1.1 ショットキー障壁の制御性Sは半導体材料物性固有か?

★結論:ショットキー障壁の制御性は半導体材料物性固有とは言えない。

■ 古典的解釈:S値は物性固有
S値が物性固有という古典的解釈については、「物理学的問題としてのショットキー障壁問題 〜 半導体物理分野半世紀の重要問題」 の解説内、「界面準位の起源モデルの時代(1965〜1984)・理論モデル提案を触発した、フェルミ準位ピニングの実験的検証」の節を参照。

S値が1より小さい値を持つということは、金属と半導体の界面に、界面準位が存在し、それにより半導体側から界面に電荷が流れ込んで蓄積し、それによって、Schottky障壁高さが、金属のフェルミ準位の影響を受けにくくなっている状況があることを示している。 理論的には、この界面準位は、半導体中での金属誘起準位(MIGS)によると理解されている[1-3]。 この理論的モデルでは、金属からpenetrateしたMIGSの波動関数は、イオン性が高いほど半導体中で強く減衰するので、その密度は減少してゆくと説明されている[2]。 いいかえれば、S値は、半導体材料固有であることが理論的に示されていた。

■ S値の表面界面の性質依存性
1980年代になると、S値の表面処理依存性を示すいくつかの重要な研究がなされた。 Le Layら[4]は、ダングリングボンドを水素で理想的に終端させたSi(111)表面上に反応性の低いPbを堆積させる事により、ショットキーリミット(S=1)のときに得られるはずの0.12eVという障壁高さを得た。 また、Fanらは、界面形成前のGaAs表面をS終端させることにより、Sが従来の報告値である約0.1に比べて、0.5程度まで大きくなることを報告した[5]。 Changらは、90KにおいてGaAs表面にAu及びAlを堆積させると、Sが室温での堆積時に比べて大きくなることを示した[6]。 これらの結果は、Sが半導体バルクの特性ではなく、表面の電子状態や界面反応と関係があることを示唆している。  本来、界面の電位障壁高さは、界面の電気的ダイポールと、金属と半導体の間の静電ポテンシャル(内部仕事関数)差の和で表現される。 (表面での障壁、すなわち仕事関数については、ワンポイント解説ページ参照。) 従って、金属や半導体材料を変化させる実験では、S値のバルク物性依存性が実験的に発現するし、また、表面処理や界面の形成プロセスを変化させれば、界面ダイポールの影響が強く発現する。 イオン性の低い半導体では、界面ダイポールよりも、内部仕事関数の影響が相対的に強いと理解することで、これまでの実験結果を包括的に理解することができる。 逆に、イオン性の強いワイドバンドギャップ半導体では、逆に界面ダイポールの影響が強く発現することが考えられる。 さらに、このような半導体では、イオン性により強い結合力をもっているので、界面化学反応が進みにくいという特徴をもっている。 従って、S値は、他の半導体よりも表面処理に強く依存することが予測できる。

また、シリコンと金属の金属間化合物であるシリサイドがシリコンと形成するシリサイド/シリコン界面においては、 AT&Tベル研究所のR. T. Tungが、シリサイドのシリコンへの接合方位が180度異なるだけ(つまりシリコンもシリサイドもその原子配列は全く界面まで同じで、 界面の幾何学的接合方位が異なるだけ)の2つの界面で、ショットキー障壁高さが140mVも違うことを見いだした[7]。 この研究トピックにより、界面のショットキー障壁に対する影響がおぼろげながら見えてきた[8]。 というのは、これは大変綺麗な結果だったので、その真偽について当時IBMと論争が起こり、世界中の実験研究者による追試と、色々な方法の理論計算が行われた。 結論的には、Tungの実験は正しいものであった。また、界面準位が多量に理論計算で示されることとなった。 問題は、このシリサイド/シリコンという界面の原子配列の点で大変綺麗な界面であったことから、 ショットキー障壁のモデル界面と位置づけられ、その結果その性質が、他の界面でも本来同様な性質を持っているだろうという、帰納的な理解を広めてしまったことである。

■ 最新の理解
著者らの最新の結果では、表面処理の技術的レベルを上昇させることで、 シリコンカーバイド(SiC)という半導体の表面準位を低減し、結果として金属堆積後の界面準位を何桁も減らすことに成功した[9-11]。 この界面では、界面の原子配列の整列性の程度、すなわち界面order/disorderの程度が制御された。 最も高度な原子レベルでの原子の整列性を高めた表面洗浄技術を用いた場合には、界面準位は、10の10乗/cm2/eV台にまで激減した。 このことから、少なくともSiCにおいては、過去信じられてきたMIGSの大きさは、2桁程度以上過大評価されていたことがわかった[10]。 この界面系では、シリサイド/シリコンとは全く異なり、界面準位を大幅に低減された状態が最も原子配列の整列性を高めた場合であった。 すなわち、原子配列での理想界面は、この系においては、電子準位密度の点においても大変少ない理想界面になっていたということであり、 理想界面の意味するところが、今後変化するきっかけとなるだろう。

以上をまとめると次のようになる。
・大まかな傾向として、半導体バンドギャップの大きさと、ショットキー障壁の制御性Sは比例する。
・より具体的には、ショットキー障壁の高さは、界面の電子状態すなわち、界面にどのくらい電荷がたまりやすいかという個別界面の状態で決まる。
・MIGSは、過去計算で予測されていた量よりずっと小さい。 従って、界面準位の少ないという意味での電子的理想界面を形成することは、物質によっては可能になってくる。
・表面準位の大きさは、金属堆積後の界面準位の大きさに強い影響を与える。すなわち、洗浄技術を進化させることが、界面準位制御の必須事項である。

[1] V. Heine, Phys.Rev. 138, A1689 (1965).
[2] J. Tersoff, Phys.Rev.Lett. 52, 465 (1984).
[3] W. Monch, J. Appl. Phys. 80, 5076 (1996).
[4] G. Le Lay, V. Yu. Aristov, K. Hricovini, A. Taleb-Ibarahimi, P. Dumas, R. Gunther, J. Osvald, and G. Indlekofer, "Control of Semiconductor Interfaces, " eds. I. Ohdomari, et.al. (Elsevier) 39 (1994).
[5] J. F. Fan, H. Oigawa, Y. Nannichi, Jpn. J. Appl. Phys. 27, L2125 (1988).
[6] R. E. Viturro, S. Chang, J. L. Shaw, C. Mailhiot, L. J. Brillson, A. Terrasi, Y. Hwu, G. Margaritondo, P. D. Kirchner, and J. M. Woodall, J. Vac. Sci. Tech. B7, 1007 (1989).
[7] R. T. Tung, Phys. Rev. Lett. 52, 461 (1984).
[8] 大泊 巌, 原 史朗, 知京 豊裕, 「原子的尺度で見たシリサイド/シリコン界面の構造と性質」, 応用物理 56(3),311-331(March, 1987).
[9] T. Teraji, S. Hara, H. Okushi, and K. Kajimura, Appl.Phys.Lett., 71, 689-691 (1997). [PDF] (387kB)
[10] S. Hara, Surf.Sci.Lett. 494, L805-L810 (2001). [PDF] (249kB)
[11] T. Teraji and S. Hara, Phys.Rev. B70, 35312 (2004). (19ページ) [PDF] (1MB) or [PDF] with high quality (6.3MB)

平成16年6月3日(H17.7.8. 一部改訂)

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Last updated: July. 8, 2005. Shiro HARA's Web Site