■ マザー工場にっぽん

本稿では、マザー工場としての日本の製造業のあり方について議論する。

1990年代まで、中国を世界の工場として捉え、生産工場を中国へ移す企業も続出していた。 日本人なら誰でも知っていることであろう。 しかし、その後の日本は量産品で潤沢な利益を上げ損なう事態となった。 半導体デバイス製造などハイテク産業では、人件費比率はたいしたものではないことなどもあって、 中国をマーケットとして捉え直す機運が高まった。 また、中国を含むアジア諸国の戦略が、 過去の日本のやり方を意識して加速踏襲するナショナルモデルであるという事実が改めて強く認識されるようになってきている。 これらのことなどから、日本の生産の有り様は、オリジナリティを強めようとしている。 すなわち、マザー工場としての日本国という考え方である。

ここで言うマザー工場とは、一言でいえば、パイロットファブ(試作工場)のあり方の一つである。 海外自社工場生産に先立って、日本国内で開発した製造技術を最初に適用する役割を担った工場のことである。 日本の製造業の強みである匠の技術や最先端製造ノウハウを生かしたファブをまず日本国内で立ち上げる。 その製品を試作販売しながら、工程を熟成する。 そうやってマザー工場で確立した製造技術全体を海外工場へ移転して量産性を強め、グローバル生産でさらに利益を出してゆく。 このようなビジネス展開が今後の主流になると見なされつつある。 先端生産拠点として、かつものづくりを生み出す世界の中心的存在として、日本は生きてゆくべきである、 というメッセージがマザー工場という言葉には込められている。 明快で日本に向いたこのような企業戦略が広く認識されるようになってきたこと自体、大変好ましいことである。

しかし、マザー工場で生み出される物は、英知と努力をつぎ込んだ知的生産物や意味のある生産技術でなければならないから、 上述のビジネス展開を目指すだけで成功するというほど単純なものではないだろう。 企業の浮沈に関わる基本戦略であり、その課題をきちんと抽出して克服してゆかなければならない。 マザー工場としてのテーマ及びその課題は、以下のように4点くらいに集約されると考えられる。

1) 社内レベルから、部品調達企業を取り込んだチェーン、 そしてマーケットまでを視野に入れた全体チェーンの各段階でのサプライチェーンマネジメント(SCM) (注1) を強く意識した、 スピードとフレキシビリティのある生産技術を取り入れること

SCMについては当たり前の概念のように言われているが、 その大元となっているTOC理論(Theory of Constraints, by Eliyahu M. Goldratt)についてきちんとした理解 (SCMを実行するための沢山の手法の優先度の理解と実行がもたらす結果への対応方法の理解)がなされずに、 要はサプライチェーンの最適化を図れば良いとして、実際には在庫減らしに専念すべきだという単純すぎる理解に留まっている問題点を抱えている。 たとえば、下請け会社へは、SCM本来の課題と言い難い、コスト削減と即納という要求として変質してしまっている。 SCMの技術を操るには個々の事例で十分な知的検討が必要となる(言い換えれば、知的努力とその実行の努力の分だけしか利益改善が達成できない)ので、 マザー工場として、SCM推進については、まじめな取組みが今後求められる。

2) イノベーショナルな生産システムを導入し生産性を上げてゆくこと

最近は日本にフィットした革新的生産システムとしてセル方式が見直されている。 製品は動かず、人や機械が製品に張り付いて、最初から最後までの製造プロセスを仕上げてゆく方法である。 この方式は、多能工化という日本人に向いた技能レベルが要求されるので、成功例が語られているところである。 本質的に組立工場に向いたシステムなので、部品製造やウェーハ上での微細加工(前工程)の場合には対応しにくい。 従って、セル生産以外にも、それぞれの製造の種類に合った革新的なシステムを模索してゆく必要がある。 本ウェッブページの別の解説でも述べているように、 広い製造業種で応用可能な局所クリーン化生産方式なども一つのイノベーショナル生産システムとして注目が集まりつつある。 この他、鉄鋼生産における、高炉からミニ生産の可能な直接還元法への移行という、生産プロセスそのものが変わる例も、 全く異質の工場システムへの転換を意図しており、生産技術革新の一つであろう。 全体の流れとしては、(i)工場投資の大幅な抑制と(ii)機動性、(iii)日本に向いた方式、それに(iv)高品質化など、 今後求められているあり方に沿った方法論が生産システムの技術革新として日の目を見るようになると言って良い。 イノベーショナルであればあるほど、開発や導入には困難が伴うので、その克服こそが課題である。

3) 匠の技術を生かした生産技術を大事にすること

国内では広く技術立国日本のその心として、匠の技と解くことも多い。 しかし、匠の技の主たる部分は職人芸であって、多人数を抱える工場ラインや自動化ラインでそのまま生かすことは考えられない。 明らかに町工場で生かされるものである。 従って、課題は2つある。

(i) 町工場の生産システムを如何に革新してゆくか。 特にSCMの一貫として決して放置されるべきでない町工場において、匠の技とSCMを如何に融合させてゆくか。
(ii) 匠の技を如何に上位工場へ持ち込んで日本らしさを強めてゆくか

すでに1)で述べたように、SCMをコスト削減や短納期などとして下請けに要求しているだけでは、 日本のコア・コンピタンス(利益の源泉)たる町工場が新しい時代に対応した技術革新を遂げるとは考えられない。 町工場について匠の技を保持しながらSCMの観点から生産技術をどのように革新してゆくかという点は、 現時点で筆者の知る限り語られたことが無いが、今後の必須課題とも言うべきものである。 また、(ii)も難題である。まずは、イノベーショナルなシステムへの変革と同時進行で、 工場での労働者をモノのように扱ってしまっている現状を刷新すべく、雇用形態を見直してゆくことも不可欠であろう。 これらを革新してゆくことで、グローバル調達にはあり得ない独自のメリットが生まれることになる。

4) 如何にしてグローバル生産・グローバル調達へ展開してゆくか、その方法を創造すること

グローバル企業が世界各地域のマーケットをにらんでより効率的に部品調達・工場生産・商品供給を行うための現地生産がグローバル生産である。 生産方式も枯れたものでなくてはならず、必然的に人間のスキル依存性を排除する方式になる。商品も量産性のあるものである。 最初の工場で開発された製造方法を海外工場で実行に移すには、最初の工場システムを完全にコピーすればよいかもしれない。 IntelのCOPY EXACTLY方式(工場を厳密にコピーするという意味)という方法論がそれである。 しかし、労働者を機械のように扱う方式とも言え、3)と関連して、日本企業でこの概念をそのまま導入することは最適とは言えないだろう。

日本における最近のマザー工場論は、工場の海外移転を進め過ぎたことで、技術が枯渇してしまい他国企業に模倣される結果に至った反省として、 そもそもその重要性を認識されるようになった考え方である。 それにもかかわらず、マザー工場での技術熟成の次の段階では、海外生産へと展開するシナリオとなっている。 海外工場へ技術移転した途端に、人の能力に依存した生産システムでは、生産性と品質ががた落ちしてしまう危険性がある。 次に、製造装置の仕組み、製造レシピ(手順)、生産システムなどが、海外企業へ技術流失する危険が待ち受けている。 マザー工場から発信するグローバル展開は、本来的にマニュアル化を必須とする既存のグローバル生産・グローバル調達とは相容れない自己矛盾を抱えているのである。 しかし、現状では、そのことの問題点を放置したまま、企業が走ってしまっている。 今後、セル生産に代表される人の能力に依存した製造手法を進めるなら、 国内生産と海外生産での品質の差が顕在化する問題が無視できなくなる。 また、1)と3)で議論した匠の技のSCMとの調和というテーマの中に、 技術流失防止のためのあらゆる方策を仕込んだ取組みを意識して推進する必要がある。

以上の整理から、マザー工場戦略では、グローバル生産へと移行する前段階までに大きなメリットがあることが透けて見えてくる。 もともと他品種少量生産指向に向き始めている日本企業にとって、グローバルプロダクトを他国で量産する必要があるのかどうかという論点もある。 グローバル展開は、生産方式を十分に熟成するまで待つ必要があり、安易に進めるべきでない。

■ マザー工場を標榜する日本の工場には、さらにもう一つの宿題がある。生産技術を科学的に攻めることである。
生産技術を基礎科学する (近日起稿予定)

(注1) サプライチェーンマネジメント(Supply Chain Management: SCM)
工場全体や社内商品供給全体の流れ、さらには顧客や部品調達を含んだより広い商品供給全体の流れ(サプライチェーン)の最適化を図る(マネージする)こと。 日本人の得意な現場主義すなわち部分最適化を工場のそこここで独立して取り組む方式と対峙した概念である。 SCMにおける全体最適化とは、日常的の起こる工場生産のトラブルや、部品調達状態のばらつき、 そして顧客ニーズの変化に対して常に最適化を図るためのダイナミックなテクニックである。 商品供給の流れを制約する要因は常に変化しているので、それを常時に捉えるよう、チェックのフィードバックをかけてゆくのが基本である。 従って、単に定常的に在庫を減らすとか、SCMのグループに入ってくる部品メーカにコスト削減を要求し続けることはSCMの本質とはかけ離れたアクションである。 また、ソフトウェアでの対応ではおのずと限界がある。

平成17年1月18日起稿(H17.1.20, 2.1改訂)

原 史朗

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Last updated: Jul. 16, 2008. Shiro HARA's Web Site