編集後記

  一昨年(2003年)の5月、北日本各地で連日みられた不気味な赤い太陽は、何かの天変地異の前触れではないかとの噂がネット上のそこここで囁かれた。シベリアでの大規模森林火災で発生した煙が北日本上空を長期間覆った際の出来事である。大気エアロゾルのサイズは可視光の波長と近く、太陽光の伝達に強く影響を及ぼす(Mie散乱)ため、何らかの原因で大気エアロゾルが増加すると、空には「目に見える」変化が描かれやすい。空に現れた「通常でない」現象を天変地異と結びつけて考える心理は、原始の頃から人類に刷り込まれてきたものかもしれない。大規模な火山噴火によって成層圏に注入・形成されたエアロゾルが引き起こす強烈な夕焼けは、続いて起こった異常気象やそれに伴う凶作(例えば1783年のアイスランドの火山噴火後)によって、災厄の記憶と結びついたであろう。今の世、衛星リモートセンシング、地上観測網や数値モデルによって、大規模な発生源からのエアロゾルが地球上を拡散していく状況を知ることができる。それでも、人は空に見た何かを災厄と結びつけてしまう。昨今の「地震雲」話に対するメディアの無責任な報道が許容されている背景にも、原始宗教的な[視覚体験→天変地異]パターンが人の深層心理に強く訴えかけるところがあるのだろう。あるいは、空を眺めて連想を楽しんできた日本文化の伝統に、この種の話を好む精神的土壌があるのだろうか。

日本エアロゾル学会誌「エアロゾル研究」第20巻4号,p.98(2005)より転載

[ 雑文 ]