■ これからの研究の方向性 〜 ナノテク利用の視点から

ナノテクという言葉が今巷に溢れている。子供達までが言葉を知っているのには驚かされてしまう。ナノテクは、21世紀の入口に立つ我々にとっては、これからの科学技術の道標であり、縁の下の力持ちというコンセンサスが出来つつある。

・ナノテクのアキレス腱
さて、問題は、そのナノテクは実際にどんな風に我々の社会で利用されるのか、という疑問にある。あらゆるミクロスケールの物理現象や加工技術、そしてその産物は、ひとくくりにナノテクと呼ばれるが、なかなか実用技術の成熟した段階に至っていないのが実情である。夥しい科学者と技術者がとりくんでいる割には、実用的成果が乏しい。この問題は、ナノテクがミクロな技術だけに、実用(生産)技術とのへだたりが非常に大きいことを逆に強く意味している。今後無尽蔵にリソースをナノの世界に投入し続ければ、個別技術は次々生まれるだろう。しかし、残念ながら、大多数の個別例においては、使われる最終製品として船出するための分厚く息の長い開発投資のサポートが得られずに、成長するに至らずに死蔵してしまうであろうことは疑いようもない。もっとも危惧するのは、成果が出てこないうちに、世間が失望してしまうことである。株式市場では現在IT関連に続いてナノテク銘柄が注目を集め、それ自体ナノテク支援になっていることは歓迎すべきことであるが、利益はずっと先にやってくる。

・ナノテクは個別要素技術
過去日本では、定説的に、個別要素技術に日本の底力があると言われてきた。それらの技術では、独立技術というより大産業につながっていてサポートされるべき個別要素技術だったので、保護・強化され、国家全体として多少の利益を生んできた面があったのである。一方米国では、原理特許を抑え、その日本の開発した個別要素技術を利用し、そして、システム全体を主導することで、大きく利益を上げてきた。従来のこのような構図に対し、ナノテクという個別要素技術の新しいパラダイムにおいては、現時点の米国は、国家ナノテクノロジーイニシアチブを提言しそれに向けて国全体で動いている。しかし、どのようにナノテクをシステムとして使って行くかについて、将来像を描ききっていない。そこで、とりあえず、角砂糖大の図書館とか、精密機械で出来たハエなど、フラッグシップ・プロダクトを掲げて、そのための技術ロードマップを描こうとしているという段階に留まっている。

・ナノ利用の方向性
日本ではナノテク技術に対する一つの方向性として、すでに十年以上前になるが、 マイクロマシーニングというミクロな歯車を作成したりする微細機械加工技術が脚光を浴びた時期があった。 これからはこれが発展するという機運が盛り上がったのであるが、実用域に達せずに時間が経過してしまった。 そのような反省から、微細機械加工された部品に機能を持たせようとする考え方、特に電気的な機能は利用しやすいということから、 Micro Electro-Mechanical System(MEMS)という機械と電気を組み合わせた融合技術領域が、現在流行している。 これ自体は技術であって利益をもたらさないので、これを医療分野へ応用してゆけば良いのではないか、というのが大方の見方である (注1)。 しかし本当にこのような単純な方向性を認知しているだけで良いのであろうか。 MEMS個別技術同士を組み合わせてゆくことが必須であると同時に、MEMSのための組立技術や量産技術がなくては実際には実用に供さないだろう。 ナノテクと言われる広い分野においては、MEMSよりももっと小さなスケールに関わる技術の方がずっと多いことは重要である。

・ナノをものにする上位技術と生産技術の必要性
ナノテクの研究開発を無駄にしないために、そして、そこで利益を上げて行くためにも、ナノテクをまとめ上げる一つ上位の技術体系と、ナノテクに必要な生産技術体系の確立が急務である。多少具体的に言えば、小さなところで起こる物理現象・化学現象は、大抵ナノチューブであるとか、ナノクラスターであるとかの、ある小さな具体的構造の中で、発現されている。しかし、その具体的構造があまりに自然のままの構造であって、それ自体が、それらを組み合わせてゆくという意味で利用可能になっていない。わかりやすく言えば、微細構造をコンポーネント化するいわばナノ・コンポーネント技術と、ナノであるからして、精密性・清浄性・完全性が要求されることから必要となる、精緻な生産技術が必要である。特に、ナノ構造は小さいが故に、構成する原子数が極端に少ないので、不純物原子や欠陥に大変敏感になることは、ナノ構造をきちんと機能させて行く上で大変重要なポイントになる。本当に生産できるようになるかどうかは、原子レベルの品質管理の質で決まってくるだろう。

・先達の例 〜 LSI微細加工技術
現在、ナノ構造を体系的に取り扱うことができ組み合わせることによってマクロ製品として利用できる技術体系が確立しているのは、半導体微細加工技術とそれによる大規模集積回路生産技術(LSI技術)だけと言っていいだろう。LSI技術では、ナノ微細加工技術を基礎として精緻なナノスケールのトランジスタが作られる。それらが、無数にシリコン基板平面上に作り込まれて、ダイと呼ばれる1つの大規模集積回路が形成される。さらに、チップは後工程と呼ばれる配線・パッケージ工程を経て、チップとして、メーカー向け市場へ出荷される。チップ生産には、高純度素材、部品、半導体製造装置、クリーン化されたLSI工場建設等の幅広い業種が関わっている。しかし、それとて最終製品ではなく、1部品と言うべきものである。プリント基板に実装され、それが実用製品に内蔵されて初めてエンドユーザに届けられる最終製品となる。この一連の技術体系を見れば、ナノテクをどんな分野に応用するにしても、LSIと同様にテクノロジーとその産業のピラミッド構造が構築されなければならないことは明らかである。

・ナノテク成功物語と真に求められているもの
ここで一つ踏まえておかなくてはならないことは、現在でも沢山の事例において、開発されたナノテクが実用技術として応用されていることである。大抵の場合は、一人の研究者の有しているミクロな技術やアイデアが、かなりダイレクトに製品に結びついている。関わっている人の数は恐ろしく少ない場合が多いので、大変効率的な仕事に見えている。そのせいか、世間ではこのような成功物語を模範とするように囃し、研究者個人が応用までをカバーすべきであるように求める風潮が見られるようになってきた。ただ、良く検証してみると、現在有る商品の生産効率の向上に役立つものか、より生産コストが有利ないし性能的により優れた代替品であったり、また、クスリ開発(創薬)のようなハイリスクハイリターンの開発品であったりする。このような例は、個別には大変素晴らしいものであるが、産業を興すような、沢山の人を潤すような裾野の広い技術体系というものとは別の個人主義的開発形態である。世間が本来求めているのは、このようなやり方というよりは、ナノテクで壮大な産業が興りそれが利益の源泉となってゆくような形であろう。明らかに、これには組織だった活動が必要である。

以上のように、今後の研究開発は、何がナノテクを広く育てるのかについて常に意識しつつ、ナノテクと実社会の間に存在する空白部分へ、予算比重的には着実に、しかし発想的には大胆に取り組んで行く必要がある。

当研究所において開発されたハイパーミニプロセスシステムは、あらゆるナノテクにおいて利用価値が認められる生産技術であり、この利用が広まることで、今後のナノテク発展に寄与して行くことが期待される。

(注1) 本稿執筆1年半を経て、従来から存在したプリンタヘッドや各種センサー、各種ディスプレイデバイス、ハードディスクヘッドなどの ミクロンオーダの技術分野もMEMSとして認識されるようになってきた。 さらには、製造技術の観点から見ると、MEMS技術の認識は、ウェーハ上での製造を意味する前工程MEMS技術から、 ウェーハからチップへの切断工程後の後工程・組立MEMS技術をも包括的に含んだ一大技術体系として静かに認識が進んでいる。(H16.12.17加筆)

平成15年7月16日(7月31日、8月1日、平成16年12月17日改訂)

原 史朗

ナノテクピラミッドとナノテクのアキレス腱

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Last updated: Aug. 24, 2006. Shiro HARA's Web Site