ラバン身体動作表現理論について

中田 亨 (産総研) 2007/12/8

身体知研究会

序:ラバン身体動作表現理論についての、事典的な説明

 ラバン身体動作表現理論 とは、ルドルフ・フォン・ラバン (Rudolf von Laban, オーストリア, 1879-1958)を中心とするドイツ表現主義舞踊の創作者らが1920〜40年代に構築した、心理状態と身体運動の相関関係を規定する理論である。 英語では Laban Movement Analysis, LMA と称される。

ラバン理論は、ダーウィン (Charles Darwin) が1872年に提唱した動物の身体表現の構造に関する理論を受け継ぎ、それを詳細化したものになっている。

ダーウィンによれば、動物の身体表現の基本機能は威嚇か服従の意志を伝達することにある。

脅しを表現する場合は、筋肉を力ませたり突発的に動くなど、実際の戦闘時によく見受けられる物理的特徴を見せることで、自分の闘争心を相手に連想させる。これを「連想表現の原理」という。

逆に、力抜き緩やかにふにゃふにゃと動くと、服従の意志が伝わる。物理的特徴の反転が表現内容の反転を引き起こす。これを「反対表現の原理」という。

ラバンらは、舞踊における身体動作の特徴を、戦闘形態と陶酔形態の二極構造と考えた。そして、これを詳細化して身体動作と心理状態との関連付けを行った。

戦闘形態は、力強く動き、これは能動的な心理と関係する。動きの形についていえば、直線的で収斂的な軌道を描くので、行動の対象物に集中した心理をあらわれている。さらには、動きが突発的であり、これおは警戒心のあらわれである。

陶酔形態は、弱々しく(受動的心理)、曲線的で発散した動作方向であり(対象失認)、継続的である(安穏)という特徴がある。

これら、力・指向性・タイミングという3つの特徴をエフォート(Effort)と名付けた。

心理状態を強力に表現するダンスが創作するには、これらの理論に基づいて、エフォートを適切に組み合わせればよいと考えた。

同様に、身体動作の高低・広狭・進退に関する特徴を考え、心理状態と結びつけている。これをシェイプ(Shape)と呼ぶ。

ラバン理論は、そもそもはダンス創作・振り付けのためのものだが、使い方を逆転することもある。つまり、身体動作を観察して、動作者の心理状態を推定するのである。これを特にラバン動作分析と呼ぶ。LMAに関する最も基本的な文献は I. Bartenieff & Dori Lewis, Body movement coping with the environment, Gordon and Breach Publisher, 1980.

1. 身体動作表現の理論発達の歴史

1.1 論点:舞踊はどのようにして生成するか?

身体表現や舞踊を創作しようとしたとき、「そもそも舞踊とは一体、何なのか?何を追求するものなのか?」と、根本的な問題が気にかかる。

この問いに対して、下記のような態度があるだろう。

  1. 舞踊とは、綺麗な調和のとれた身体動作である。そして、動作の美を表現する。(優れた身体能力の発揮、動きの軌道の美しさ、群舞でのタイミングの一致などが、最重要事項である。実際、「振り付け」を意味するchoreographyとは、もともとは「円を描く」という意味である。綺麗に動くことが踊りである。)
  2. 舞踊とは、感情によって引き起こされたように見える身体動作である。そして、感情を表現する。(装飾を取り除いた、直接的な感情表現が最重要事項である。踊り手の感情が作品の中心である。) 「表現主義舞踊」と呼ばれる考え。
  3. 舞踊とは、特定の状況に対する踊り手の態度に焦点を当てた身体動作である。そして、感情だけでなく、意図や他者との関係性を表現する。(感情だけでなく状況の表現まで考える。対人関係を重点を置けば演劇的とも言える。また、環境が動作を規定すると考えうることもしばしばあり、ユクスキュル&クリサート『生物から見た世界』で述べられているし、最近では「アフォーダンス」という言葉で語られることが多い。)
  4. 舞踊とは、感情状態を操作するための体操である。他者への表現より、踊り手自身の楽しさ・ノリ・主観的価値が最重要事項。宗教行事では陶酔を引き起こすために舞踊がよく使われる。
  5. その他。(例えば、ロボットダンスや、仮面を着けた舞踊は、人間に関連する事柄を表現・鑑賞するものなのだろうか?)

こうした態度それぞれが互いに排他的であるとは限らない。むしろ、混在しているのが常態であろう。

ところで、「舞踊はどのように作られるか?作り得るか?」という問いを考えてみる。

【舞踊の生成の観点からの論点】
舞踊を創作する上での約束事は何か?
舞踊が舞踊でなくなる限界点は何か?
舞踊は何をどのようにして表現するか?
脳はどのように関与するか?

この問題に対する答えの一つに、ダーウィンから始まる動物の身体表現の理論がある。本稿では、その理論の系統を簡単に整理して解説したい。

ダーウィンの系統は、それを受け継いだラバンによって、上記の5つの態度のうち2番目の表現主義舞踊の考えに至る。さらに継承されて、その他の態度を巻き込むように発展を遂げる。

1.2 ダーウィン:動物の身体表現の成り立ちと解釈の原理

 チャールズ・ダーウィンは、進化論の提唱で知られるが、身体表現の理論的研究の創始者でもある。「動物とは異なり、人間だけが特別に表現の能力を備えている」とするベル (Charles Bell, 1774-1842)の考えが、進化論への反論となるため、人と動物の身体表現の成り立ちが共通していることを示す必要があった。そこで、動物にも人間にも共通する身体表現の理論を打ち立てたのである。

 ダーウィンの考えを煎じ詰めるとこうなる。

  1. 表現のための身体行動は、動物も人間も同じ原理に基づいている。連想表現の原理と、反対表現の原理である。
  2. 連想表現とは、行動を実行した時に起こる身体的特徴の変化を、行動実行の未然に表出することによって、自分がその行動を行う意図があることを、相手に連想させることである。
    例えば、犬が自分が怒っていることを伝えるためには、ケンカの際に生じる体の特徴を作ればよい。牙を剥いたり、筋肉を力ませたり、相手をにらみつけたり、突発的に動いたりすることによって、それを見た相手は、怒りを感じ取る。
  3. 反対表現とは、身体的特徴を反転して表出することによって、逆の意味内容を伝達することである。
    犬が、牙を見せず、ぢじこまり、目を細め、ゆっくり動くならば、それを見る者は、服従や友愛を意思表示と感じてしまう。

 連想表現を応用すると、「強い動物⇒体が大きい⇒固有振動数が低い⇒声が低い」という相関関係から「低い声=強さの連想=威嚇」という連想が、動物にも人間にも通用している訳が理解できる。ここで、反対表現の原理をあてはめると「高い声=悲鳴、警報」というルールも導き出される。

 ダーウィン理論には以下のような限界がある。

  1. 威嚇や服従以外の意味内容は、どのように表現できるか?(⇒ラバン(1)で解決)
  2. 威嚇と服従が同時にまじりあった身体表現や、コケコッコーのような定型的で特殊な意味を持つ表現は、ダーウィン理論では扱えない?(⇒ティンバーゲンが解決)

1.3 ラバン(1)(エフォートとシェイプの理論):ダーウィン理論の多様化と数理化

 ルドルフ・フォン・ラバンとその一派の舞踊理論は、ダーウィンの表現原理を引き継ぎ、それをより詳細に具体化し、表現の幅を拡張するようにできている。なお、全てがラバン本人の考案ではなく、特にシェイプ理論に関しては弟子のWarren Lambの貢献が大きいと言われる。初期のラバン自身が考えていた舞踊創作の理論は、ラバンの伝記書などでその片鱗をうかがえるが、あまり体系化されておらず、ここで述べるラバン理論とはかなり異なる。

 ここで“エフォート”(Effort)という概念と“シェイプ”(Shape)という概念を導入する。(参照:Bartenieff, Levis, "Body movement coping with environment")

 まず、動きの質であるエフォート(Effort)について見てみよう。なお、Effortはラバンがイギリスに亡命している時に選んだ訳語であって、あまり意味がピンとこない。その頃、労働作業動作の研究中であったから、「動作への心遣い」という意味でEffortを選んだのであろう。もともと、ドイツ時代には"Antrieb"という言葉だった。「推進力・衝動」という意味もあるし、「感情的要素」という意味にも取れる。

Effort element 攻撃形態 陶酔形態
Weight (力加減)

強い。速い。

⇒能動的心理の表現

弱い。遅い。

⇒受動的心理の表現

Space (空間的特徴)

目標物に対して集中的。直線的な運動軌道。直線的な手足、尾。

⇒関心の集中した心理の表現

バラバラで曲がった運動軌道。手足尾の湾曲。

⇒散漫な心理の表現

Time (時間的特徴)

突発的。急加速、急停止。

⇒警戒心理の表現

継続的。ゆっくりと変化する。

⇒安穏な心理の表現

Flow (ぎこちなさ)

ぎこちない。ためらいがある。

⇒不慣れであることの表現

流麗。自信のある動き。

⇒熟練の表現

 なお、Flow Effort Elementは、他の3要素と重複するところがある。このため、後継のケステンバーグの理論では、Flow Effort Elementを別枠扱いにしている。

 さて、舞踊を作る際には、Weight/Space/Timeという3つのエフォート要素を、それぞれ適宜制御すればよい。2の3乗で8種類の表現の基本パターンができるわけである。これをBasic Effort Action Drive (「基本的なエフォート実行による舞踊進行」という意味)という。

名前 Weight Space Time 表現内容
Float 漂い 弱い 継続 意識が完全に陶酔している
Glide 滑走 弱い 継続 何か対象に関心があるが、安穏である。
Wring 絞り 強い 継続 意識は強いが、特に注意の対象はなく、安穏である。
Flick はたき 弱い 突発 意識朦朧であるが、不安がある。
Slash 鞭打ち 強い 突発 対象を特定できない、又はしないまま、怒っている。
Dab たたき 弱い 突発 相手の注意を引きたい。
Press 押し 強い 継続 優位に立って、相手を威圧。
Punch 殴り 強い 突発 緊張感を伴った、強い怒り。

また、エフォート要素を特徴付しないというやり方もある。中立的のままにしたり、反対の特徴を同時に表出することで、攻撃/陶酔の度合いを、その要素だけ無くしてしまう。「すると、どうなるか?」についてラバンは次のように考えている。(この辺のことは、ラバンだけが興味を持っていることなので、あまり理解しなくても良いが、ラバンの『身体運動の習得』("Mastery of movement")の本では、このことが長々と述べられているので、ラバン自身はかなり重要な手法と考えていたようである。)

要素欠落 進行の名称 表現内容
Weightless Vision Drive 視覚的進行

力関係が規定されていない。
⇒実体感を感じさせない。

(世阿弥のいう「砕動風」に通じるものがある。)

Spaceless Passion Drive 情熱的進行

空間や対象との関係が規定されていない。力とタイミングの暴走
⇒情熱的舞踊

(「実際、情熱的舞踊の多くは、空間的制約を離れたものが多い」とラバンはいう)

Timeless Spell Drive 魔術的進行

「いつ」ということが規定されていない。
⇒時間の無い世界。不思議な感じ。

 次に、動きの全身的な形状についての特徴である「シェイプ」(Shape)について説明する。シェイプとは、全身的な形状に関する特徴である。細かい部位の形には注目せず、身体全体を大まかにとらえるものである。

 次の表にあるように、3つの面、「テーブルの面」(水平面)、「ドアの面」(前額面)、「車輪の面」(矢状面)を仮想的に考え、そこへ投影される人間のシルエットに注目する。

2次元シェイプ

 それぞれの特徴に対して、それが表現する心理状態が対応付けられている。テーブルの面でのシルエットの収縮は、何か対象物に集中した心理の表れ。逆に拡大は、何かを探しているような、対象物の消失の表れ。ドアの面での上昇は能動的心理の表れ。下降は、しょんぼりとして、落胆の表れ。車輪の面での前進は、自信の表れ。後退は、驚きや不安の表れである。

振り付け制作の例

 3つのエフォート、つまり「力強い or 弱い」「直線的(集中的) or 曲線的(分散的)」「突発的 or 継続的」を意識して、振り付けを作ってみよう。

 エフォートには、それぞれ似合う方向がある(下図参照)。

Effort Weight

Effort Space

Effort Time

この6つの似合いのパターンを総合すると、人間を包み込む立方体のルールが見えてくる。「ただよい」の動作を右手にさせる場合は、右上前方で動くのが最も似合う。攻撃的な「なぐり」の動作を右手にさせる場合は、左下後方に向けて動くのが、表現に効果的である。

New York のLaban Bartenieff Institute of Movement Studies では、ダンサーが即興技能を身につけるために、立方体の8つの頂点に向けて、それぞれ似合う動作を繰り返すという練習が用意されている。例えば、右下前方は「しぼり」の動作が似合う位置なので、ぞうきんなどのしぼれるものを置いておく。左下前方は「押し」の場所なので、ゴム風船など押せる物を置いておく。こうして、8つの頂点に対して次々とランダムに手を伸ばし、何か動作するという練習を続けて、空間の使い方を身につける。

Cube3D Effort Cube

 このようにして、ラバンはドイツ自体には舞踊作品を実際に作ったし(『身体運動の習得』にその例が書いてある)、またイギリス亡命時代には、戦争中ということもあってか、労働者の作業の動作を分析し労働効率を向上させることを目論んでいる。これが後年の動作分析理論に繋がっていく。

ラバン1での残された課題:

  1. 感情表現については理論構築されたが、対象人物、対象物体、舞台との関係については、あまり述べられていない。
  2. 感情表現の十分条件、あるいは必要条件が示されたにすぎず、実際の舞踊の設計にはまだまだ確定すべき要素が残っている。
  3. ある場面で見せるべきエフォートやシェイプは示されたが、作品全体での構成については指示がない。

★余談: 斎藤秀雄の「指揮法教程」での指揮動作の分類は、Time Effortの考えと重なる点が多い。

  1. 間接運動:拍子を示す位置に至る前に、拍子を予告する指揮棒の動き(点前運動)があるもの。
  2. 直接運動:拍子を予告する動作が無く、唐突に拍子が打たれるもの。

1.4 ラバン2(ラバノテーション):舞踊の何を記録すべきか


舞踊譜 Labanotation の例:
各部位の動作の方向が一致していないことが分かり、
Space Effort が Indirect であることが一目で把握できる。

 舞踊記譜法としては、ラバノテーション(Labanotation)が最も有名である。

ロボットの研究者の中にも知っている人がいた。ところが、その人に私が「ロボットの舞踊を考える上でも、ラバノテーションの考え方は参考になる」と言うと、「ラバノテーションはとてもじゃ無いが使えない」と言われた。もっともな意見である。ラバノテーションは、精度は雑だし、表記と実行される軌道の一意性は無いし、足運びの記述については表現方法が例外扱いである。

 実はこうした“欠点”は、巧妙な考察の結果として選択されたものであった。コンピュータグラフィックスでは、ラバノテーションに似て非なる記譜(例えばBVH型式など)が使われることが多い。こうした型式は、ラバノテーションの“欠点”を採用しなかったため、特定の動作を正確に記述することができても、正確すぎてデータが“硬く”、編集や解釈が難しいという、より大きな問題を抱えている。

 ラバノテーションの成り立ちは以下のようになっている。

  1. 楽譜を真似るのがよい。つまり、拍子という時間の単位を採用する。各関節が、指定の拍子までに、どの方位まで到着すべきかを記述する。
  2. 本来は、動作に出発点と終着点の両方を指示しないと、動作を一意的に指定できない。しかしラバノテーションでは、出発点は無視し、動作目標位置だけを記述する。動作の印象は終着点がより強く決定するからである。こうした考えはエフォート・シェイプ理論の考察が無いと決断できない。
    出発点の記述が無いので、編集が容易になる。なぜなら、「AからBへ行け」という音符と、「CからDへ行け」という音符を踵を接して並べると不可能な指示になるが、「どこからでもいいからBへ行け」と「どこからでもいいからDへ行け」という音符は並べられる。
  3. 目的地の方向は、体幹座標系から見た方位で記述する。つまり、胴体を基準にして左右前後を決める。こうすると読みやすい。実際、医学的な裏付けもあり、脳の腹側運動前野(ventral premotor cortex; PMv)では、体幹基準で見て運動を表現していることがわかっている。
    他の方法としては、例えば、関節ごとにその角度を記載するという方式でも、体の動きは記述できるのだろうが、踊り手にとっては読みににくくて使い物にならない。
  4. 体から見て、「上中下」「前中後」「左中右」と指示する。より細かい方位指示が必要な場合は、その旨、修飾記号を書き込むことで対処する。
    この3×3×3=27方位で十分であると割り切ったののも、エフォート・シェイプ理論の考えが背景になっている。
  5. 指示する方位は、その身体部位の末端の位置であって、関節角度そのものではない。人間は、端点の位置を制御しようとするものであり、途中の関節角度には興味が無い。
    これが特に際だつがの、脚の踏みだしの記述である。例えば、「右脚を一歩前へ」などと指示するラバノテーションは、単純で常識的に思えるが、現実はそうではない。踏みだしでは左脚の関節も動いている。むしろ、体を支えて頑張っているのは左脚である。「片足を振り上げつつ、他方の脚に力を入れて大地を後ろへ蹴る」と記述する方が、ロボットへの指示としては正しい。しかし、我々は振り揚げ脚を気にするばかりで、支持脚に対してはほとんど意識しない。ラバノテーションでは人間の意識の仕方に合わせている。
  6. エフォートとシェイプが明瞭に解るように、音符をデザインする。
    例えば、「下へ」を意味する音符は黒塗りである。黒塗りが多い区間では、この踊り手は「ドアの面」シェイプが下降しており、しょんぼりしているなとすぐ解る。前後左右の方向指示は三角形で行う。三角形の向きが揃っている区間では、Space Effort Elementが直線的であることになるから、何か対象物を意識した踊りが行われていると推定できる。

Labanotationの詳細については、Ann Hutchinson, "Labanotation"で詳しく説明されている。

なお、Wikipedia 英語版のLabanotation の説明では、エフォート線図という別の図が掲出されているので、間違いである。

2. ラバン理論の内外にある諸理論との関係

2.1 世阿弥:キャラクター理論、ラバン一派との共通点と相違点

世阿弥は振り付けの方法論を体系的に書き残している。これはおそらく現存するものの中では世界最古の身体動作理論の本だろう。

下の表は『花鏡』に述べられている、振り付けの6つの類型である。

初学者に対しては、最も簡単な「手智」(作業的で明瞭な動き)から稽古を始め、次に「舞智」(抽象的な舞)、そしてそれらの混合、さらには調和へと稽古していく。

また、役のキャラクターに応じて、これら類型を選ぶべきとしている。

手の動き主体の動き 体全体をつかった抽象的な舞
別々に行う 手智 舞智
順序を取り混ぜて行う 有文風相曲智 無文風相曲智
融合させて同時に行う 手体風智 舞体風智

世阿弥は、このように作為性という点に目を付けている。これはラバン理論で言うところの Flow Effort Element に該当する。ちなみに、これはバレエのパとマイムの区別にも類似している。

しかし、世阿弥は攻撃・陶酔については、メインの要素としては挙げていない。もちろん、「老体」「女体」「軍体」「砕動風」「力動風」などのパターンを示してはいるのだが。あえて関連付けてみると、攻撃形態は「軍体」「力動風」、陶酔形態は「老体」「女体」となるだろうか。つまり、キャラクターに割り当てているのである。ダーウィンのように表現の強さの程度問題とせず、ラバンように個別の要素に分けて考えてはいない。

世阿弥にとって問題は、「表現が強ければそれで良いのか?」ということだった。金春禅竹宛の手紙『佐渡状』では、「力動なんどわ他流の事」と書いてあり、鬼を力いっぱいの力動風で演じる流儀を排除している。単調な攻撃・陶酔どちらかに傾いて一色になった動作には興味が無かったのではないだろうか。あるいは、そうした一色の動作を用いたかったにしても、単調になるので作劇上の難しさを感じていたのかもしれない。

2.2 ハッチンソン:ラバノテーションの拡張(動作の大くくり化と、舞台環境についての情報の盛り込み)

ラバノテーションは、一挙手一投足ごとに、関節の方向を全て記述する。

記録としては正確であるが、煩雑になる。「ある程度動いていれば、詳細な関節角度はどうでもよい」と指示したい場合もある。たとえば「手足のどれを使ってもよいから、丸く速く動け」という具合にである。

そこで Ann Hutchinson Guest がラバノテーションの拡張版である Motif Writing を制定した。詳細は教科書が出ているので、そちらに譲る。

2.3 コーエン:四肢の同調の原型

動物は、四肢を同時にバラバラに動かすことができない。一肢だけを動かすか、あるいは複数の肢を同じタイミングで動かすしかない。

四肢のどれとどれが互いにつられれ動く時、肢のペアリングにはパターンがある。

そのパターンは、完全に自由に選べるわけではなく、動作者の心理状態、成長状態、進化の度合いなどに応じて決まるという説を Bonnie Cohenは述べている。

2.4 バルテニエフ:コーエンとラバン理論の合体

Irmgard Bartenieff は、コーエンの理論と取り入れ、ラバンのEffortやShapeに次ぐ要素として、振り付け理論に組み入れている。

2.5 ケステンバーグ:フロイトとバルテニエフを合体させて、幼児の動きの意味を知る

Judith Kestenbergは、Anna Freud の発達心理学と、ラバンやバルテニエフの理論とを統合した。

統合の中で、筋肉の緊張のリズムのパターンを新たに表現の要素として組み入れた。

というわけで、ケステンバーグの段階まで来ると、下記のように、振り付けの細部まで決定できるのである。

表現したいこと 表現内容にふさわしくする際の着眼点 調節すべき動作の物理量
能動さ、従順さ Weight Effort 力加減
驚き、自信、安心 Time Effort 継続・突発
関心、無関心、内向性 Space Effort 空間的な動きの集中・発散
驚き、自信、安心 Wheel Plane Shape 前進・後退
能動さ、従順さ Door Plane Shape 上昇・下降
関心、無関心、内向性 Table Plane Shape 体型の広がり・収縮
成長度合い、パニック度合い 四肢のつられ方の典型パターン (Cohen) 四肢の同時動作
生理的な欲求の種類 筋肉の緊張リズムの典型パターン(Kestenberg) 動きのリズム

3. 現代的な理系理論から見て

3.1 ティンバーゲン:連想主義的表現理論(コネクショニズム)の限界と克服。複雑で特定的な意味を持つ動物ジェスチャーはどのように生まれるか。

ニコ・ティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen)は、動物の表現行動の構造と成り立ちについて分析している。

  1. 基本は、ダーウィンによる連想表現と反対表現の原理。ここでは、表現の意味の強さは、行動の量に依存する。(行動の量とは、繰り返し回数、動きの速度、声の音量、動員される部位多さなどである。)
  2. 表現行動は、定型化することがある。行動の量や順序が一定のパターンにはまり、状況の違いによらず一定になる。儀式化(ritualization)と呼ぶ。
  3. 攻撃衝動と逃避衝動が同時に強く存在する時の行動は、攻撃行動と逃避行動とが混在し、意味が矛盾したものになる。これを葛藤行動(ambivalent behavior) とよぶ。
  4. 動物が攻撃/服従以外の意味内容を表現できるのは、葛藤行動を有効利用しているからではないか。求愛のダンスは、攻撃と服従が入り交じっていることが多く、葛藤行動であるように見える。ある葛藤行動のダンスが、求愛すべき場面でたまたま起こり、それが相手に求愛の意味として解釈されるものだったのではないか。偶然の産物であろう。
  5. 衝動がたまっている場合、本来その衝動とは関係のない儀式化した行動が、衝動のはけ口として実行されることがある。 このため、葛藤行動は、単純な攻撃・逃避特徴の同時表出という単純なレベルに留まらず、定型的な動作がコラージュされた複雑なものになりえる。

葛藤行動は、音楽での「トリスタン和音」のように、一般的な原則からはうまく説明の付かないものである。しかし、動物のコミュニケーションのための鳴き声や踊りでは、よく使われてきたということになる。

フリッシュは、ミツバチはダンスでエサの場所の方位と距離を仲間に教えることを発見した。ここまで来ると、舞踊ではなく言語であり、行動の成り立ちを説明することは難しい。

古典的に舞踊を構成すると 序盤ではsuccession(平凡な継承), 後半からクライマックスに向けてはprogression(盛り上がるように印象を一方向に強めていく)
動物の求愛のダンス 最初から、印象が矛盾する要素を混在して見せ、相手が反応するまで繰り返す。
ミツバチのダンス 記号的な通信。

3.2 ヨハンソン以降、最近の脳科学: 身体動作知覚は極めて特殊であること。

何か動きの断片(影法師や、草むらの於くにチラチラ見える動きなど)を見て、それが動物や人間の動きであると判定し、どこが手足なのかを、瞬時に推定する能力が、人間にはある。

動きから身体の構造を見つけるこの能力(Structure from Motion, SFM)は、認識工学的に考えると、かなり複雑で高度な能力である。もっとも、この能力が無ければ、草むらの奥に潜む、天敵や獲物の存在に気付けないから、生存競争に負けてしまう。身体動作知覚の能力は、たとえ脳の能力を大量に消費しても、身につけるべきものとして、特別に進化を深めてきたものであるのかもしれない。

従来の学説のように、人間は簡単な原理に基づいて身体動作を見ているという考えは、怪しくなる。

脳が行っている知覚は、相当に複雑怪奇である。例えば、前頭前野に損傷を受けると、他人の動きを模倣してしまうという現象がある。このことから、「他人の踊りを見る」→「脳のどこか(腹側運動前野)が、自分(の心的身体イメージ)も真似して踊っている様を想像する」→「踊り出さないように、前頭前野が押しとどめる。(前頭前野が損傷を受けていると押しとどめられない。)」というカラクリが予想される。


以下は、元にした旧原稿。

「身体論」輪読会資料 第6回:舞踊 (ダンス) と身体

2006年8月25日 (Dep. CPS 121)

身体:多義的である

空間: 知覚上では歪んでいる

舞踊を作りだし見る能力はどのようなメリットがあるか? (第1問題)

舞踊とは何を見せているものか? (第2問題)

  1. 運動軌道か?: 厳密に一致しなくても、印象が同じ舞踊が存在。見る方向によって動きは異なって見える。
  2. 運動目標ポーズか?: 型を見せる。しかし、写真と動画は印象が異なる。
  3. 運動の力学的な特徴か?: 力強さなど。Effort理論。しかし、空間の意味づけも閑却できない。
  4. 運動の方向性か?: 対象物とダンサーの関係。しかし、単独舞踊もありえる。
  5. ダンサーの関心対象か?
  6. ぎこちなさや流麗さ、力みか?
  7. 動物らしい身体動作か?: 要素の間の動作の動物らしい相関関係
  8. 運動リズムか? : Kestenberg Movement Profile (KMP) では重視
  9. 呪術性か?: ありふれた運動は舞踊とは呼ばない。舞踊は呪術由来が多い。意味づけを継承している例もある。能など。

舞踊はどのように作ることができるか?(第3問題)

舞踊制作法は (成長や時代によって) どのように変化するか?(第4問題)

感想: 未解決部分は次のように整理しえる

1) 身体制御の並列性: 基準とする座標系、動作の目標、軌道の特徴、筋の出力など、メカニズムはかなりバラバラ。しかしダンサーはいちいち意識を切り替えて選択しているのだろうか?

2) 視覚によるダンスの知覚: 何を見ているのか。動物的運動の最低必要要件から、高度な表現の上限まで。

3) ダンスの創作: どのように作りえるか。Ittenの方法は興味深い。