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私の研究と計算尺

July 16, 2010, Daisuke TOMINAGA
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私の研究

私の研究は、生命現象を動的なネットワークから生じるものとして解析することです。 生物の基本単位は細胞ですが、その細胞内には代謝系、遺伝子同士の制御関係、 外部刺激を適切に伝達する経路など、 さまざまなネットワークが抽象的に想定されています。 それらの多くは、存在、あるいは構造が未知であるとされていますが、 これらのネットワークが機能した結果として種々の生命現象が観察されると考え、 逆に観察される生命現象から、 ネットワークの構造を推定するための手法を研究しています。

20世紀末、私は大学の博士課程在学中に、 ネットワークを連立微分方程式で記述し、 時系列データからモデルである連立微分方程式を同定し、 ネットワーク構造を得る手法について研究していました。 ネットワークを連立微分方程式で記述することは、 以前からよく行われていたことでしたが、 普通はネットワークは具体的にどういった要素から構成されているのか、 またどういった挙動を示すのかによって、 もっとも適切な微分方程式の形を研究者が経験によって選ぶことが必要でした。 私の当時の指導教官はそれに対して、 どんな系にも同じ形の微分方程式を適用する方法を研究していて、 それを遺伝子制御ネットワークの同定に適用することが私の研究テーマでした。

私の研究と対数

その連立微分方程式は S-System と呼ばれる形式で、 もっと一般的にはべき乗則 (Power-law) 形式の一つでした。 これは表現の自由度が高い、つまりどんな挙動でもうまく再現できる一方で、 観測されたデータを再現するモデルを作るのは難しいという欠点を持っていました。 その理由はたくさんありますが、一つには「べき乗則である」こと自体がありました。 つまりモデルに含まれるパラメータの値が少し違っただけで、 再現するデータが大きく変わったり、 数値計算的に不安定な性質が強い (パラメータの値によっては計算がオーバーフローしたりしやすい) のです。

そこで、少しでも S-System 形式を取り扱いやすくするために、 モデル全体を対数変換する、という方法がありました。 こうするとべき乗則の塊だった連立微分方程式が線形の方程式に変換され、 非常に扱いやすくなるのです。 ただ、0 の対数を計算しようとすると負の無限大に発散してしまうので、 データの値によっては対数変換ですべて解決、というわけには行きませんが、 有効な手法の一つには違いありません。

対数を取ると、どんな値も小さくなります。 1 より大きな値はその絶対値が小さくなり、 1 より小さな値は、小さなものほどどんどん急速に負の無限大に向かって発散します。 この発散のし方には、再帰的な側面があります。 つまり、1 → 0.1 と、0.1 → 0.01 が同じ距離になります。 そしてこれは十進数じゃなくても同じです。 これは、 S-System を対数変換すると、 与えられているデータがおおよそ 1 より大きいならば非常に扱いやすくなる、 0 に近くなるならば数値計算的に不安定になる、ということです。

そのモデルで再現しようとする観測データは、当時 (も今も) DNA マイクロアレイと呼ばれる実験技法で観測されるデータを想定していました。 これは多数の遺伝子の発現している強さを同時に観測する技術ですが、 観測される値はおおよそ対数正規分布することが経験的に分かっています。 そのため、計算機で取り扱う際にはまずその観測値の対数値を計算し、 それから様々な統計処理を行って解析できるように準備する、という手順を踏みます。 これがなぜ対数正規分布なのかは分かっていません。 また遺伝子制御ネットワークは、 ある特徴量を見るとべき乗則にしたがっていますが、これも理由は分かっていません。 このように、私の研究テーマには、多くの点で対数とべき乗則が関わっていますが、 原理や理由が未だ明らかにされていないために、 まずは観察するとどのような特徴、特性があるのかをよく把握する必要があるのです。

私の研究と計算尺

私は正直に言って、対数の数学的な意味や成り立ちはあまり興味はありませんでしたが、 上記のようなことを把握し研究のひらめきにつなげる、 という研究上の必要性から、対数の性質を理屈ではなく直観で把握できるよう、 努力していました。 また研究の遂行上、電卓のような8桁の精度よりも、 2〜3桁の精度でいいのでもっと手早く概算を得る必要が生じることがよくあります。 計算尺は、この二つの側面にぴったりと合う道具なのです。

そんなわけで現職についてからしばらくして、計算尺を買おうと思いましたが、 売っているのを見たことがありませんでした。 最後に見た記憶は、小学校の教科書に載っていた写真です。 そこでウェブ上を検索し、「計算尺推進委員会」というウェブページを見つけ、 そこで紹介されていた東京・銀座の伊東屋という文具屋に買いに行きました。 すぐには見つけられず、店員さんに聞いて見せてもらい、 そこにあった3種類の円板型のうちのいちばん大きなもの、No. 300 という型番のものを買いました。 その後、財布と同じくらいの大きさの、一回り小さい No. 27N というのを買いました。 これはいつも、ガソリンスタンドで給油するたびに燃費を計算するのに使っています。

ほとんどの仕事をパソコンでしていて、電卓を持っていない私にとって、No. 300 は予想を上回る便利さでした。あっという間に私の研究活動に自然に溶け込んで、 毎日なにげなく使っていましたが、 そういえばしかし、計算尺っていうと普通は直線型のものを言うよな、と思いました。 普通の 10 インチ尺ならコンサイスの 27N と対して精度は違わないはずですが、 見やすさ、使いやすさの違いは使ってみないと分からないなぁと思い、 入手を試みました。

普通にインターネットで検索しても、 店頭においてあるところはまったく見つかりませんでした。 今ではいくらか入手法があるのを知っていますが、 そのときは予想以上に見つからず、がっくりしたのを覚えています。 そこでネットオークションなどで見てみると、 どれもアンティークやビンテージ扱いで、すごい値段がついていました。 そしてしばらく探して見つけたのが、ドイツのファーバーカステル社のカタログでした。 カタログは MS-word のファイルでファーバーカステル社の URL でしたが、 どこからもリンクが張られておらず、もしかすると単に消し忘れてるだけなのかな? という気もしました。しかしカタログにはドイツ語版に加えて英語版もあるし、 問い合わせは e-mail で、とも書いてあるし、 実は在庫がまだあるのかもしれない、 と思って英語で問い合わせメールを書いて送ってみました。 するとまもなく「在庫ありますよ。どこに送りますか?」と返事がありました。 やった!これを逃す手はない!とすぐ、いちばん値段の高いモデル Castell NOVO duplex 2/83N (€73.31)を注文しました。 今、いちばんよく使っているのがこれです。

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July 21, 2010
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