■ 液晶パネル製造についての新しいビジネスモデルの提案
〜パネルサイズのマザーガラス利用によるローコストでオンデマンドなミニマル生産

液晶テレビなど薄型テレビは、今先端デジタル商品として各メーカが最も注力している商品の一つになっている。 ところが、このところ価格低下に拍車がかかっている。 製造投資利益を回収できるかどうか、かなり疑わしくなってきた。 様々な媒体や集会で現状分析がなされているので、ここではポイントを列挙するに留め、 より重要と思われるこれからの液晶ビジネスの在り方について、一つ提案をしてみたい。

1. 現在の液晶ビジネスの問題点

・2000億円にも達する先端シリコン集積回路工場と同等の投資額
・一辺500メートルにも及ぶ巨大な工場建屋
・外販60%までも前提としなければならない、過剰大量生産性(価格低下の主原因の一つ)
・オンデマンド生産に対応しにくい計画生産(同一商品の価格下落に対応できない)
・継続的な価格低下で利益が圧縮され、大衆化自体が問題となる
・諸外国への技術流失
・シャープが脱落したら日本は壊滅というナショナルリスク
・トータルで非効率な生産性 (最終製品の売れ残りや仕掛かり在庫(製造中の中間在庫)の問題):
一つ例を挙げると、モジュール工程(周辺部品組付け工程)では、マザーガラスから切り離したパネル毎の生産を行っており、 マザーガラスサイズでの製造工程だけが高速生産出来ても、仕掛かり在庫がたまるだけ、という問題 (逆に言えば、アレイ工程等のマザーガラスサイズ拡大による生産性アップと連動して、 マザーガラス拡大のメリットを受けないモジュール工程の生産性も併せて引き上げなくてはならないので、 開発費と装置費がさらに嵩むか、海外移転等に頼りオンデマンド生産から遠ざかることになる問題)がある。
・最新鋭液晶工場と旧世代工場、及び新方式フラットパネル開発への3重投資を各社が行う非効率性
・開発終了から量産開始まで1年以上というスローペース
・面白い商品を出しにくい、重厚長大型の開発・生産・販売体制


2. 発想転換の前提

・マザーガラスの巨大化が前提で膨大な投資が必要になり、その回収のために、より高効率な生産、 すなわち高いスループット(パネルを1枚生産するのにかかる時間の高速化)が必要になってしまっているという点
・最近の日本では、大量生産モデルに代わり、少量多品種生産モデルの効率が相対的に高まっている点
・大衆化した商品には、大衆化に即したビジネスモデルの構築が必要である点

以上3点を鑑みると、現状の大量生産型ビジネスモデルの他にも少量多品種を指向したビジネスにも活路があるだろうということになる。 実際、各社古い生産ラインを、先端でないサイズの商品生産のために活用している。 しかし、コンシューマ型ビジネスを徹底追求しているとまでは言えないのではないか。 例えば、このビジネスモデルを実践しているデルコンピュータでは、低価格化商品できちんと利益を上げるために、 それに特化した社内体制や製造システム構築を徹底追求している。 デルモデルでは、自社部品開発は原則行わず、主に3社以上で販売しているこなれた部品種だけで製造を行っている。 枯れたマーケットに適した方法である。 また、マーケットの飽和が見られるようになると、デルだけでなく、トヨタ生産方式でも見られるように、 製造原価に潜むムダを排除するために、徹底した製造装置の簡素化と人の活用、 それに、部品調達からマーケットまでの滞ることのない生産への工夫が重要になってくる。 液晶の場合、パソコンほどはマーケットが成熟しておらず、製造原価低減のための様々な努力の他に、 戦略的な技術開発を含有したビジネスモデルが有利であろう。


3. 新しい液晶ビジネス(ミニマル生産)のポイント

最終製品のパネルを何枚も同時に作るマザーガラスサイズでの製造でなく、パネルサイズ基板での一貫生産と、 それに適した技術・生産管理方式の利用と商品開発。これにより、最低限の投資で最低限の(ミニマルな)工場と装置での生産を実現し、 またユーザへのオンデマンド商品供給を実現する。


4. 新しい液晶ビジネス(ミニマル生産)の概要

【アレイ工程、セル工程、及びカラーフィルター工程】
・パネルサイズ用装置への統一で、装置コストの大幅削減と工場敷地の飛躍的縮小化
局所クリーン化生産技術の全面採用
  - 建屋クリーン度の緩和
  - 建屋の床下エアリターンスペースの省略
    (従来の3階建てが2階建てで済む=クリーンルーム専用でない休息工場等も利用可)
  - 検査装置のグレードダウン
  - ドット抜けに直結するパーティクル問題からの解放
    (イオンシャワー等、人体への影響の検証が済んでいないものを利用しなくて済む、また、リペア工程負担の大幅軽減など)
  - 高歩留化で、カラーフィルター一体型での製造の難易度が低下
  - 搬送廊下幅を節約するために、2メートル角ものガラス基板を搬送時に一々縦置きに回転するという余計な機械操作を行う必然性がなくなる
・リソース(装置エネルギー、クリーン化空調エネルギー、冷却水等)消費の激減
・装置サイズの縮小による開発の短期化
・多様なパネルサイズに合わせた混流生産

【モジュール工程】
・セル生産方式など、安上がり製造方法の積極導入

【在庫管理】
・1パネル/ロットによる在庫量の縮小
・計画生産からオンデマンド生産へ
 (カンバン方式が利用しやすくなり、ソフトウェアへの依存性も低下できる)
・混流生産により、作り過ぎ防止のための生産の平準化促進と倉庫スペース・人員の削減

【工場立地】
・TV等最終製品組立工場隣接が最も有利
  なお、本方式ではオンデマンド商品供給が重要であり、最終製品組立もセル生産方式等で生産性を最適化する必要がある。 すなわち最終製品工場も軽い工場であるべきである。
・大型マザーガラス基板を用いた大規模生産と比較して、関連部材工場集約の必然性は薄れる。

【生産性】
・同時生産数が1パネルになることでの見かけのスループットは下がるが、それ以外はほとんどの点で、生産性向上に寄与する。 投資額・運営費・少在庫&商品完売・高速立ち上げなどを考慮すれば、トータルの収益性は高くなる。 なお、パネル単位生産であるから、従来の複数枚の製品を同時に処理することで必然的に発生する仕掛かり在庫を原理的にゼロにできる。 在庫コスト削減に加え、実質的搬送時間も装置間距離が大変短くなることもあり、非常に高速化される。
・局所クリーン化生産方式の併用で、工場の垂直立ち上げ(歩留まり率の急速な改善)により、 1年間分に匹敵する利益の出ない立ち上げ期間のあらゆるムダが解消される。
・モジュール工程ではパネル毎の製造を行っており、原理的にマザーガラス拡大のメリットを享受できない。 マザーガラスでの工程とパネルサイズでの工程で生産性向上方法が質的に異なるこの問題と、 これにより両工程の間で仕掛かり在庫がたまりやすい問題を解消する。


5. 本ビジネスの利点

・初期投資資金が先端既存液晶工場と較べ1桁程度安くすむ。
・オンデマンド生産で作り過ぎを防ぐ。
・外販を必要としない適性サイズの生産が可能。
・外販を必要としないので、それによる自社ブランド力低下がない。
・開発ボリュームが1桁小さいので、技術の囲い込みが容易で、新技術の取り込み容易。
・R&Dもパネルサイズで出来、そのまま量産装置へ適用できるので、開発費と開発期間、及び量産への移行期間が大幅に低減される。
・寡占化が進む液晶ビジネスに新たな活路。大衆消費価格でもペイするビジネスモデル。
・モジュール工程を後工程と見立てることが出来、安上がりな投資で将来前工程を別種のフラットパネル生産へスイッチしやすい(現在はメガ生産施設なので、転用は難しい)。
・マザーガラスのサイズが小さく、ほとんどたわまなくなるので、搬送システムと製造システムが簡易化できる技術的利点。
・在庫圧縮に適した方法なので、倉庫スペースを大きく削減できる。
・新方式であるから、新たな重要特許を提案できるチャンスが生まれる(特許取得が必要と判断される場合)。
・局所クリーン化で工場の垂直立ち上げが可能になり、早期の投資回収。
・新技術が必要な一方で、昔の小型時代の安い技術を復活できる。
・ロースループットに適した、低コストで新しい製造方法が利用可能になる。
・投資と生産品利用に関して、同業他社と特にアライアンスを組む必要がない。
・対外的に、環境配慮型生産システム構築を明瞭にアピールできる
・海外へ敢えて移転する必要がない。
・国内液晶生産の壊滅リスクを軽減する。


6. 課題

・本方式の実行可能性の検討
・小型装置開発(モジュール工程用小型低コスト装置開発やセル生産方式への転換を含む)
・局所クリーン化生産方式実現のための、3要素(カセット・装置前室・搬送メカ)の開発
・多様なパネルサイズの混流生産を可能にするための技術開発
・主に技術流失を防ぐための装置開発の囲い込み
・サプライチェーンマネージメントやトヨタ生産方式を意識した、オンデマンド型社内外の調達・製造・販売体制の確立
・経営決断


7.商品と販売のイメージ

ここでは、パネルを外販しない方法を述べているので、最終製品と一体型の場合に限定して話をする。 また、携帯電話用途などの小さな液晶パネルの製造方法については、ここでの製造方法とはまた別の作り方も考えられる。 そこで、パソコンディスプレイや家庭用テレビ用途等を想定した時の、商品と販売のイメージを見てみよう。

提案している方法では、ユーザへスムーズに製品を供給しながらも在庫を極小化するということが基本である。 そうなると、最も重要な点は、既存販売ルート(大手量販店やPCショップ、街の電器屋さん)では、 どうしても販売店在庫をかかえる分だけ、旬な製品をユーザへ届けにくくなるというデメリットに目を向けざるを得ない。 つまり、そのデメリット解決のために直販ルートを柱にすべきではないか、ということになる。 ところが、大手電機各社の場合には、過去、直販の現在形であるネット販売が本格的に機能してこなかった。 その理由は、既存販売ルートが必要にして十分に重視すべきルートであり、販売店マージンを上乗せせずに直販価格を安く設定することは、 事実上不可能だったからである。 直販価格は、最も高い部類の販売店価格に設定されるので、直販は機能しなかった。 しかし、今後、旬な製品を消費者に届けられるような生産体制を築くなら、販売もそのようにしてゆくことは、大きなメリットになってくる。

例えば、ブランド化した工場製の新しい製品が出ました、初日からネット販売開始、という売り方を強くアピール出来るようになる。 新しい商品とは、例えば、真にブラウン管に並んだ1677万色を超える色表現とか、 消費電力20Wの超省エネテレビ(今の大型TVは60W電球10個分です)とか、 倒れても安心・軽さ1kgの割れないタフテレビとか、ゲーマが初めて満足できる超高速液晶だとか、 逆に、疲れる人向け、目に優しいチラチラが消えた(長残光型などの)テレビなども十分に検討の余地がある。 また、ギザギザが消えた!超高解像度液晶誕生などもあるかもしれないし、待機電力は月にたった1円(0.06W)だけれども、 大災害時には、突然放送が始まるリアルタイムTVだとかも考えられる。 超高解像度については、10インチクラスで机の上で邪魔にならない印刷書籍と同レベルの解像度のディスプレイという潜在ニーズもあるように思う。 もちろん、そのネットサイトできちんと買って頂くだけの価格設定が重要であろう。 このようなアピール度の高いものは、実際どれくらい売れるか初めはわからず、テスト的に売ってゆくことになるが、 従来の大量生産のやり方では、大量の売れ残りは致命的で到底初めから許されない。 少量多品種生産で初めてできることである。 売れ筋とわかれば、カンバン方式的な元へ元へと辿る生産指令により、商機を逃すことも少なくなる。

おのずと、量販店向けとは異質の方法であり、別に新しいビジネスとして切り離した方がよさそうだということになってくる。 その時留意すべき事は、新事業組織においても、必ずR&Dのリソースを十二分に活用できる様、組織的な仕組みを整えておくことであろう。 これが、新しい日本型垂直統合様式にとって不可欠な点の一つであるように思える。 なお、垂直統合であるから大企業とは限らない。 本提案について言えば、パネル製造と最終製品製造の一体化が望ましく、投資規模も小さいので、 中企業または、大企業から分離した企業が想定される。


8. 価格設定

価格設定については、留意することが出てくる。 それは、利益率をどのくらいに想定するかである。 投資が1桁は小さいこのようなビジネスにおいては、価格は非常に安く設定できる可能性がある。 しかし従来は、生産原価が極めて安い商品でも、ブランド価値を上乗せして、かなり高く価格設定していた。大抵の場合それが普通であった。 ところが、最近はアジア世界との競争が本格化しているので、安くできた商品は安い値段で売るという商売が随分多くなってきている。

この点を踏まえてより具体的に言うと、価格設定については2つある。 一つは、一つの商品の価格の変動であり、もう一つは、次の商品の価格設定である。 商品価格の変動が激しい典型例であるパソコンでは、部品のほとんどが集積回路で出来ており、量産効果が時間と共に急上昇して、 チップ部品の価格があっという間に下がってくる。 それで、その部品価格の下落をパソコン価格に反映させているのが、半月毎に価格を下げるデルのビジネスである。 液晶の場合には、それほど周辺集積回路への価格的依存度は高くないが、液晶パネル自体が集積回路で出来ており、 歩留まり改善効果を含めた量産効果が出やすいものである。 従来は大きな製造プロセス変更はそうはないことであったが、先に例示したような新機能を盛り込んだパネル製造では、 プロセスの大幅変更を伴い、製造原価が変動しやすくなるので、それを最終価格へ生に近い形で乗せるということが一つの方法になる。 この場合、この液晶パネルの製造原価縮小努力を逐次商品に反映させることができる。 このことで、競合他社に対して圧倒的価格競争力を持ち、マーケットを独占できる。 工業技術力そのものをマーケット支配力に反映できるということだ。 そのかわり、利益率は決して高くしてはならない。

もう一つの商品更新毎の価格変動については、産業全体の生産性向上を加味して決定されてゆくものと思われる。 例えば、過去の例で言えば、液晶注入に何時間も要していた、上下2枚のガラスパネルの間に液晶を注入する方法から、 液晶を垂らしてから上のガラスを乗せれば良い画期的製造方法に代わり、液晶全体の生産性が非常に向上し価格が随分下げられたということがあった。 最近は、生産性の向上と流通経路でのコスト低減の両方について、益々科学的方法論が駆使され発達してきており、 それだけで、価格が下がってくる点も、今後市場予測として考慮すべきであろう。

全体として、製造原価に一定の薄利の利益を乗せ、マーケットの大きさにリアルタイムで対応して生産量を決めてゆくので、 常に利益が出やすく損の出にくいやり方になっている。


9. 補足

・少量多品種をターゲットとした液晶ディスプレイのローコスト生産ビジネスは、いずれどこかで実現される。 ローコスト製造を武器にしたビジネスは、マイクロンやサムソン、それに台湾勢など過去あまた見られてきた。 コスト削減技術に長けた諸外国で実現されないうちに、日本で先行されるべきである。
・現在様々な液晶代替技術(有機EL, SEDなど)の開発が進んでいるが、低コスト化が進む液晶にコストが追いつかない可能性が大きい。 少なくとも、前工程だけをすげ替えることで液晶製造後工程(部品組み付け工程)と最終製品組立工場がそのまま利用できる全体的な生産システムを構築し、 将来リスク低減を図るべきであろう。
・液晶代替技術については、キヤノン以外でいきなり大面積基板を前提とした巨大投資を行うことは考えにくい。 代替技術の実用化が進んだ時、大型装置に特化したビジネスを行っている製造装置メーカは没落を余儀なくされるので、 そのためのリスク回避としても、一定のリソースを小型装置へ投入し続ける方が安全である。
・日々の努力の積み重ね的なイノベーションに対して、本提案は、破壊的イノベーションと呼ばれるべきものであり、その実現には経営決断や最適な組織作りが不可欠である。 そのための努力には困難が伴う。真の生産革新と新しいビジネスへの意欲を持っている組織だけが可能とするものである。 従って、誰でもアクセスできるオープンプランであるが、導入価値は減じない。
・全ての装置を一体化した製造システム(ベルトコンベア式)では、各プロセスのタクトタイム(何秒に1個部品が出てくるかその時間)の違いから、 コンベア搬送速度は、最も遅い装置に合わせる必要があり、実質的稼働率が大幅に低下する。 その点局所クリーン化生産方式では、適宜ストッカーを設けそれを仕掛かり在庫用バッファーとした搬送が出来、 また複数台の装置を同時稼働出来るので、各装置のタクトタイム性能を生かすことが出来ずっと有利である。 (もちろん、このバッファーでの仕掛かり在庫は極小にする必要がある)
・本提案にある「セル生産方式」とは、機械に頼らず人の製造能力を最大限に生かすべく極力一人の作業者に多工程を任せる、 21世紀になって非常に注目されている新しい生産方式である。 また、「セル工程」とは、液晶製造特有の、液晶を注入または滴下し封止する工程のことである。 両者に関連性はない。
・本提案に当たって、定量的検証は行っていない。具体的な実行可能性は各社が個別事情を勘案して行うべきことである。 この提案が、少しでも明日の液晶産業のために参考になれば幸いである。


本内容を記した出版物:
■ 原 史朗, 「多品種・変量時代の新世代局所クリーン化生産方式」, 月刊ディスプレイ, 12(11),47-54 (November 2006).
■ 原 史朗, 「局所クリーン化の世界」, Kブックスシリーズ194, 工業調査会 ISBN4-7693-1260-1(2006).


平成17年10月28日起稿 (10月31日, 11月1日加筆)

原 史朗

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Last updated: Dec. 19, 2006. Shiro HARA's Web Site