ところが「腐った石」と言われていた蛇紋岩がこの十数年の間に状況が一変した。
とりわけ、大西洋中央海嶺付近で蛇紋岩を母岩とした熱水噴出孔が発見されてから、蛇紋岩は一気にメジャーなものになってしまった。
メジャーなものになってしまうと、従来の細々ちまちまとしたやり方では相手にならない。全面降伏、完全撤退である。
完全撤退の前に今まで得たデータ、考えてきたことなどを整理しておこうと思って、このページを作ることにする。
- かんらん岩体に水が加わって比較的低温(<300℃)状態で、かんらん石や輝石から蛇紋石類とマグネタイト、ブルーサイトを生成する作用を言う。
- 単純化した反応式
3(Mg0.9Fe0.1)2SiO4+4.1H2O=1.5Mg3Si2O5(OH)4+0.9Mg(OH)2+0.2Fe3O4+0.2H2(aq)
- かんらん岩には、かんらん石と輝石の割合や、輝石の種類によって
ダナイト(かんらん石が90%以上)
ウエールラジャイト(単斜輝石+かんらん石)
ハルツバージャイト(斜方輝石+かんらん石)
レールゾライト(ほぼ等量の単斜輝石と斜方輝石+かんらん石)
- かんらん石は一般に2種類あって、
カンラン石 一般式は (MgFe)2SiO4
カンラン石 Mg2SiO4 フォルステライト(Fo)比重3.3
カンラン石 Fe2SiO4 ファイアライト(Fa)比重4.1
- 例はFoが90%、Faが10%のかんらん岩に水 H2O が加わって
蛇紋石 Mg3Si2O5(OH)4 比重2.6
ブルーサイト Mg(OH)2 比重2.4
磁鉄鉱 Fe3O4 比重5.2
ができる。(比重は理科年表より引用)
- このうちわりと日本でよく見られるのはハルツバージャイトとダナイト起源のもの。
DuniteとHarzburgiteの違い:同じ条件のときかんらん石のほうがopx(斜方輝石)よりも蛇紋石になりやすい。最終的にはopxも蛇紋石になってしまう。
かんらん石はFoが大部分でFaが混じるわけだが、Faの方に鉄が入っているので、原岩のFaの割合が生成されるマグネタイトの量に効いてくる。
しかし、マグネタイトのできる量は蛇紋岩のほんの数%であるので、おおざっぱな見積もりでは密度はかんらん石3.3g/cm3から蛇紋石2.5g/cm3へのリニアな変化と考えてよい。
- 単純化した反応式
- 蛇紋岩化作用の二段階モデル
- 磁鉄鉱は蛇紋岩の程度が強い場合は比較的多量に生じ、ほぼ均一に分布している
- 磁鉄鉱は蛇紋岩の程度が弱い場合は不均一に分布する
- 蛇紋石やブルース石は、磁鉄鉱と共存しない方が鉄を多く含む
- 蛇紋岩の程度が弱い場合は、磁鉄鉱の形成によって期待されるほど帯磁率が大きくならない
Relation between bulk magnetic susceptibility and grain density for Hole 1274A whole rock samples that are between 70 and 100% serpentinized [Shipboard Science Party, 2004].
The triangle represents a typical fresh peridotite. Trend lines were calculated following the procedures of Toft et al. [1990].
The dashed line is calculated for a single‐step reaction of olivine (Fo90) and water to Mg‐serpentine, Mg‐brucite, magnetite, and hydrogen [cf. Toft et al., 1990, reaction 15].
The solid line represents results of a two‐step model. Marks and labels refer to the Mol% of serpentine formed according to reaction (1). See text for more detailed explanation.
Bach et al.,2006
Reaction(1):2Mg1.8Fe0.2SiO4+3H2O=1Mg2.85Fe0.15Si2O5(OH)4+1Mg0.75Fe0.25(OH)2(Bach et al.,2006)→実線
Reaction(15):30Mg0.9Fe0.1SiO4+41H2O=15Mg3Si2O5(OH)4+2Fe3O4+9Mg(OH)2+2H2(Toft et al.,1990)→破線
- Bach et al.(2006)の2段階モデル(上図実線部分)によれば
蛇紋岩化作用の初期(40 Mol %くらいまで)には、比較的鉄に富む蛇紋石と鉄に富むブルース石が生成する(磁化率が小さい)
Reaction(1):2Mg1.8Fe0.2SiO4+3H2O=1Mg2.85Fe0.15Si2O5(OH)4+1Mg0.75Fe0.25(OH)2
後期になると、ブルース石から、磁鉄鉱と蛇紋石が生成する(磁化率が蛇紋岩化につれて大きくなる)
Reaction(2):57Mg0.75Fe0.25(OH)2+30SiO2(aq)=15Mg2.85Fe0.15Si2O5(OH)4+23H2O+4Fe3O4+4H2
brucite + silica = serpentine + magnetite + water + hydrogen
一方で、後期に鉄を含んだ蛇紋石から磁鉄鉱が生成される(Frost and Beard,2007ならびにKatayama et al., 2010)
Reaction(3):Fe3Si2O5(OH)4=Fe3O4+2SiO2+H2O+H2
- 超苦鉄質岩類の蛇紋岩化作用では、数 100°C~数 10°Cという非常に幅広い温度範囲の含水条件下で H2O を吸収してかんらん石や輝石の蛇紋石化(やブルース石化)が起こる。 実際に天然の蛇紋岩中では磁鉄鉱の量と蛇紋石やブルース石の鉄含有量の間に相関がある。
- 鉄ブルース石は磁鉄鉱よりも低温で生じる
- 天然の蛇紋岩では、磁鉄鉱は蛇紋岩化作用の後期に生成する
- 磁鉄鉱は150-350℃程度の温度条件で生成し、その量はおよそ300℃で極大になる。磁鉄鉱の生成に伴って水素が発生する
- 磁鉄鉱は150-200℃より低温では生成しないで、鉄ブルース石が生成される
- 磁鉄鉱は400-600℃では生成しないで、鉄に富むかんらん石が生成される
- 以上、野坂(2012)の総説よりまとめ:
蛇紋岩化作用における磁鉄鉱の生成量を制御する因子のうち重要なものは、温度、シリカ活動度、かんらん石のFe-Mg交換ポテンシャル、水/岩石比
- 蛇紋岩化が進むと、岡本(2012)の解説によると
密度が小さくなる(よって上昇してくる) 蛇紋石の密度:2.6g/cm3,磁鉄鉱の密度:5.2g/cm3,ブルース石の密度:2.4g/cm3(理科年表,1997)
よってFo90の蛇紋岩化において,
Mg2SiO4 フォルステライト(Fo)比重3.3が90%
Fe2SiO4 ファイアライト(Fa)比重4.1が10%だから
0%のときは3.4g/cm3
- 簡単のために
蛇紋石 Mg3Si2O5(OH)4 比重2.5
ブルーサイト Mg(OH)2 比重2.4
磁鉄鉱 Fe3O4 比重5.2
として
40%まではリニアに
2Mg1.8Fe0.2SiO4+3H2O=1Mg2.85Fe0.15Si2O5(OH)4+1Mg0.75Fe0.25(OH)2
3.4×2→2.6+2.4 となるので、40%のときは3.4×0.6+(5.0/2)×0.4≒3.0g/cm3
100%のときは2.67g/cm3と推定される。(実際はリニアではない→ Bach et al.,2006)
- 磁性を持つ(磁鉄鉱が生成され結晶残留磁化CRMを獲得する)←蛇紋岩化で磁鉄鉱の生成は低温で起きる
Toft et al.(1990)の反応式より
Fo90 [(Mg90Fe10)2SiO4]
Lz95 [(Mg95Fe5)3Si2O5(OH)4]
Mt [FeOFe2O3]
Br90 [(Mg90Fe10)(OH)2]
Fo75
Fo90
鉄を含む蛇紋石の反応式 Fe3Si2O5(OH)4=Fe3O4+H2O+2SiO2(aq)+H2(aq)
鉄を含むブルース石の反応式 3Fe(OH)2=Fe3O4+2H2O+H2(aq)
鉄を含む蛇紋石の反応式 Fe3Si2O5(OH)4+H2O=3Fe(OH)2+2SiO2(aq)
Toft, et al., 1990のTable2によると反応する水の量によってブルーサイトのでき方が変わりマグネタイトの体積比が大きく変わる。Fo90の例。
30Fo90+41H2O=15Lz+2Mt+9Br+2H2 (4.2%)
30Fo90+43H2O=15Lz+1Mt+12Br+1H2 (2.06%)
30Fo90+44H2O=15Lz+0.5Mt+13.05Br+0.5H2 (1.02%)
30Fo90+44.6H2O=15Lz+0.2Mt+14.4Br+0.2H2 (0.4%)
30Fo90+44.9H2O=15Lz+0.05Mt+14.85Br+0.05H2 (0.1%)
30Fo90+44.96H2O=15Lz+0.02Mt+14.94Br+0.02H2 (0.04%)
2*Mg2SiO4 + 3*H2O = Mg3Si2O5(OH)4 + Mg(OH)2 --(1)
カンラン石には鉄も入っている(上記一般式参照)
仮にその組成が都合良く (Mg.75Fe.25)2SiO4 だとする(これを良くFo75という; かんらん岩の場合,Fo90前後が多い)と,蛇紋岩化は下式になる:
2*(Mg.75Fe.25)2SiO4 + 3*H2O = Mg3Si2O5(OH)4 + Fe(OH)2 --(2)
が,Fe(OH)2 などという鉱物は無い.
実際は磁鉄鉱が生成されるので最後のFe(OH)2を FeOFe2O3 にするために (2)式の両辺を3倍すると:
6*(Mg.75Fe.25)2SiO4 + 9*H2O =3*Mg3Si2O5(OH)4 +FeOFe2O3 + 2*H2O + 2*H --(3)
両辺に水が含まれているので,その帳尻を合わせると:
6*(Mg.75Fe.25)2SiO4 + 7*H2O =3*Mg3Si2O5(OH)4 + FeOFe2O3 + 2*H --(4)
ここで注意すべきは,やはり最後の 2*H (遊離水素)で,身軽なため最終的にはどこかへ行ってしまうが,強烈な還元作用を持つため蛇紋岩化の最前線に自然鉄(酸化されてない状態の金属鉄:Fe)ができることもある.
- 光学的アプローチ
- 岩石学的には光学顕微鏡下で薄片の蛇紋石とかんらん石の面積比をポイントカウンターで計測するのが一般的だった。
- 近年はレーザー光を使ってmodal compositionから蛇紋岩化度を決める。
*Toft, P. B., J. Arkani-Hamed, and S. E. Haggerty (1990), The effects of serpentinization on density and magnetic susceptibility: A petrophysical model, Phys. Earth Planet. Inter., 65, 137--157, doi:10.1016/0031-9201(90)90082-9.
*Bach,W., H. Paulick, C. J. Garrido, B. Ildefonse, W. P. Meurer and S. E. Humphris (2006), Unraveling the sequence of serpentinization reactions: petrography, mineral chemistry, and petrophysics of serpentinites from MAR 15°N (ODP Leg 209, Site 1274), Geophysical Research Letters, Vol 33 Issue 13, DOI: 10.1029/2006GL025681.
*野坂俊夫 (2012), 蛇紋岩化作用における水素の発生に対する岩石学的制約条件, 岩石鉱物科学, Vol. 41 (2012) No. 5 September p. 174-184.
*Miyoshi, A., T. Kogiso, N. Ishikawa and K. Mibe (2014), Role of silica for the progress of serpentinization reactions: Constraints from successive changes in mineralogical textures of serpentinites from Iwanaidake ultramafic body, Japan. American Mineralogist, Vol. 99, p. 1035-1044.