発見した、結晶が固体基板上を移動する現象の機構解明と、この現象の発展に関する研究を行っています。 また、光に応答する分子機械や、光で色が変化する化合物(フォトクロミック化合物)について研究を行ってきました。 近年では、マイクロ波加熱によるフロー合成についての研究を行っています。 以下に、これまでの代表的な研究テーマについて述べます。(なお、本文中の[番号]は、「論文等」の原著論文番号です。)



光応答性材料の研究概要図

1)ガラス板の上を結晶が光照射によって移動 -光による液化と結晶化を利用-

 市販のガラス板に乗せたアゾベンゼン(3,3'-ジメチルアゾベンゼン)の結晶に、結晶が液化する波長の光(紫外光)と、 結晶化する波長の光(可視光)を異なる方向から同時に照射すると結晶が移動する現象を発見しました(図1)[30]。 結晶は、形を変えながら紫外光から遠ざかる方向に移動します(動画1、2)。
 ガラス板は、市販のガラス板で、特殊な表面処理を必要としません。 また、使用した光源は、一般的な光化学実験用のLEDや超高圧水銀灯を用いており、レーザー等の特殊な光源を必要としません。 さらに、光源は一定の位置に固定したまま、サンプル全体を照射し続けるだけで移動現象が観測されます。
 今回発見した移動現象は、結晶に二つの光を同時に照射している場合だけに起こります。 つまり、完全に液化した液滴に光照射を行っても液滴の移動は観測されません。 また、結晶に紫外光か可視光のいずれかの光だけを照射しても移動しません。照射する光強度のバランスが重要であることも分かりました(図2)。
 ガラス板を垂直に立てた状態で光照射を試みたところ、結晶が壁面を上る(鉛直方向に移動する)ことも明らかになりました(図3)。
 さらに、この現象の一般性を調べるために、より単純な分子構造のアゾベンゼンの結晶について検討しました。 アゾベンゼンは、3,3'-ジメチルアゾベンゼンと異なり、室温では紫外光照射によって液化しませんでしたが、50℃では紫外光照射で液化します 。そこで、50℃に保持したまま、紫外光と可視光を同時に照射すると結晶の移動が観測されました。  この結果は、光で液化と結晶化を起こす化合物であれば移動の現象が起こりうることを示しています。
 今後は、発見した結晶の移動現象の詳細なメカニズムの解明と、この現象を活用した物質や物体の移動に関する研究を行っていきます。
 この研究成果は、Nature Communications誌に掲載され、産総研プレスリリース (「結晶が光照射によって移動する現象を発見 -光による液化と結晶化を利用-」)として発表しました(2015年6月19日)。


図1 結晶が移動する現象の模式図(左)と顕微鏡写真(右)。


図2 結晶が光で移動するための条件
結晶が移動する条件を示す模式図(上)と移動速度の光強度依存性のプロット(下)。

図3 垂直に設置したガラス版の上を結晶が移動する様子
結晶が移動する様子の模式図(上)と顕微鏡写真(下)。

動画1:3,3'-ジメチルアゾベンゼンの結晶に室温で紫外光(365 nm)と可視光(465 nm)を異なる方向から同時に照射した様子を顕微鏡で観察した動画(100倍速)。光照射によって結晶が形を変えながら移動した。

動画2:上の動画1をレーザー顕微鏡の三次元画像として構築した動画(100倍速)。結晶が薄くなりつつ移動する様子が分かる。

2)水面上を結晶が光で移動 -光で溶ける現象を利用-

水面に浮かんだ結晶に光を当てると、結晶が光から逃げるように水面上を移動することを見出しました[33]。
 ここでは、4-メトキシアゾベンゼンという有機化合物の結晶粉末を水に浮かべ、その結晶に紫外光(365 nm)を当てると、結晶が光から遠ざかる方向に動きました。
 結晶の動きとして、直線的、回転など、様々な動き方をします(動画3)。
 また、4-メトキシアゾベンゼンを染み込ませた濾紙(舟)を作り、それに紫外光を照射すると動くことも分かりました(動画4)。また、動いている状態の舟に青色光(450nm)を照射すると、舟を止めることもできました。
 本研究では、簡単な実験道具(水、4-メトキシアゾベンゼン(試薬として市販)、UV-LED)で、光で物質を動かす実験が構築可能であることを示しています。

動画3:水面に4-メトキシアゾベンゼンの結晶粉末を浮かべ紫外光LED(365 nm)を照射。(いろいろな動きが観察されるので、あえて長い動画にしています。)

動画4:4-メトキシアゾベンゼンを染み込ませた濾紙(舟)を水面に浮かべ紫外光LED(365 nm)を照射。

3)光で溶ける有機材料 -再利用可能な新しい光応答性材料-

 加熱することなく光を照射するだけで、固体から液体へと融解(相転移)し、さらに元の固体状態に戻すこともできる有機材料を開発しました(図4)[21]。 この材料は、一度状態を変えると元に戻せない(不可逆)感光性樹脂と違い、光異性化反応による状態変化を利用するので元の状態に戻すことができる(可逆)ことが特徴です。
 アゾベンゼンの光異性化は、一般的に溶液中で起こり、結晶中ではほとんど起こりません。我々は、液晶状態から液体状態への光相転移の研究を行うため、 アゾベンゼンを環状に連結して適度に柔らかい側鎖を付け加えた構造の化合物を合成しました(図5)。
すると、液晶状態から液体状態への光による相転移の他に、結晶状態から液体状態への相転移を起こすことが分かりました[17]。 熱でこれらの物質を融解させるには、100℃以上の温度が必要ですが、室温で光を照射した部分だけが融解することが観察されました。 図1に偏光顕微鏡写真を示しますが、融解した部分は結晶に特有の複屈折が消失して等方的になり、暗い暗視野として観察されます。
 本研究成果は、通常では加熱によってだけ起こる固体から液体への状態変化が、光異性化反応で起こることを示した最初の報告です。 この材料は、繰り返し使用が可能であるフォトリソグラフィー材料等への応用が期待されます。
 この研究成果を、産総研プレスリリース(「光で溶ける有機材料を開発 -再利用可能な新しい光応答性材料-」)として発表しました(2010年12月2日)。→リンク


図4 光による結晶-液体相転移の偏光顕微鏡写真。
液体部分は黒く観察される。

図5 合成した大環状アゾベンゼンの構造式(上)と、
光による相転移の模式図(下)。

環状アゾベンゼンの結晶に室温で紫外光(365 nm)を照射した様子を偏光顕微鏡で観察した動画。 光照射によってアゾベンゼンがシスへと光異性化し、結晶パッキングが崩れ液体へと相転移した。

環状アゾベンゼン2量体の結晶薄膜を100℃に保ったまま偏光顕微鏡で観察した動画(2倍速)。 この薄膜に紫外光(365 nm)を照射すると、照射された部分が液化し、黒い像として観察される。 これは、アゾベンゼンがトランスからシスへと光異性化し、結晶パッキングが崩れたためである。 ここで照射を停止すると、アゾベンゼンの熱異性化によってトランス体が優勢になり、結晶が再び現れる。 アゾベンゼンの異性化反応は可逆的であるため、光による液化と熱による固化は何度でも繰り返すことが可能である。

4)環状構造を有する光応答性液晶材料

 液晶状態とは、結晶と液体の中間的な性質がある状態で、物質の流動性がある一方で、分子の向きが揃っていることが特徴です。 液晶を大きく分類すると、棒状の形をした分子からなるカラミチック液晶と、円盤状(板状)の形をした分子からなるディスコチック液晶があります。 光で液晶状態から液体状態に相転移する化合物はこれまでにも多く報告されていますが、それらはカラミチック液晶に限られており、 ディスコチック液晶については報告がありませんでした。
 我々が開発した円盤状の化合物(図5)は、光によって液晶状態から液体状態への相転移を示します(図6)[17]。 液晶状態を詳しく観察すると、アゾベンゼンが2個連結した化合物(図5左上)は、カラミチック液晶であるスメクチック相を示しましたが、 3個連結した化合物(図5右上)は、ディスコチック液晶であるカラムナー相であることが分かりました。
 このように、これまでにない分子設計を行うことによって、新しい機能を持つ材料の開発が可能となります。 有機エレクトロニクス分野では分子がカラム状に積層するディスコチック液晶が注目されていますが、 本研究成果は、光スイッチング可能な有機電子デバイス等への応用が期待されます。


図6 光による液晶-液体相転移の偏光顕微鏡写真。液体部分は黒く観察される。

5)大環状アゾベンゼンの特異的な構造

 分子の構造と光応答性を調べる目的から、アゾベンゼン複数個(2~4個)を環状に連結した化合物(アゾベンゼノファン)を合成し、 その構造の詳細を検討しました[6,8]。アゾベンゼン2量体では、光異性化に伴う大きなコンフォメーション変化が見られ、 また、3および4量体においては、結晶中で分子がカラム状に連なったチューブを形成し、 その環の中に溶媒分子が取り込まれている特異な構造を取っていることを明らかにしました。 これらの成果は、Journal of Organic Chemistry誌の表紙として採用されました(図7)。


図7 J. Org. Chem. 2003年68巻22号の表紙

6)環状アゾベンゼン2量体の異性化に及ぼす環歪みの影響

 二つのアゾベンゼンを環状に連結した化合物の物性は、環状構造による制限された場によって影響を受けます[6,8,12,19]。 図8に示す分子は、異性化可能なアゾベンゼンが2つあるために、トランス-トランス、トランス-シス、およびシス-シスの3つの異性体が存在します。 ここで、環の歪みのために熱異性化の反応速度が変化したり、異性体間の熱安定性が大きく影響を受けます。 アゾベンゼンは一般的に、トランス体がシス体よりも熱力学的に安定ですが、図8に示す分子は、トランス-トランス体における環の歪みが相対的に大きいため、 シス-シス体が最も安定になり、トランス体とシス体の熱安定性を逆転させる事に成功しました[13]。 しかも、この系ではトランス-シス体が不安定で、室温での寿命が1秒しかないことから、 シス-シス体を出発物質として光反応させた時のトランス-トランス体の生成量が、光の強度に大きく依存します。
 本研究成果は、光応答性分子の構造と性質に関する重要な知見を与えるだけでなく、 アゾベンゼンを光メモリに応用する上で課題となる非破壊読み出し特性を分子に持たせることが可能であることを示しています。


図8 シス-シス体が最も安定な環状アゾベンゼン2量体

7)光応答性蝶番分子

 二つのアゾベンゼンを、キサンテン環を用いて強固に平面で固定した化合物を合成しました。 この分子に光を当てることにより、分子の形状が平面の状態と屈曲した状態間で可逆的にスイッチングさせることに成功しました(図9)。 我々はこの化合物を、「光応答性蝶番分子」と呼んでいます。 アゾベンゼン単独分子の光異性化では、フェニル基とジアゾ部位の間の結合の自由度が高く、異性化を決まった方向に制御することが困難ですが、 この化合物は決まった方向(図では画面の手前か奥方向)にだけ異性化が進行します。[10-11]
 本研究成果は、これまでにない動きをする分子機械の部品の開発に成功しました。 この部品を用いることにより、これまでに光スイッチングの達成が困難であった材料についても物性制御が可能になると期待されます。


図9 光応答性蝶番分子の構造式(上)と反応の模式図(下)

8)新しいフォトクロミック化合物

 光を当てることによって物質の色が可逆的に変化する現象をフォトクロミズム、その性質を示す物質をフォトクロミック化合物と呼びます。
 産総研では、新しいフォトクロミック化合物としてスピロペリミジン系フォトクロミック化合物を2種類開発しました (図10、Riju Davis and Nobuyuki Tamaoki, Org. Lett. 7, 1461-1464 (2005).)。 これらの化合物は、工業原料である1,8-ジアミノナフタレンから1段階の反応で合成可能な点が特徴です。 紫外線または青色の光を照射すると淡黄色から褐色または濃青色に変化し、熱または長波長光照射によって元に戻ります。 発色体は吸収波長が広く、ほぼ可視光全域にわたって調光することができます。このフォトクロミック特性は、有機溶媒中だけでなく、 ポリマー中に分散させたフィルムにおいても観測されています[14-15]。
 これらの化合物の着色体は、可視光をほぼ全域で吸収することから、調光サングラスや調光ガラス等への応用が期待されます。 これらの化合物は東京化成工業(株)より入手可能です。


図10 フォトクロミック化合物の構造式(上)、
溶液サンプルの405nm光照射前後の可視・紫外吸収スペクトルと写真(下)

その他のこれまでの研究テーマ

  • 光応答性環状ペプチドの研究
  • 2'-ヒドロキシカルコンの光片道異性化の実験的および理論的研究
  • サリチル酸メチルの励起三重項状態での分子内水素原子移動の研究
  • 5-ヒドロキシフラボンの励起三重項状態での分子内水素原子移動の研究

pagetop

お問い合わせ

〒305-8565
茨城県つくば市東1-1-1
つくば中央第5
国立研究開発法人
産業技術総合研究所
電子光基礎技術研究部門
分子集積デバイスグループ
研究グループ長
則包 恭央

電話:029-861-4887
E-mail: y-norikane@
    (@以下aist.go.jp)