電子顕微鏡による高分子接着界面の解析

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1.はじめに

接着現象の理解、接着剤の高性能化、高信頼性化のために、接着界面を分子、ナノレベルで解析することは重要な課題の一つである.しかしながら、界面は材料内部に様々な形態として存在するため容易ではない.特に、現実に使用されている材料には様々な添加剤が分散するため、分析対象とする界面を直接解析することは、従来の分光学的手法では不可能である.本稿では、近年開発された電子顕微鏡による二つの解析手法を接着界面に適用し、界面ナノ構造と接着現象の相関を検討した研究について概説する.一つは、エネルギーフィルター透過型電子顕微鏡(EFTEM)であり、試料を透過した電子線を分光することにより、ナノ領域の元素分布・組成を明らかにすることを可能とする.もう一つは、インレンズ検出器を装着した走査型電子顕微鏡(SEM)であり、低加速電圧による剥離表面の微細構造の高分解能観察を可能とする.これら二つの手法の原理を解説し、高分子界面の接着・剥離挙動と界面構造の相関に明らかにする.

2.EFTEM法の原理—EELSESI19)

図1に、EFTEMの構造を示す.試料と入射電子線との相互作用により発生した弾性散乱電子は、対物絞りにより除去される.さらに、後段に装着されたオメガ型電子線フィルターにより、対物絞りを通過した非弾性散乱電子を分光し、エネルギー損失レベルに依存して分散する.エネルギー分散した電子線は、スリットにより選別され、後段の投影レンズにより結像する.エネルギーフィルターは、光に対するプリズムの作用を電子線に対し行うため、いわば、電子線の“色”を見分けることになる.入射電子線と試料の電子との相互作用により発生する非弾性散乱電子は、散乱角は小さいが、相互作用によりエネルギーを損失する特徴がある.対物絞りを素通りするため、通常のTEMでは、弾性散乱電子と共に結像に寄与し、色収差(ぼけ)を生む要因となる. EFTEMは、TEM像が与える2次元(X−Y)イメージに、損失エネルギー(ΔE)情報を与え、(X,Y,ΔE)の3次元情報をナノレベルで与えることを可能とする.この情報から元素組成や化学結合状態に関する情報を取り出すことが可能となる.

EFTEMは、スペクトル解析として電子エネルギー損失分光(Electron Energy Loss Spectroscopy, EELS)、イメージングとして電子分光結像法(Electron Spectroscopic Imaging, ESI)の2つのモードを備えている.EELSは、非弾性散乱電子の損失エネルギーに対する強度プロファイルであり、局所領域の元素組成や化学結合状態に関する情報を与える.一方、ESIは、特定の損失エネルギーレベルの非弾性散乱電子による結像であり、像質の改善や元素マッピングなどを可能にする.EELSスペクトルは、試料との相互作用無しに透過したゼロ・ロスピーク、外殻電子との相互作用によるプラズモン・ロス、及び、高損失エネルギー領域に現れる内殻電子との相互作用によるコア・ロス、の3つの特徴あるピーク群を与える.通常のTEM像では、これら全ての電子線をまとめて結像に用いるのに対し、ESIでは、特定の損失エネルギー電子により結像することが可能である.

3.In-lens検出器による高分解能SEM観察10,11)

通常の走査型電子顕微鏡では、試料表面から発生した二次電子を、試料の横に置かれた検出器(アウトレンズ)により検出している.この方式では、検出される電子には、二次電子情報に加えて反射電子情報も混在するため、高分解能の像観察には物足りない場合がある.In-lenz検出器は、鏡体内に備えられた環状の検出器であり.試料から発生した二次電子のうち、比較的低いエネルギーをもつ二次電子を、静電界レンズで鏡体内に巻き上げ、レンズ内に環状に配置されたIn-lens検出器により検出する.対物レンズ先端部に設置された静電界レンズにより二次電子のエネルギーを選択するため、試料の凹凸情報に敏感なエネルギーの二次電子を選択的に検出することが可能である.本手法は、高分子試料の微細な表面形態を無蒸着で低加速電圧により高分解能観察することが可能にする.

4.EFTEMによる高分子界面の解析

異種高分子により形成する界面は、分子鎖の絡まり合いや相互拡散により、ある厚みを有する層として特徴づけられる.我々は、まず、異なる元素を含む高分子対により形成される界面について、元素マッピングによる界面の可視化、電子損失エネルギー分光法(EELS)による界面濃度プロファイルの測定を検討した12-14).図2に解析スキームを示す.ポリメチルメタクリレート(PMMA)とスチレン−アクリロニトリルランダム共重合体(SAN)のシートを貼り合わせ、熱処理(140,2時間)を施した積層試料から、約50nmの超薄切片を作製する.図中に示すように、PMMAには酸素、SANには窒素が含まれる.図中下部に示すように、ゼロ・ロス像では、ほとんどコントラストはつかないが、非弾性散乱電子像では、界面を明瞭に識別することができる.窒素および酸素のK-edgeを含む損失エネルギー領域(350600eV)において、エネルギースリット幅5eVでの電子分光像を、4eV間隔で連続的にPC に取り込む.このようにして得られた約60枚の画像より、(x, y, ∆E)3次元データが得られ、特定の領域におけるピクセル強度を∆Eに対してプロットすると、EELSスペクトルを得ることができる.画像上の任意の形状の微少領域からのスペクトルをイメージから作成することが可能であり、Image EELSと呼ばれる7).得られたスペクトルから、元素マッピングに使用するエネルギーウィンドウを最適に選択し、バックグランドの精密な除去を行い、S/Nの高い元素マップを得ることができる.図中下部に示すように、同一箇所から得られたNおよびOマップをRGBカラー化し、それぞれを赤(R)、緑(G)で示し、2つのマップを重ねることにより、両成分が混合した界面層がRGの混合により黄色に可視化される.

ランダム共重合体であるSANのスチレン/アクリロニトリル組成(S/AN)を変化させると、PMMAとの相溶性の変化により、界面厚みが変化する.図3a-cは、AN含量がそれぞれ29, 34, 40 wt%SANによるPMMAとの界面を示した画像である.この組成範囲では、4029へ減少するに従い、界面が厚くなることがわかる.さらに、図中に示した界面領域での直径10nmのスポットから得られるNO K-edgeを下段に示す.窒素および酸素のコア・ロスピークの強度が界面を横断すると連続的に増減することがわかり、元素マップの正確さを裏付けている.このように、従来のTEMでは見えない高分子界面を直視することが可能になり、さらに、EELSを併用することにより、界面での濃度変化を定量的に解析することが可能になる.

5.接着剥離表面のIn-Lens 検出器による高分解能SEM観察14)

高分子界面のナノ構造と接着との相関を検討するため、非対称ダブルビームカンチレバー法(ADCB)により、界面破壊強度を評価した.図5に示すように、2種類のポリマーペレットをシリコンウェハに挟み溶融プレスにより厚さ12mmの平滑な表面を有する試験片を作製し、所定の温度で貼り合わせたものを試料とした.2枚のポリマー片の隙間にカミソリを挿入し、カミソリ先端から発生したクラックの長さを測定し、下記の式により解放エネルギー(Gc)を求めることが出来る.

Eは弾性率、は試験片の厚み、dはカミソリの厚み、aはクラック長であり、である.本手法により、精密に界面接着強度を評価することができる.試験片のサイズ、測定時間等の条件を最適化し、140℃、2時間熱処理を行ったPMMA/SANGcSANにおけるAN含量との関係を図5にプロットした.AN含量が減少するに従い、接着強度が急激に向上することがわかる.さらに、SAN292520は同一ポリマー同士の接着強度よりも高い接着強度を示す.SAN/PMMAブレンドは、ランダム共重合体内の斥力作用により、AN含量が935wt%の範囲にあるとき相溶し、20wt%付近で相互作用(χ)パラメーターが最小になることが知られている.よって、接着強度は相互作用と密接に関係があり、また、PMMA/SANの接着強度が同一ポリマー同士の接着強度より高くなるのは、発熱的相互作用(負のχパラメーター)により、同一ポリマーより速い相互拡散が起こるためと考えられる.

図4に示したように、EFTEMにより、界面の厚み、構造がランダム共重合体SANの組成に依存し、その結果、図5に示すように、界面接着強度と界面ナノ構造との相関が明瞭に関係づけられる.さらに、In-lens検出器による剥離表面の高分解能SEM観察により、界面破壊機構に関する知見を得ることが出来る.試料を四酸化オスミウムのプラズマ蒸着膜によりコーティングし、導電性と電子線に対する耐久性を付与した.四酸化オスミウム蒸着膜は、通常用いられる金蒸着にくらべ、粒状性が少なく、極めて薄い膜厚で導電性を付与することが可能であり、高分解能観察に有利である.図6a−cに、SAN293440の剥離表面を示す.剥離表面の構造は、SAN34SAN29の間で大きく異なる.接着強度の低いSAN34SAN40では剥離表面は平滑であるが、高倍率での観察により約20nmの極めて微細なフィブリルが形成されていることが観察された.一方、SAN29では、接着強度の低いSAN34, SAN40に比べ、粗大な破断面のパターンが観察される.XPSでの剥離表面の分析により、SAN29/PMMAは界面層内部で凝集破壊を起こし、一方、多の2つは界面剥離であることを確認している.SAN29の剥離表面の形態から、クラック先端において、クラック形成に先立ち、変形領域内から破壊核が発生し、そこから放射状に破壊が進行し、クラックが形成されると推測される.接着界面の破壊機構は、界面厚みに依存し、分子鎖引き抜きからクレーズに転移することが知られている.単分散ポリスチレン(Mn=570K)同士の接着においては、界面厚みが12nmを越えるとクレーズが発生し、バルクと同等の接着強度が得られることが報告されている15).これらの知見から、図6aはクレーズ発生により形成された形態であり、一方、図6b、cは、界面での絡まり合いが十分ではなく、分子鎖引き抜きにより形成したパターンであることが推測される.この様に、In-lensSEMにより剥離表面を観察することにより、界面での分子鎖の絡み合い状態を敏感に反映した表面形態を高分解能で観察することが可能となる.

6.樹脂接着界面の解析

最後に、工業材料の接着機構の解明にEFTEMを適用した研究例を紹介する.ポリブチレンテレフタレート(PBT)とエポキシ系接着剤の接着界面の解析と接着阻害要因をEFTEMにより解明した16)PBT、接着剤ともに工業的に使用されているグレードと同様に、様々な添加剤、分散物を含有している.PBTを接着前に熱処理することにより、接着強度の低下が起こる原因を明らかにするため、熱処理前後の試料の界面の解析を行った.図7a,bは、PBTを熱処理せずに接着した接着強度の高い試料であり、図7c、dは熱処理を行い、接着強度の低下した試料である.図7a,cは通常のTEM像に対応するゼロ・ロス像であり、一方、b、dは同じ位置の250±10eVでのエネルギーフィルター像である.ゼロ・ロス像に示すように、エポキシ層、PBT層共に多種類の添加物が分散している.エネルギーフィルター像では、ゼロ・ロス像のコントラストが反転すると共に、PBTに分散するドメインの内部構造や界面構造を明瞭に観察することが可能となる.特に、熱処理を行った試料には、界面層の存在を確認することができる(図7d).元素マッピングにより、この層がO, Siリッチな層であることが明らかになった.しかし、元素が特定されただけでは、接着機構の解明にはならない.厚みがおおよそ50nmのSi、Oリッチなこの層の由来を明らかにするため、Image EELSにより、この層を構成する化合物を特定し、界面形成機構を解明した.

図8aに示すイメージ上の領域から酸素コア・ロスピークを作成し、互いに比較すると、図8bに示すように、接着剤に添加されたシリカ微粒子とPBT内の分散相を構成する一つの成分に酸素が多く含まれていることがわかる.PBTに分散するドメインは2つの化合物から構成され、一方の相からはOとSiが強く検出される.EELSにおける吸収ピークの大きさ及び形状は,元素の濃度及び結合状態を反映している.図8cに示すように、界面領域からスペクトルを作成し、互いに指紋照合の様に重ね合わせ、PBT及びエポキシ樹脂に存在する添加物から得られるスペクトルと比較すると(図8d),界面層はPBTに分散する化合物が主たる成分であることがわかる(界面領域1, 3, 5, 6, 7PBT分散相であり,24がシリカである).この化合物は、O, Siリッチであることから、シリコーン系化合物と推定される.元素マッピングとImageEELSによる半定量的な解析により、シリカとシリコーンをナノレベルで識別したことになる.接着強度の低下した試料では、PBT/エポキシ接着界面に厚さ約50nmの接着阻害層(WBLweak boundary layer)が形成され、この層は、主にPBTに添加された化合物に由来すると推定される.

6.まとめ

EFTEM法は、材料内部に存在する界面を可視化し、EELSを併用することにより、局所的な元素組成や結合状態を解析することが可能となる.本手法により、高分子界面の元素組成、化学構造に関する情報を10nmの局所領域から得ることが可能であることを示した.また、In-lens SEMは、接着剥離表面を高分解能で観察することが可能であり、従来のSEM観察では識別できない微妙な形態の違いを捉えることが出来る.よって、非常に薄い界面の剥離に伴い形成された剥離を評価することが可能であり、界面厚みのみならず、界面での分子鎖絡み合い構造、特に、トポロジカルが絡み合い構造に関する情報を引き出すことが可能であると期待される.

参考文献

1)      L. Reimer (ed.), "Energy-Filtering Transmission Electron Microscopy", Springer-Verlag (1995).

2)      Brydson, R "Electron Energy Loss Spectroscopy", BIOS Sci. Pub., (2001).

3)      日本表面科学界編、“透過型電子顕微鏡”、丸善、1681999).

4)      堀内伸,高分子,51 (10)808(2002)

5)      堀内伸,機能材料,23(5)44(2003)

6)      堀内伸,成形加工,16(6)354(2004)

7)      堀内伸,日本接着学会誌,41(5)196(2005)

8)      堀内伸,日本ゴム協会誌,79(10)494(2006)

9)      堀内伸,顕微鏡,42(2)139(2007)

10)    佐藤馨,名越正泰,河野崇史,本間芳和,応用物理,73(10), 1328(2004)

11)    立花繁明,顕微鏡,42(2), 81(2007)

12)    S. Horiuchi, T. Hanada, K. Yase, T. Ougizawa, Macromolecules, 32, 1312(1999).

13)    S. Horiuchi, D. Yin, T. Ougizawa, Macromol. Chem, Phys. 206, 725(2005).

14)    S. Horiuchi, Y. Liao, D. Yin, T. Ougizawa, Macromol. Rapid Commun., 28, 915-921 (2007).

15)    R. Schnell, M. Stamm, C. Creton, Macromolecules, 32, 3420(1999).

16)    S. Horiuchi, T. Hamanaka, T. Aoki, T. Miyakawa, R. Narita, H. Wakabayashi, J. Electron Micrsc., 52, 255(2003).