古賀 隆一(こが りゅういち)

  

写真:左から、コガ(東京産)、エンドウヒゲナガアブラムシ(つくば産)、背側から見たエンドウヒゲナガアブラムシの共生器官(緑がBuchnera、赤が二次共生細菌、青が宿主細胞核)

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経歴
1999年3月     東京農工大学連合農学研究科終了(農学博士:植物の二本鎖RNAと起源と進化に関する研究)
1999年3月~12月     工業技術院 生命研ポスドク(難培養性微生物の特異的検出・計数法の開発)
2000年1月~2001年3月 科学技術特別研究員(共生細菌を用いた宿主の大規模形質転換系の開発)
2001年4月~2009年9月 産業技術総合研究所 研究員
2009年10月~現在   産業技術総合研究所 主任研究員

研究テーマ
「アブラムシ二次共生細菌の体内動態および機能解析」
「アブラムシ共生細菌の垂直感染機構の解明」
「昆虫類共生細菌の体内局在の組織化学的検出」

研究内容説明

 春になると、公園の植え込みに可憐な紫色の花をつけるカラスノエンドウという草がたくさん生えています。また、白い花をつけたシロツメクサが茂った野原もよく見かけるかと思います。これらのマメ科植物の葉裏や腋芽、茎を良く見ると、大小さまざまなエンドウヒゲナガアブラムシ(上図中央)という緑色のアブラムシがウジャウジャっと付いていることがあります[1]。このちょっときれいなアブラムシに限らず、現存するすべてのアブラムシは単独では生きていけず、そのほとんどが体内の特殊な細胞に存在するBuchnera aphidicola[2]という細菌を必要としています[3]。一方Buchneraのほうもアブラムシが与える栄養素を必要としており、やはり単独では生きていけません。したがってアブラムシとBuchneraはお互いなしでは生存することができない不可分な存在であり、アブラムシと細菌で一つの生物を構成しているといっても過言ではないのです。

 アブラムシとBuchneraのこの親密な相利共生関係には、しばしば居候のような細菌が加わっています。これらの細菌は宿主アブラムシの種類により一部の個体に感染している場合から 100%の感染率を示すものまで幅広く、またその形態や体内での分布もさまざまです。そのため、Buchneraがアブラムシにとって必須であり野外集団中で普遍的に見出されることから一次内部共生細菌と呼ばれるのに対して、これらの細菌は二次内部共生細菌と総称されます。二次共生細菌の多くはいまだ機能不明ですが、比較的高い感染頻度を示すことから、アブラムシ内部共生系において何らかの生物学的機能を担っていることが予想されております [4]。これら二次共生細菌の発揮する機能はアブラムシの生理のみならず生態や進化に多大な影響を与えると考えられ、その探索は非常に興味深いテーマであります。これまでに私たちは、アブラムシの生存繁殖に必須であるBuchneraを除去してもSerratia symbioticaという二次共生細菌がその欠損を部分的に補えることを明らかにしてきました。またRegiella insecticolaが宿主昆虫にとって最適な寄主植物種を変え得ることを明らかにしました。一方、SpiroplasmaRickettsiaという二次共生細菌感染については宿主アブラムシの成長や繁殖に若干悪い影響を与えることもわかりました。ただ、共生細菌の宿主への影響は評価する条件により変わることも充分考えられます。今後は二次共生細菌の宿主への影響について他の条件での評価を試みると共に、そのメカニズムの解明を目指した研究を展開してまいります。

 一方、いくら二次共生細菌が重要な生物学的機能を担っていようとも、アブラムシ宿主体内で維持され、他の個体や次世代へと伝達されなければ、その機能を発揮しようがありません。これらはどのようなメカニズムによって達成されているのでしょうか?アブラムシ腹部には、菌細胞(bacteriocyte)という細菌との共生に特殊化した巨大な細胞と、鞘細胞(sheath cell)と呼ばれる扁平な小さな細胞から構成される、菌細胞塊(bacteriome)と呼ばれる巨大な器官が存在します(左図)。この器官の中で Buchneraは菌細胞に、二次共生細菌は少数の菌細胞に加えて鞘細胞[5]に格納されているのですが、このような高度かつ緻密に発達した共生器官が、宿主体内で共生細菌を維持し、その機能を発揮させる場となり、さらに卵や単為生殖胚へ共生細菌を垂直伝達させる上で、重要な役割を果たしていることは容易に想像できることです。このメカニズム解明の第一歩として、私たちは現在組織学的手法を用いて、エンドウヒゲナガアブラムシ共生細菌の垂直伝達過程と高度な共生器官の分化過程を詳細に解析しております。すでに一次共生細菌Buchneraと二次共生細菌Serratia symbioticaについて解析を行い、これらの比較から一次共生細菌と二次共生細菌の間での垂直伝達過程や共生系構築過程の差が明らかになり、興味深い知見が得られつつあります。今後はこの知見を生かし分子メカニズムに迫る研究を展開できればと考えております。

 このような内部共生細菌はアブラムシだけに限った話ではありません。現生の昆虫類の多くの種から見出されており、一説には90%の昆虫が何らかの内部共生細菌を保有するなどといわれています。この推定の正否はさておき、これまでに約180万種の生物が記載され[6]、その半分以上を昆虫が占めていることを考えますと[7]、それに対応する内部共生細菌も多大な多様性を有していることが予想されます。これらの中には、多種類の共生微生物が整然とすみわけ、それぞれが独自の経路で卵へと感染していくものや、卵巣表面を卵へ群をなして行進していくもの、卵への垂直伝達の場への移動のための乗り物として宿主昆虫の細胞を使うものなどが存在し、その多彩さとある種の異様さは人間の想像の域を越えたものがあります。しかし、過去の解析は包括的かつ緻密ではあるものの、当時の技術的限界ゆえに、共生系を構築する微生物の実体が明らかにされないままの記載にとどまっています[8]。私たちは、共生微生物の同定情報に基づいたホールマウントin situハイブリダイゼーションなど最新の組織化学的手法を駆使して共生系を構築する複数の微生物を厳密に区別した上で、様々な昆虫について宿主体内での分布や垂直伝達過程などを解析しております。これにより、内部共生系の組織学的形質の多様性や共生微生物の系統に基づいた整理や、さらにはその起源や進化の考察が可能になると考えております。

その他
 昆虫には、ヒトの免疫系において重要な役割を果たす抗体に対応するものはありませんが、抗菌ペプチドや食細胞から構成される生体防御機構を持っており、病原微生物の感染や寄生体の侵入に備えています。体液中に存在する二次共生細菌なども、この生態防御機構の標的となり駆逐されてしかるべきなのですが、実際には何らかの方法で逃れています。このような内部共生細菌と昆虫生体防御系との関わりの解明は、共生器官の分化メカニズムなどと同様に、非常に興味深い研究テーマです。現在当研究グループでは、ショウジョウバエとスピロプラズマという細菌の細胞内共生系について免疫系の変異体を用いた研究をおこなっていますが、アブラムシの共生系でも抗菌タンパク質の発現などに着目した研究テーマを今後展開できればと考えています。

上述のとおり、内部共生細菌は宿主昆虫にとって何らかの重要な生物学的役割を担っていることが想定されることから、この生物学的役割の基盤となる遺伝子群は有用な機能を持つことが期待されます。したがって内部共生細菌は膨大かつ有望な遺伝子資源といえます。現状では宿主昆虫の採取が困難であったり、飼育法が確立していないため、この膨大な遺伝資源の大半は手付かずの状態です。しかし近年のゲノム解析技術や網羅的遺伝子発現解析技術、大規模塩基配列決定技術の進展により、ショウジョウバエなどのモデル生物でなくとも、これまでの記載的な研究から一歩進んで、機能解析的な研究が展開できる基盤が整備されつつあります。これらの技術を駆使した、この非常に魅力的な内部共生系の研究の展開を今後も考えていきます。

最後に
 ちょっと想像してみてください。ミニソーセージやパチンコ玉のようなバイ菌が自分の血管の中を流れる血液中を泳ぎまわり、細胞の中をウヨウヨとうねっている様を。まさにこの写真のように・・・。実のところ、人間には抗体など強力な免疫機構が備わっているために、こんな状況にはなかなかならないし、もしなったとしたら敗血症で死んでしまうでしょう。しかし、昆虫の内部共生系ではこのような状況は特段珍しいものではありません。昆虫と微生物の関係には、人間の常識からすると非常に奇異に感じられるものが多く見られますが、このような生命現象を奇妙かつ特殊なものであると考えるのは早計かもしれません。生物についての人間の知識の多くは、ごくマイナーな生物種である哺乳類(4,000種程度。昆虫は95万種)の、さらに限られた十数種について得られたものが大半であり、生物の持つ性質の多様性のほんの一部を覗いたに過ぎないのです。このような限定的な知識に基づいた価値観は非常に偏ったものといわざるを得ないでしょう。これまで高度な機能解析技術はモデル生物のみで利用可能で、それ以外の生物については珍妙な生命現象を持っていても、その現象の記載か、出来ても生化学的な解析が関の山でした。しかし近年、先にも触れましたが、モデル生物でなくともゲノム解析や大規模遺伝子発現解析、場合によってはRNAiによる特定の遺伝子の機能欠損解析などが可能になりつつあります。従いまして、いまだ制限が無いとは言えませんが、扱いにくい生物材料も解析の俎上に載せられるようになったのです。これらの技術がさらに進展すれば、今後は博物学的にいかに生物のことを広く知っているか、たとえ多少扱いにくい材料だとしても珍妙で魅力的な生命現象をいかに多く知っているかということが重要になっていくかもしれません。


ひとこと

ムシハダイキライダ。
 
デモ、サイボウナイキョウセイトイウテーマハ
コノ、オサナイコロカラノキヒカンヲ、
コクフクシタキニナレルクライ、オモシロイ。

イマヤ、ゼンチョウ7センチハアロウカトオモワレル
バナナオオオサゾウノヨウチュウヲ、キキトシテキリヒラキ、
ソノシボウタイヲ、スミヤカニジョキョシ、
ショウカカンヲ、ムキズデトリダスコトニ
ヨロコビヲオボエルマデニ、ナリマシタ。

メデタシ、メデタシ?
 


関連研究業績


関連情報
古賀隆一、深津武馬2012生存に必須な共生細菌が子孫へ伝達される瞬間をとらえた!-昆虫が共生細菌を次世代へ伝える機構を解明- 2012年5月28日 主な研究成果(ウェブサイト発表)
http://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/nr20120528/nr20120528.html


補足説明
[1] アブラムシは卵胎生で、無性世代では卵ではなく幼生を産みます。そのため、一つの集団の中に、似た形をした様々な大きさの虫が混然となっていることが多いです。なお、エンドウヒゲナガアブラムシの場合、理想的な条件だと1頭の親虫が100頭を超える幼生を産みます。

[2] Buchneraは一次共生細菌とよばれる細胞内共生細菌で、宿主体内では菌細胞と呼ばれる直径約50 μmの巨大細胞の中に住み着いています。Buchneraは宿主に必須アミノ酸を供給しており、そのため、この共生細菌を失ったアブラムシは子どもを産む能力を失ったり、場合によっては死んでしまったりします。そのため、アブラムシの生存・繁殖に必須な共生細菌であります。なお、Buchneraとアブラムシの共生関係は1億年以上の長きにわたると推定されています。

[3] 稀な例として、Buchneraが酵母様共生体に置き換わっていることが知られている。

[4] たとえば100%の感染率を示すものはBuchneraの機能を補完する役割を担っているのではないかといわれています。また、すでにいくつかの二次共生細菌の機能が、我々も含めたいくつかの研究グループから報告されています。

[5] 二次共生細菌は菌細胞と鞘細胞に加えて、体液中にも高密度で存在します。

[6] 現在地球上には1,300万種の生物が生息しているという推定がある。

[7] 記載されているものだけで95万種。未記載種も含めると800万種を超えるのではないかといわれている。いずれにせよ、生物多様性の大半を昆虫が占めているといっても過言でないでしょう。

[8] とはいえ、膨大かつ緻密な記載があり、先人の偉業にただただ圧倒されます。