有珠火山善光寺岩屑なだれの内部構造と流動機構

宝田 晋治 (地質調査所北海道支所)
  
Inner structures and transformation mechanism of the Zenkoji debris avalanche, Usu Volcano, southwestern Hokkaido, Japan

Shinji TAKARADA (Geological Survey of Japan)


99北海道火山勉強会,有珠壮瞥,1999.11.


 西南北海道の有珠火山南西麓には,山麓拡散型の善光寺岩屑なだれ堆積物が分布する.この善光寺岩屑なだれ堆積物において,岩屑なだれ岩塊の変形構造とジグソークラックの形態の調査を行なった.その結果,(1) 未固結物質でできた岩屑なだれ岩塊にさまざまな剪断変形による構造が見られること; (2) 少なくとも上流部では,岩屑なだれの基底部でできた岩屑なだれ基質が,流走中にできた母材の割れ目に貫入することによって,岩屑なだれ岩塊が次第にほぐれていくこと; (3) ジグソークラックは,岩屑なだれ岩塊どうしの衝突割れ目ではなく,岩屑なだれ岩塊に加わった強い剪断応力によってできた剪断割れ目である可能性が高いことがわかった.

1.善光寺岩屑なだれ堆積物
 善光寺岩屑なだれは, 7,000〜8,000年前に発生した,約1km3の山麓拡散型の岩屑なだれである(太田, 1956; 横山ほか, 1973; 曽屋ほか, 1981).この岩屑なだれ堆積物の末端は海中に没しているが,上流部および中流部の堆積構造がみられる.岩屑なだれ岩塊のサイズは,上流部(外輪山のリムから2.5〜3.5km)では最大300m以上,中流部(リムから3.5〜5km)では最大100mである.また,露頭中で岩屑なだれ基質が占める割合は,上流部では数%以下,中流部でも約30%以下である.したがって,谷埋め型岩屑なだれ(例:御岳山1984年岩屑なだれ)に比べて,山麓拡散型岩屑なだれは,岩屑なだれ岩塊のサイズが大きく,岩屑なだれ基質の量比が少ないという特徴がある.
 善光寺岩屑なだれの岩屑なだれ岩塊は,2種類の給源から運ばれてきた物質と3種類の流走中にとり込んだ物質でできている.給源の物質は,(a)玄武岩〜安山岩質の数枚以上の溶岩流のマッシブ溶岩とクリンカーからなる外輪山溶岩(Oba, 1966)と,(b) 淘汰の良い数cm 以下のの黄色い軽石からなる中島降下軽石(Nj; 42ka)である.とり込み物質は,(a) 数cm〜30cm大の良く発泡した軽石を含む洞爺火砕流堆積物 IV(Tpfl-IV; 0.10Ma); (b) 数cm大の多量の異質岩片と一方向に良く伸びた10cmまでの軽石を含み,マトリックスがやや赤く高温酸化している洞爺火砕流堆積物 II (Tpfl-II; 0.14Ma; 鈴木ほか, 1970); (c) 約30cm以下の円礫を含む砂礫層や,シルト層,軽石を含む再堆積層からなる上長和層である.
 
2.岩屑なだれ岩塊の変形構造と形成機構
 善光寺岩屑なだれ堆積物の未固結物質でできた岩屑なだれ岩塊には,さまざまな変形構造がみられる.例えば,(1) Tpfl-IVとその再堆積物できた岩屑なだれ岩塊が,10〜20cm間隔の小断層群によって数cm〜50cmずつエシェロン状にずれている; (2) シルト〜細粒砂の上長和層でできた岩屑なだれ岩塊が,2〜8cm間隔の小断層群によって数cmずつエシェロン状にずれている; (3) 数cm〜20cmの厚さの土壌が,スラスト状に互いに乗りあげている.これらの変形構造は,岩屑なだれ岩塊が剪断応力によって変形したことを示している.
 上流部の露頭では,長さ150m・高さ7mのTpfl-IVでできた岩屑なだれ岩塊が,外輪山溶岩・クッタラ降下軽石・上長和層・土壌の不完全な混合によってできた薄い岩屑なだれ基質の網の目状の貫入によって,次第にほぐれていく様子が見られる.岩屑なだれ基質の末端は,数cm〜数10cmの幅で細長く網の目状にのびていて,岩屑なだれ基質によって囲まれた部分が,数10cm〜1m大の岩屑なだれ岩塊として分裂していく様子がわかる.これらの構造は,少なくとも上流部では,岩屑なだれ基底部で強い圧力と剪断応力によって生産された岩屑なだれ基質が,流走中にできた母材の割れ目に沿って貫入し,次第に岩屑なだれ岩塊としてほぐれていくことを示していると考えられる.
 
3.ジグソークラックの形成機構
 外輪山溶岩でできた岩屑なだれ岩塊のマッシブ溶岩の部分には,多量のジグソークラックが見られる.このジグソークラックの二本のクラックの分岐形態は,発芽(Budding)タイプ(一本のクラックが成長している間に,もう一本のクラックが途中から派生するタイプ;Bahat, 1991)が卓越している.発芽タイプのクラックの分岐形態は,これらのクラックが剪断応力によって形成されたことを示唆している.また,長さ150m・高さ12mの露頭のマッシブ溶岩の部分にみられるジグソークラックの割れ目は,主に水平面に平行な割れ目群(C面; Scholz, 1990)と,それをつなぐS面,R1,R2面でできている.こうしたジグソークラックの形態は,これらの割れ目が,岩屑なだれ岩塊どうしの衝突ではなく,流走中の層流境界層内部の強い剪断応力によってできた剪断割れ目であることを示唆している.
 また,ジグソ−クラックの割れ目の形態を定量化するために,ジグソ−クラックの入った露頭の写真をパソコンに取り込んで,1mあたりのクラック数とフラクタル次元を測定した.その結果,1mあたりのクラック数は24本となり,フラクタル次元は1.61となった.