(解説)大気エアロゾルの気候影響に関する研究の 過去と現在

Abstract
History and the present status of studies on the climatic effect of atmospheric aerosols are briefly reviewed. Pioneering works in 1970's resulted in the understanding of some of the basic mechanisms related to direct and indirect effect of aerosols on climate. The heated discussion on the hypothetical "biosphere-cloud feedback mechanism" in the late 1980's had led the research community to make quantitative estimates of the anthropogenic sulfate distribution on global scale. Since then, remarkable improvements have occurred in the estimation of direct effect. On the other hand, progresses in space-borne radiometers and data analytical techniques have enabled us to virtually "see" the indirect effect. Still, studies on the indirect effect suffer from fundamental difficulties, i.e., our knowledge on the global hydrological cycle is quite fragmentary and incomplete.

Key Words: Albedo effect, Twomey effect, Climate Model, Feedback Mechanism, Radiative forcing, Hydrological Cycle
1.直接効果と間接効果
  大気エアロゾルの質・量の変化は大気上端における”地表面−大気”系の反射率(プラネタリーアルベド)を変化させ、地球に正味吸収される日射のエネルギーを変化させることによって気候変動を引き起こす原因となり得る。火山噴火により成層圏で形成される硫酸液滴のような"透明"なエアロゾルの場合、その量的な増加はプラネタリーアルベドを単調に増加させるため、通常は "地表面-大気" 系を冷却し、地表面気温の低下傾向を全球規模で引き起こすことになる。しかし、人間活動により大気中に大量に放出される大気エアロゾルは必ずしも透明なものばかりではない。Yamamoto and Tanaka(1972)1)は、Mie散乱を含んだ放射伝達について厳密な計算を行うことで、対流圏エアロゾルの人為汚染による気候影響の性質を明らかにした先駆的な研究を行った。これにより、エアロゾルの量的 (光学的厚さ) な増加に対応してプラネタリーアルベドが必ずしも増加するとは限らず、エアロゾルの複素屈折率の虚数部(放射を吸収する性質に関与する)の値によっては減少が生じることが示された。これは、大気汚染やバイオマス燃焼などによってスス(黒色炭素とも呼ばれる)などの日射を吸収する性質の強い(いわば "黒い" )エアロゾル濃度が増加すると、場合によっては "地表面−大気" 系は日射吸収量が増加して加熱される可能性があることを意味している。このように、大気エアロゾルそのものの質・量の変化が気候に影響を与える作用を、エアロゾルの直接効果と呼ぶ。
  対流圏エアロゾルが気候に影響を及ぼすもう一つのメカニズムは、雲核(cloud condensation nuclei, CCN)としての作用を通じて雲アルベドあるいは雲量を変化させる効果である。現実の大気中で出現する程度の水蒸気過飽和度において雲粒が形成されるためには、水溶性エアロゾルからなるCCNの存在が不可欠である。Twomey(1977)2)は大気汚染等によるCCNの増加が雲粒数の増加を引き起こすと、雲粒のサイズを小さくする一方、雲の光学的厚さを増加させて、雲アルベドの増加を招く可能性を指摘した。これは、のちにTwomey効果、またはエアロゾルの(第一種)間接効果と呼ばれるようになった。
  これら1970年代に端を発した大気エアロゾルの気候影響予測に関する研究は、科学史に往々にしてみられるパターンを辿ることになる。すなわち、先駆者があまりに”進み”すぎていたため、他の研究者や社会の認識、あるいは研究を進めるためのツール(測定装置・数値モデル・計算機など)開発がついてゆけなかった。そのため、これら先駆的研究を発展させ、定量化する研究はなかなか進まず、人為起源の大気エアロゾルによる直接効果・間接効果の存在自体が長い間議論の対象であった。

2.”DMS−雲”仮説と人為起源硫酸(塩)の放射強制力に関する研究の急展開
  大気エアロゾルの気候影響問題に対して新たな展開が生じたのは、海洋の生物圏がTwomey効果を通じて気候変化に対する負のフィードバック作用を持つとの仮説をCharlson et al.(1987)3)が発表し、エアロゾル-気候の相互作用の問題に対して斬新な視点を提示してからである。彼らは、温暖化により海水温が上昇すると、海洋中の植物プランクトンが放出するdimethyl sulphide(DMS)から生成される硫酸エアロゾル(=海洋中心部でのCCNの主体)濃度が増加し、海洋上の雲がTwomey効果により地表面を冷却・温暖化を抑えるという機構を提示した。  この論文は大きな論争を引き起こし、北半球では海洋からのDMSを大きく上回る人為起源のSO2が放出されているにもかかわらず、プラネタリーアルベドの雲による寄与分や過去100年間の気温の記録には、南北半球の間で雲形成効果による差が現れていないとの反論が提出された4)。さらに続いた論争の中で、生物起源硫黄の影響云々をいうなら、人為起源エアロゾルの影響に対する定量的な見積りをしておく必要があることが、関係者の間で改めて認識されることとなった。そして、論争の発端から三年後、Charlson et al.(1991)5)は北半球の人為起源SO2から生成される硫酸(または硫酸塩)エアロゾルによる放射強制力の半球規模分布の見積りを発表した。この研究では、北半球内の硫酸塩濃度の3次元分布を化学物質輸送モデル(Chemical Transport Model, CTM)により計算、硫酸塩の気柱内総量(g/m2)に硫酸塩の単位質量あたりの散乱係数(m2/g)を掛けて硫酸塩の光学的厚さを求めている。計算によると、人為起源の硫酸塩によって、北半球平均では人為起源CO2による正強制力とほぼ同等の絶対値をもつ負の放射強制力が生じていると見積られ、これは人為起源エアロゾルの影響はlocalなものに限られるというそれ以前の常識を覆すものであった。以上のような研究が可能となった背景には、酸性物質の長距離輸送問題など他方面の研究のなかでCTMの開発・利用が盛んとなり、対流圏内の硫酸塩エアロゾル濃度がある程度定量的に計算できるようになったというツールの発達が果たした役割も大きい。

3.大気エアロゾル気候影響研究の現在
1991年のCharlson論文を契機として、人為起源硫酸塩の直接効果に関する研究が1990年代前半に次々と発表され、結果としてIPCCの第二次レポート(1995)6)ではその放射強制力に関する記述に比較的大きなスペースが割かれることとなった。以後5年間における直接効果の研究対象は、硫酸塩から黒色炭素、化石燃料またはバイオマス燃焼起源の有機エアロゾルなどにも広がってきたが、放射強制力そのもののbest estimates値自体は第三次レポート(2001)7)においてもさほど変わっていない(相変わらず信頼性はLowとVery Lowのままであるが)。これは、人為起源対流圏エアロゾルの直接効果の見積りに関する研究の基本的スタイルに、
a.各物質の発生源モデル作成
b.CTMによる各物質の三次元分布推定
c1.各物質のバルク光学的性質を外から与える、
あるいは
 c2.粒径分布設定(モデル内で計算、または外から与える)+複素屈折率設定 (モデル内で
  計算、または外から与える)→Mie散乱計算
d.光学的厚さ計算
e.放射フラックス計算
とパターンが見えてきて、研究の位相が「枠組み作り」の時期から「詳細化・精密化」の時期に移ってきたことに対応しているとみてよいだろう。もちろん、”外部混合・内部混合”問題や、湿性沈着のモデリング等、本質的に困難な課題はいくつも残ってはいるものの、その存在自体が議論の対象であった1980年代以前とは様相が一変したといってよい。
 これに対して、間接効果に対する研究の進展は遅い。IPCC第二次レポート6)では0〜-1.5 Wm-2であった間接効果による放射強制力の推定値幅(不確定性が大きすぎてbest estimate値自体が提示できない)は、第三次レポート7)においては0〜-2 Wm-2とかえって増加している状況である。これには第二種の間接効果、すなわち雲粒径の減少が降水効率の低下を引き起こし、雲の寿命・雲量を増大させる機構に対する研究が活発化した点も影響している。そもそも、雲や降水などの水循環過程は(“DMS−雲”仮説の項で紹介したように)気候のフィードバック機構に深く関与しており、気候モデルにおいては感度(安定性といってもよい)を左右する大きな要素であって、ある種「調節項」と見なされているふしがある。実際、大気海洋結合大循環モデルにおいて、水循環過程(大気−海面間の水蒸気フラックス)は計算結果を現実的な範囲に収めるための調節項として扱われてきた経緯もある。このような伏魔殿(?)に正面玄関から踏み込んでいくのは容易なことではない。具体的には、研究の各フェーズにおいても、
1)CCNの活性化という最も基本的な問題に関しても、きわめて限定的・単純な場合に関してしか解明されていない。
2)”現象を再現可能かつ条件を制御可能な実験装置”という科学研究に不可欠なツールを持つことができなかった。
3)実験が困難な場合に強力な代替ツールとなる数値実験においても、雲水の凝結や蒸発といった相変化を伴う不連続な現象は方程式に載せた記述に馴染みにくいことから、その扱いは難しい。
4)上記3)とも関連するが、現在気候変動予測に用いられる大気大循環モデルが計算を行う格子間隔と、現実の雲の空間スケールに大きなギャップがある。
など、克服すべき高い壁が存在していた。
  しかし、衛星搭載センサーや多波長解析手法の進歩といった強力なツールの出現により、現在では間接効果をほぼ全球スケールで「見ることができる」と言ってよい状況になった。これは、前回(20年前)間接効果に関する総説(児島,19838)) が書かれた時点では、研究者達が製紙工場の排煙・火力発電所の排煙・あるいは森林火災といった数例の局地的な観測から間接効果の存在を確認しようとしていた状況とは決定的に異なる点である。CTMの発達と利用によって直接効果の研究が不連続に進展したのと同様に、「見ることができる」ようになった間接効果に対する研究も加速される可能性がある。本特集の各解説で紹介された研究を概観すると、間接効果に対する研究の現在は、「長い間手を付けかねていたジグソーパズルが、あちこちの隅で少しずつピースが埋まり始めて、いつかは絵の全体像が浮かび上がる気配」を呈しつつあると筆者はみている。研究としては最も困難であるが最も面白い時期といえるのではないだろうか。

引用文献
1)Yamamoto, G. and Tanaka, M.: J. Atmos. Sci., 29, 1405-1412 (1972)
2)Twomey, S.: J. Atmos. Sci., 34, 1149-1152 (1977)
3)Charlson, R. J., Lovelock, J. E., Andreae, M. O. and Warren, S. G.: Nature, 326, 655-661 (1987)
4)Schwartz, S. E.: Nature, 336, 441-445 (1988)
5)Charlson, R. J., Langner, J., Rodhe. H., Leovy, C. B. and Warren, S. G.: Tellus, 43AB, 152-163 (1991) 6)IPCC: Climate Change 1995, The Science of Climate Change, p.117, Cambridge University Press (1995)
7)IPCC: Climate Change 2001, The Scientific Basis,p.37, Cambridge University Press (2001)
8)H. Kojima, Kisho-Kenkyu Note (Meteorological Research Note), 146, 81-97 (in Japanese), Meteorological Society of Japan(1983)

日本エアロゾル学会誌「エアロゾル研究」第18巻4号,p.244-246(2003)より転載

[ 雑文 ]